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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第4章 夏休み 前編
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第122話 打ち上げはお好きですか? 4




 赤石たちが打ち上げを始めて、一時間が経った。


「それにしてもなんで今日高梨は来なかったんだろうなぁ~」


 櫻井が取り巻きたちに囲まれながら、不意に呟いた。葉月や八谷が一瞬体を硬直させる。


「なんでだろうね、櫻井君」


 水城がにこり、と櫻井に笑いかけた。


 赤石は漫然と料理を食べながら、櫻井たちの話を聞く。


「そんなことは置いといて、櫻井君これ食べた?」

「え、食べてねぇなぁ~」


 話の途中で葉月が櫻井に話しかけ、話題が変わる。


 暮石がクラスで高梨と赤石の噂を否定するように動いてから、高梨と赤石のクラスでの立ち位置は前よりかは幾分と落ち着いたものになっていた。だが、高梨は櫻井の取り巻きには戻ることが出来ていなかった。


 一体どれほどの出来事があったんだろうか。赤石は思いを馳せる。高梨が今回打ち上げに参加していないのもその影響なのだろうか。

 赤石は何も、分からない。


「皆盛り上がってるかーい!?」

「「「いええぇーーい!」」」


 霧島がグラスを高々と上げ、周りのクラスメイト達が呼応する。

 宴もたけなわ、赤石たち二組は店内で大いに騒いでいた。


 が――


「んなことは分かってんだよ!」


 バン、と大きく机を叩く音が周りに響き、赤石たちの隣に座っていた三十代後半の男が突如としていきり立った。


「…………」

「…………」

「…………」

「……」


 霧島たちを含め、店内の誰しもが黙り込む。

 突如として醸成された緊迫した空気に、その場の誰しもが男に視線を注いでいた。


「そんなことは当たり前なんだよ! お前が何もやってないからこんなことになってんだろ! ふざけんなよ!」

「で、でも私…………」


 男は向かいに座っている女を怒鳴りつけ、女は顔を手で覆い、さめざめと泣きしきる。


「私だってやることあったのに……」

「やることあったのにじゃねぇだろうが!」


 バン! と再び机が叩かれ、男が叫ぶ。女は男と目も合わせず、ただただ泣いていた。


「…………」


 おもむろに、櫻井が立ち上がった。


「あ、櫻井君……」


 水城が手を伸ばすが、櫻井は既に男へと歩みを進めていた。


「お前のせいで俺は……!」


 男が女に詰め寄った瞬間――


「止めろよ!」


 櫻井が男に向かって怒鳴りつけた。


 勇気のあるやつだな、とジュースを口にしながら赤石は事の成り行きを見守る。


「この人が泣いてるだろ! 何してんだよお前! 男が女を泣かせていいと思ってんのかよ! 止めろよ!」


 櫻井は男の胸倉を掴み、大喝した。


「何だよてめぇ! お前が何を知ってんだよ!」

「何も知らねぇよ! でも女の人が泣いてんのは違うだろうが!」

「うぜぇんだよお前!」


 男も櫻井の胸倉を掴み返し、方々から悲鳴が上がる。

 店員はおろおろしたまま、二人に入り込むことが出来ない。一人の店員が大慌てでカウンターの奥へと戻って行った。


「ど、どどどどうしよう……!」


 水城があわあわとうろたえ、周りを見渡す。


「…………」

「……」


 水城は赤石を見た。赤石もまた、水城と目を合わせた。


「あ、赤石君赤石君赤石君!」


 水城がうろたえた表情で、赤石の下へと走り寄って来た。

 巻き込まれるぞ、と赤石は半身を引く。


「赤石君、どうしよう!」


 水城は赤石の手を取り、涙目で訴えかけた。相も変わらず学内一美人で有名というのは伊達ではないな、と赤石は水城の瞳の奥を見る。


「どうしよう赤石君、櫻井君が……櫻井君が……!」


 ぎゅっ、と赤石の手に力をこめ、うるうると瞳を潤ませる。


「この手放せやクソ野郎が!」

「じゃあもうこの人を泣かせるようなことするなよ!」


 櫻井と男は今も争い合っている。


「……」


 はあ、と分からない程に、赤石は小さな溜め息をついた。


 どうして先程まで櫻井の周りでうろちょろしていたのにも関わらず、こんな時だけ俺の下にやって来るんだ。


 赤石は非難がましい目で水城を見る。

 水城の美点は他者と壁を作らない事だった。だが、壁を作らないのは一体誰のためなのだろうか。他人が好きで壁を作っていないのか。


 ――否。


 水城は、自分の為に、他者と壁を作らない。

 何かあった時に頼るために。裏を返せば、何かあった時しか頼らない。


 櫻井が好きなため、基本的には櫻井の周りにしかいないが、何か自分に困ったことがあった時だけ、他人の力を借りる。自分は何も相手に与えることなく、他人の力を借りる。ただそれだけ。

