第121話 打ち上げはお好きですか? 3
休日――
ブブ、と赤石のスマホが震えた。手に取って、見る。
『今日は文化祭の打ち上げよ、赤石分かってるわね!?』
『カオフ』で八谷から、連絡が来ていた。
『集合時間は一八時にミスカーナ現地集合よ! 遅れるんじゃないわよ!』
ブブ、と次の連絡がやって来る。
地元のファミリーレストランである『ミスカーナ』に、打ち上げの開催場所は決まっていた。
『場所が分からなかったら私が教えてあげても良いわよ!』
三件目の連絡がやって来た。
赤石は適当に服と金銭の用意をする。
『ちょっと、早く返事しなさいよ! 動けないじゃない!』
暫く時間を置いて、四件目の連絡が来た。
『用意してた。問題ない、一人で行く』
簡素にそう返すと、赤石は鞄とスマホを持って外に出た。打ち上げ会場に、出発した。
「赤石、よく来たわね!」
到着した途端、八谷が赤石に話しかけた。
『ミスカーナ』には既に数人のクラスメイトが揃っており、めいめいに話し込んでいた。櫻井とその取り巻きも到着しており、霧島の話を聞いていた。
だが、高梨の姿はどこにもなかった。
「高梨は……?」
赤石の参加の有無を教えた張本人である高梨が、いない。まだ到着していないのか。とあたりを見回す。
「え、高梨さんは来ないわよ」
「え?」
八谷の言葉に、間の抜けた返答をした。
「どうしても外せない用事があるって言ってたわよ、高梨さんは」
「……そうか」
赤石は適当に相槌を打つ。
高梨が、来ない。なら何の為に八谷にそんな情報を提供したのだろうか。
それともまだ櫻井の取り巻きには戻ることが出来ないのだろうか。
赤石は櫻井の取り巻きを見る。
高梨のいない、櫻井のハーレム。
何とも言えない気分になった。
「赤石、赤石」
八谷が赤石を呼びかける。ふ、と意識を八谷に戻した赤石はなんでもない、と言った。
「あれ、赤石君来たんだ?」
赤石と八谷が話し合っていると、暮石が横からやって来た。
「赤石君、来ないって聞いてたのに来たんだね。久しぶり!」
「久しぶりではないけど、ああ、来た」
背後から話しかけられた赤石は暮石に振り返る。
「あ、八谷さんと喋ってたの?」
「まあ」
「……」
八谷は無言で暮石を見ていた。
誰なのか。知らない内に赤石が女の友達を増やしていることに気付く。いつの間にか高梨に、暮石に、話すことの出来るような間柄の女が増えている。
「……じゃ、私戻るわよ」
「ああ、分かった」
八谷は赤石に一声かけ、櫻井の下へと戻った。
「赤石君、良かったの八谷さん?」
「いや、良かったも何もないだろ」
「私何か悪いことした?」
「まさか」
赤石は暮石と二、三言喋り、別れた。
赤石は一人になったままクラスメイトが集合している『ミスカーナ』へと入って行った。
「じゃあ文化祭の打ち上げと称しまして、かんぱーーーーーーーい!」
「「「かんぱーーーーーーい!」」」
霧島が音頭を取り、打ち上げの開始を告げる乾杯がなされた。
合計二三名の大所帯であり、グループ席に赤石たちは座っていた。既に料理もいくらか到着しており、ドリンクバーを頼んだクラスメイト達はめいめいにドリンクを飲む。
「いやぁ~、赤石君! 君の脚本のおかげでどうにかなったよ、僕らはぁ~」
「それは良かったな」
あまり話したことのない霧島が、赤石に話しかけた。これが大人数の弊害もとい美点というべきか、話したことのない奴と打ち上げの内容で話すことがあるな、と赤石は思う。
「まあ赤石君の演劇の方は良かったけど映画の方はかなり刺激的だったねぇ~。僕はどうにもはらはらドキドキしたよ」
「そうか」
いまいち霧島と話すペースがつかめないため、防戦一方になる。
「聡助、今日も格好いいよー!」
「ばっ、お前ここどこか分かってんのかよ! 止めろって!」
離れた場所で、新井と櫻井がいつものやり取りを交わしていた。
「ふええぇぇ……この料理辛いよぉ……櫻井君、水ちょうだい?」
「あ、馬鹿冬華それ俺が飲んだ奴……!」
「ふえええぇぇ!? そ、そうなのぉ!? ごめんにゃさい櫻井君!」
「か、間接キス……」
「とーかの好きにはさせないんだからぁ!」
「ゆ、由紀お前なにしてんだよ!」
間接キスやら何やらと騒ぐ櫻井を尻目に、赤石はファミリーレストランの客層を見ていた。隣のテーブルには三十代後半の男女がおり、赤石たちを取り囲むようにして家族や学生が食事を楽しんでいる。
バン!
