第120話 打ち上げはお好きですか? 2
「赤石、あんた打ち上げ行かないらしいわね」
「……いきなり何だ」
掃除時間、八谷はほうきを動かしながら、赤石に話しかけた。赤石もまた手を止めないまま、話を聞く。
「高梨さんから聞いたわよ、あんた打ち上げ行かないって」
「だから何なんだ」
いまいち要領を得ない八谷の話し方を怪訝に思う。
「は……」
八谷はせき込み、少しの間黙り込んだ。
「……」
「……」
八谷は軽く深呼吸をすると、
「はぁ~、これだから彼女いる奴は駄目なのよね。彼女がいるからって打ち上げに行かないって、本当どうかと思うわよ、あんた。はぁ~あ、本当協調性ないわね、あんた」
「……何だよ」
彼女がいるから打ち上げに行かないんじゃないのか。
一体どこからそんな発想が出てきているのか全く想像もつかない赤石は、露骨に眉を顰める。
「何の話だよ」
「あんたが彼女いるから打ち上げ来ないから本当駄目ね、っては、なしじゃない」
「……?」
八谷はどうして彼女がいるかいないかという話をしているのか。何かそんなそぶりを見せたことがあったのだろうか、と追想してみるが八谷との接触時にそんなそぶりを見せた覚えはなかった。
「彼女がいるかいないかが打ち上げに行くか行かないかに関係するかどうかは個人次第だろ」
「だからあんたは行かないのね、って言ってるじゃない」
少々憤慨したように、イラついた声で八谷は言う。
「いや、そもそもいないから」
「……は?」
呆けたように、八谷は赤石を見た。
「いや、いないから。何でお前はいきなりそんなこと言ってんだよ」
「え……は、そうなの?」
八谷は手を止め、赤石を見る。
「あ、あははは、冗談よ、冗談! あんたもこんな手に引っ掛かるような馬鹿だとは思ってなかったわよ!」
「何の冗談だ」
あははははは、と頭をかきながら八谷は視線を逸らす。
なら、文化祭の時に見たあの女は誰だったのか。妹か従兄弟か、何かそれに準ずる関係の人だったんだろうか、と雲をつかむように八谷は考える。
「手止まってるぞ」
「え、は、はい」
赤石の隣にいた女を考えているうちに、手が止まっていた。赤石の言葉を聞き、意識を赤石に向ける。
「で、でもあんた文化祭の打ち上げに行かないのは本当でしょ?」
「まあ」
「はぁ~、なんであんた行かないのよ。楽しいわよ、絶対」
やれやれ、と肩をすくめ、八谷は赤石を瞥見する。
「楽しいかどうかは本人が判断することであって他人に強制されることじゃないだろ。行くも行かないも本人の勝手なんだからお前にそんなこと言われる筋合いはない」
「はぁ!? 何よ!」
冷淡な返答をされたことで、八谷は顔を赤くして赤石を怒鳴りつける。
が、
「…………赤石っぽいわね」
「……?」
出会った当初の赤石を久しぶりに見たような気がして、少し懐かしく思った。
長く関わらなかった空白の期間。その空白を少しずつ埋めていくように、赤石を知る。
少しだけ感慨深く、思った。
「大体大して仲が良くもないような奴らと徒党を組んで遊ぶのが楽しいとは俺は思わない。本当に仲が良い奴数人といったほうが楽しいと俺は思うし、どうせ大人数で行っても普段絡んでる奴としか絡まないだろ」
「う……」
確かに、そうだった。
八谷が打ち上げに行く際にも常に櫻井とその取り巻きとばかり話し、実質的に大人数で行く必要性はなかった。
「でも大人数で行くからその雰囲気が楽しいのよ。あんた、行ってもないのに最初から面白くない、楽しくないって決めつけて、そういう所あんたの悪い所よ」
「なんでお前に俺の悪い所を指図されなきゃいけないんだよ」
と、言いながらも、確かにその通りかもしれない、とも赤石は思っていた。
「きっと行ってみたら楽しいわよ、赤石。あんたも来なさいよ」
「いや、そもそも仲の良い奴いないしな」
三矢も山本も、いない。一体何の為に打ち上げになんて行くのか。
「私がいるじゃない」
赤石は八谷を見る。
「いや、お前どうせ櫻井と話してるだけだろ」
「……そうね」
恐らくそうなるだろうな、と察しが付く。
「でも」
八谷は一呼吸置いた。
「でも、あんたがどうしても誰とも話せなくて困ってるなら、私が話してあげてもいいわよ」
「……お前が?」
胸を張って言う八谷を一瞥する。
まるで八谷にそう言わせるように誘導したような、そんな会話をしてしまった自分に嫌気がさす。八谷からその一言を言わせるように仕組んだような、うすら汚い我欲。
「……」
沈黙。一考する。
『やってもみないで最初から否定しないで!』
『やる前から全てを諦めてるから……だからあんたは誰からも好かれないんでしょうが!』
「……」
以前高梨に言われた言葉を思い出した。
見透かしたように馬鹿にして、やってもみないのに決めつけて、それが自分の悪い所だと、そう言われた。
「……」
再考する。
「そうだな……」
ふと、口を開いた。え、と八谷が声を漏らす。
「行ってみてもいいかもしれないな」
「嘘」
八谷に誘われたから、というわけではない。話す相手が出来たからという訳でもない。
あくまで、あくまで自分の意志で行こうと思った。
赤石は、そう思うことにした。一度は行ってみるのも、悪くはないのかもしれない。
「嘘、本当に?」
「本当に」
「ちょっと驚いたわ、本当に行くのね」
「来てほしくないなら呼ぶなよ」
「いや、別にそういう訳じゃないわよ」
八谷は心底驚いたように、赤石を見た。
「分かったわ、じゃあ私が霧島に連絡しておくから、打ち上げの当日は来るのよ」
「そうだな、ありがとう」
赤石は八谷から目を外し、再度掃除を開始した。
「……」
八谷もまた赤石に背を向け、掃除を始めた。
「来るんだ……」
誘ったことで赤石が来るという選択をしたことに、八谷は言いしれない感情を抱いていた。
自分が誘ったから来るという選択をした。赤石を変えることが出来たことを、驚いていた。
或いは、何か赤石を変えることがあったのか。空白の期間に何かがあったのか。
そういえば。
赤石に告白すると言っていた高梨はどうなったのか。赤石を変えたのは、高梨だったんじゃないのか。
「……」
ちら、と赤石を見る。無言で掃除をしている。
赤石を変えたのは高梨なのか否か。
でも。
そうじゃない、と八谷は思う。
高梨は、文化祭の打ち上げには来ない。