 自分は何も相手に返さない。利用して、利用して、ただただ利用して、それだけ。


 お前は。


 お前は、自己中心的な性格だな。


 赤石は水城を射すくめる。


「赤石君、助けて……」


 うるうると水城は赤石を見る。


 またか。またあの道化を演じろというのか。


 赤石は櫻井と男を見る。


「お客様、お客様! 店内での喧嘩はお止め下さい!」


 女性店員が櫻井と男の仲裁をするが、


「うっせぇんだよ! こいつが突然つっかかってきたんだよ!」


 男は店員を怒鳴りつける。


「……」


 はあ。

 また、ため息を吐く。

 結局、こうなるのか。


「お願い、赤石君……!」


 手を握る水城を見る。

 今日も一切話していないのに、お前はこういう時だけ頼って、都合の良い人間だな。


 赤石は、おもむろに立ち上がった。


 小さな悲鳴を上げながら櫻井たちを見ていたクラスメイトが、目を丸くする。


「あ、赤石君」


 暮石が、呟いた。


 赤石はゆっくりと二人の下へと歩み寄った。


「あ、赤石!」

「な、なんなんだよてめぇらはよ!」


 赤石を見た櫻井と男はめいめいに反応を見せる。


 赤石は二人を見たまま、一言、言った。


「いい加減にしろよ」


 男はぐ、と返答に詰まる。


「赤石、お前ももっと言ってやってくれ!」


 櫻井は胸倉を掴む力を強くし、赤石に助力を求めた。が、


「お前だよ」


 赤石は櫻井に向かって、そう、言った。


「…………」

「…………」


 予想外の言葉に、櫻井はぽかんと口を開ける。男もまた、呆けた顔をする。女は手で顔を覆ったまま、動かなかった。


「いい加減にするのはお前だよ、櫻井」

「な、何で俺がっ……!」


 櫻井は顔を真っ赤にして、赤石に反論する。


「こいつがそこの女の人を泣かせてんだぞ!? なのにお前はこの男の味方をするのかよ! おかしいだろ! お前もそっち側の人間なのかよ!」

「違うだろ」


 女の人を指さす櫻井から視線を外す。


「お前、ずれてんだよ。今言うべき言葉はそうじゃないだろ。女の人を泣かせるお前が悪い、じゃないだろ。この人たちが何で喧嘩してるのか知ってんのかよ、お前」

「そ、それは……」


 櫻井はどもる。


「知らないだろうが。どうして喧嘩して、何が悪かったのか知ってんのかよ、お前は。お前、ずれてんだよ。機会に乗じて女の味方ばっかしてんじゃねぇよ。どっちが悪いかなんて俺らには何も分からないだろうが」

「…………お、女の人を泣かせる男が悪いに決まってるだろうが、そんなの!」

「それは誰目線の話しだよ」

「…………は」

「お前はこの人らが何を思ってどういう関係性で何をしてるのかも知らずに正義気取って突っ込んだだけだろ。女を守る俺格好いいとか思って突っ込んだだけだろ」

「そ、そんな訳ねぇだろうが!」


 櫻井はどんどんと顔を赤くして、真っ向から赤石に反論する。舌戦は、激化する。


「今言う事はそれじゃないだろ。今言うことは、店の中で騒ぐな、だろ。出て行ってもらえます?」


 赤石は男に視線をやった。


「…………」


 男はばつが悪そうに櫻井の胸倉から手を離し、荷物を荒々しく持ち、出て行った。


「ま、待って慎吾さん! ご、ごめんなさい、私が、私が悪かったから!」


 手で顔を覆っていた女は出て行った男を追いかけた。ヒールが脱げ、一度転ぶが立ち上がり、必死で男を追いかけた。


「関係ないだろ。そもそも、どういう話で誰が悪いかも分かってないのに片方を悪人にしてんじゃねぇぞ。お前の正義の役割に他人を加担させてんじぇねぇよ」

「…………」

「気分悪いわ。帰る」


 赤石は机の上に金を置き、出口に足を向けた。


「来るんじゃなかった」


 赤石はそう呟き、店を出た。


「…………」

「…………」


 赤石の呟きは、静まりかえった店内には、あまりにも大きく響きすぎた。


「…………」

「……」


 二組のクラスメイトはただただ沈鬱な面持ちで、下を向いていた。




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