第13話 ラブコメはお好きですか? 3
全校生徒を集めた体育館で、ある生徒の生徒会長立候補演説が佳境に差し掛かっていた。
「故に、私は生徒会長に立候補する。是非、皆の力を貸して欲しい。私は、この学校をより良いものにすると誓約する!」
演壇で生徒会長選挙の立候補演説をする人間を、赤石は漫然と見る。
立候補者の演説の後には立候補者の応援演説があり、生徒会長に立候補する人間は自分のことを応援してくれるような友達も必要になるんだな、と興味なさげに見ると同時に、個の力だけでは生徒会長になれないという証左なのかもしれない、と個人的な分析をする。
立候補者の演説が締めに入った時、後方から物音がした。
少し首をめぐらせ振り返ってみると、櫻井と八谷が体育館の入り口で神奈に怒られている姿を捉えた。
八谷は櫻井の隣で神奈に怒られながらも頬を上気させ、緩んだ顔をしており、その様子を見た赤石はどうやら八谷のラブコメ大作戦は成功したんだな、と理解する。
体育館に集まった当初、櫻井と八谷がいないことが発覚し、幾人かの先生は教室などに探しに行っていたが、ラブコメ的な展開を繰り広げるために周りに迷惑をかけるとはどうにも自分勝手な奴だな、という所感を持つ。
同時に、まとわりつく八谷を引き離すため適当な事を言ったとはいえ、自分が発破をかけたともいえるのかもしれない、と深く自省した。
赤石はそこで櫻井と八谷に興味を失し、演説に再度傾聴した。
生徒会長立候補演説も終わり、教室へと帰って来た。
短時間でその人柄を十全に理解するようなことも到底不可能だと思い、赤石は立候補者の中でも語彙力のある聡明そうな人間に投票した。
その後も学校行事として半義務的に行わなければいけないことが多く、少し疲労の色を伺わせながら、赤石は事務的にこなした。
学校行事も終わり、その日一日の授業がすべて終了した。
赤石は帰宅部であるため、即座に帰路に就く。
最寄りの駅へと歩いている最中に、赤石は後方から勢いよく背中を叩かれた。
「やったわよ!」
「…………」
振り返ると、八谷の姿を捉えた。
「背中に紅葉が出来る」
「あんた死語よ、それ」
赤石は叩かれた背中をさすりながら渋面を浮かべたが、八谷は理由がないと話しかけてこないため、事情の調査を行う。
「お前今日部活は?」
「今日は神奈先生がダルいらしいから休みよ!」
「……俺は部活に入ってないから知らないけど、そんなに休みになるものなのか?」
「……? そういうもんでしょ、部活って」
「そうなのか……?」
高校の部活に特に力を入れている訳でもない八谷に、少々不満気な視線を送る。
恐らくは櫻井を追いかけて大した信念もなく部活に入ったんだろうな、と推測がついたため、浮ついた生活を送る八谷に嫌気がさす。
他者と出来るだけ関わらない、というのが赤石のモットーであるため、即座に感情を頭の片隅にやり、切り替える。
「まぁいいわ。で、やったわよ、って何だ?」
「やったわよ、はやったわよ、よ。私今日聡助と凄い事なっちゃったのよ!」
八谷は興奮して赤石に歩み寄り、その威圧感から赤石は二、三歩後退する。
八谷は立て続けに今日起こった出来事を赤石に滔々と話し、櫻井と八谷が何をしていたかが補完され、赤石は得心がいった。
「どうよ、赤石! 私、聡助と凄い進んでるんじゃない⁉ もう付き合うのもカウントダウンよ!」
両手で頬を挟み、細く美しい線をしている四肢をしきりに動かす。
頬はゆるみきり、にへら、という言葉が似合いそうな顔をする。
いつもの八谷とは打って変わって、毒気を抜かれたような緩んだ顔を見て、櫻井とのアバンチュールがどんなものだったのか、思いを馳せる。
「それは良かったな。で、その櫻井はどこにいるんだ?」
「分からないわ。よく知らないけど、今日は学校で用事があるから帰ってくれ、って言われたから帰ることにしたのよ」
当事者である櫻井がいないので赤石は問い尋ねる。
八谷のあずかり知らない所で、今まさに櫻井は誰かしらとラブコメ的な展開を広げているのかもしれないな、と内心嘲笑する。
そうこう話しているうちに、赤石と八谷は駅に着き、遅れて到着した電車に乗り込んだ。