「……!」
「!?」
突如、店の電気が消えた。そして、店の奥からバースデーケーキが運ばれてきた。
店員が誕生日を祝う歌を歌いながら、ある家族の下へと歩み寄る。誕生日であろう子供は目を丸くしてきょろきょろと辺りを見渡している。
店員は子供の前にケーキを置き、
「お誕生日おめでとうございまーす!」
パチパチと拍手をした。
つられて、店内が拍手に包まれる。多くの客が拍手をしていた。
「おめでとぉーー! ハッピーバスデー!」
櫻井も家族に聞こえるほどの大声で誕生日を祝い、力強く拍手をしている。
そんな店内が幸せな空間に満ち溢れている中、赤石は力ない目でその様子を見ていた。
よくあるサプライズドッキリという奴か、と合点がいく。
「おめでとぉー! 誕生日おめでとぉー!」
隣で霧島が笑顔で拍手をしている。店内が同じ空気に包まれ、誰しもがほほえましく家族を見ていた。
「……」
赤石を除いては。
「あれ赤石君、どうしたんだい? 拍手しないのかい?」
赤石は拍手をせず、ただただその光景を見ていた。
霧島は赤石に疑問を投げかける。
「他人だしな」
誕生日である子供をただただ見る。
「子供の誕生日じゃないか! いやぁ、おめでたいことだよ。ここは手放しで祝ってあげるべきでしょう!」
「……」
霧島を最後に、拍手は鳴りやんだ。電気が点灯する。
「俺はこういうのあまり好きじゃないんだよ」
「へぇ、それはまたどうして」
霧島が半眼で赤石に問いかける。
「誕生日だから協力しろ、誕生日だから祝え、そういう無言の圧力が嫌いないんだよ」
「またひねたことを言うねぇ、赤石君は」
「いや、他人だろ? 他人の誕生日を祝う必要がどこにあるんだよ」
「皆がやってるんだから何も考えずに拍手すればいいんだよ。全く、赤石君、君は考えすぎだよ。お茶目さんめ!」
霧島は赤石にウィンクをし、珍妙なポーズをとる。
「全く見も知らない他人の誕生日を祝おうと思わない。今この店にいる客は百人前後だろ。学校の先生風に言うなら、君の誕生日ドッキリのせいで客全員合計して百分の時間が無駄になった。どうしてくれるんだ、だな」
「はぁ……全く赤石君は生き辛い考え方だねぇ」
「原因が遅刻か誕生日ドッキリかの違いだろ。どちらも等しく時間を奪ってるのは同じだろ。何かを矯正するような空気が醸成されてるのが嫌なんだよ、俺は」
「まぁいいじゃないか赤石君! 今日は目一杯楽しみに来たんだからね!」
「まぁ……そうだな。悪い」
「全然気にしてないさ!」
言い過ぎた、と少し反省し、赤石は料理に手を付けた。どうにも、霧島のペースに持っていかれるとつい言いすぎてしまうきらいがあるな、と自覚する。
世間で当たり前に享受されていることを認めたくないと、赤石はそう思っていた。何より、赤石は何かを強制されることが嫌いだった。
「……」
赤石は霧島にのみ聞こえるほどの声量だったか確認するため辺りを見渡してみるが、赤石に注目しているクラスメイトはいなかった。
霧島尚斗。
どうにも食えないやつだな、と改めて自認した。