「それでね、聡助は何したと思う、赤石?」
「さぁな」
「それがね、私の口をふさいだのよ! 本当あのときはビックリしたわ、心臓が飛んでいくかと思ったわよ!」
「そうか」
「それで神奈先生がロッカールームにやってきて、緊張しっぱなしよ!」
「はぁ」
電車の中でも八谷は流れるようにしゃべり続け、櫻井とのラブコメ的展開を赤石に語り続ける。
櫻井と距離を縮められたことが余程うれしかったんだな、と適当な相槌を打ちながら赤石は聞く。
「あ、私ここで降りるわ」
八谷が一方的に櫻井との情事を語っているうちに電車は都市部の一駅につき、八谷が降りた。
「じゃあね、赤石。また」
八谷は降車した後に振り返り赤石に手を振るが、赤石も同時に降車した。
「…………? あっ……赤石、あんた次の駅で降りるんじゃなかったの?」
自分と同じ駅で降りたことを不思議に思い、八谷は赤石へと質問する。
もしかして自分に何か並々ならぬ用事があるのではないか、と一瞬喉を詰まらせる。
「いや、俺の家はここからの接続が一番いいから」
「……どういうことよ?」
赤石の答えに八谷は小首をかしげる。
「いや、そのままの意味だ」
「あんた前、私と聡助と一緒に帰った時はこの駅で降りてなかったじゃない」
記憶と現状との不一致で、齟齬が出る。
「ああ、あの時はあの次の駅で降りた」
「……? ここが一番接続が良いんでしょ? どうしてよ、何か次の駅に用事があったの?」
「いや、お前と櫻井とが一緒にいるからあの空気に耐えれなかっただけだ。お前と櫻井を二人にするのが一番良いと思って、わざと降りる駅を変えただけだ」
「な……そういうことするのねあんた……」
自分と櫻井と共にいたくない、という理由で降りる駅を変更した赤石に、八谷は不満気に口をとがらせる。
「お前たちのためだ」
「…………そうかもしれない……わね」
八谷はこの時、赤石の発言と自分が赤石に恋の手伝いをするように言ったことの時間軸のずれに気付いた。
赤石が自分と帰ったのは、自分の恋愛の協力をするように要請する前であったこと思い出す。
とどのつまり、何もしなくても赤石は櫻井と八谷とを二人にする心算があったということを、その時理解した。
「じゃあ、俺三番線だから」
言葉に詰まった八谷をよそに、赤石は三番線へと歩き出した。
自分に全く興味を持っていないということが分かり、八谷は妙に嫌な気持ちになった。
誰しも、自分が全く異性に好意的に見られていないと分かれば嫌な気持ちの一つも出るものだ、と八谷は自分に言い聞かせる。
そんな思考とは裏腹に、八谷は無意識的に赤石の裾を掴んでいた。
まだ何かあるのか、と赤石は八谷に向き直る。
反射的に赤石の裾を掴んだ八谷は、反射的に言葉を発した。
「明日は土曜日で学校は休みよ。あんた、明日私の家に来なさい」
「…………なんで?」
赤石は疑問を感じたかのように露骨に顔をしかめ、八谷はどうしてそんな言葉を発してしまったのか、自分でもわからないまま、言葉を次ぐ。
「また帰ったら連絡するわよ。明日は私の家に集合よ」
「あぁ、そう。じゃあまた連絡してくれ。次の電車が来る」
八谷の発言をうわ言と受け取り、赤石は三番線へと歩いていった。
どうして自分があんなことを言ってしまったのか、八谷は自分で自分の行動を不思議に思う。
赤石が自分に一片の興味も持っていないことで、貞操の危機を感じずに恋愛相談が出来ると思ったのかもしれない。
自分に全く興味を示さない男がいることに憤懣を抱き、どうにか好意を示してもらわないと自分の存在価値が認められないと思ったのかもしれない。
はたまた、全く違う別の理由を感じたのかもしれない。
八谷は何故あんな行動をとったのか自分で不思議に思いながらも、帰りの電車を待った。
「私何であんなこと…………」
そう呟きながら、八谷はぐるぐると思考を巡らせた。
八谷が赤石に自らの家に来るように申し出た当日、
「櫻井君、好きです! 付き合って下さい!」
「え……………………」
学校では、櫻井が水城に告白されていた。
書いといてなんなんですけど、
紅葉が出来るって死語なんですかね……?