第119話 打ち上げはお好きですか? 1
六月中旬――
文化祭も終え、夏休みまで残すところ一ヶ月と少しとなった。
一大イベントを終えたことで学内の空気もどこかなごみ、生徒たちも楽しげな顔で談笑していた。
そんな折、赤石はいつものように英単語帳を見ていた。
「おう赤石、何やっとんや!」
「英単語を覚えてる」
自席でぺらぺらと英単語帳を読む赤石に、三矢が声をかけた。
「何や何や赤石、お前朝っぱらから勉強しよんかい! はぁ……まったく、もうちょっと学校生活満喫せえや」
「ミツ、高三の先輩ら見たかよ? 滅茶苦茶ピリピリした空気だったぞ。今のうちにちょっとでも勉強して余裕持っときたいだろ」
「はぁ……あかんあかん、お前はほんまに学校生活満喫しとらんなぁ」
「時間の有効活用と言ってくれ」
赤石はページをめくる。
「まぁでも確かに俺のおっちゃんも高三が人生で一番頭良かった言うとったわぁ。今が頑張り時なんかなぁ」
「そうなんだろうなあ」
三矢も焦ったように鞄から英単語帳を取り出し、読みだした。
「……」
「……」
二人は無言で英単語を見る。ぺらぺらとページをめくる音だけがする。
「なあ赤石」
「ん」
「もしかして今日って英単語テストやっけ?」
「そうだぞ」
「はよ言わんかいぼけえええええぇぇえ!」
三矢は英単語帳を凝視した。
赤石は呆れた顔で三矢を見ながら、そんな日常の風景が返って来たことを少し喜んでいた。
「やあやあやあやあ、二人とも。今は時間は大丈夫かい?」
「……?」
「なんや霧島ぁ」
英単語帳をぺらぺらとめくる二人の下に、霧島がやって来た。
櫻井の唯一無二の友達であり、どこか飄々としているその男の名は霧島尚斗。毛先を遊ばせた髪型に、切れ長でにこにこといつも笑顔を張り付けている。
胡散臭い奴だな。
赤石は霧島のことをずっとそう思っていた。
笑顔が、胡散臭い。
「何か用か」
赤石は英単語帳から目を離さずに、言った。
「やあやあ赤石君、こっちを見ずに返事とは僕は悲しいよ」
「何言うとんねん霧島、今日英単語のテストやぞ? お前は大丈夫なんかい?」
三矢も霧島に視線をくれないまま、話しかける。
「大丈夫に決まってるじゃないか、僕を誰だと思ってるんだい。全く、こんな小さなテストの対策を朝にやるなんて、三矢君、もっと計画的に生きたまえよ」
「うっさいわぼけぇ!」
「あははははははは」
霧島は楽しそうに笑った。
「ところでお二人とも、文化祭の打ち上げがあるんだけど来ないかい?」
本題を切り出すかのように、霧島は話し出した。
「あぁ、グループチャットで言うとったなぁ、そんな話」
三矢はスマホを取り出し、グループチャットを見た。
「そうそうそう、僕は二人にも来てもらえないかなぁ、と思ってこうして勧誘に来てるわけだよ」
「なるほど」
三矢は頷いた。
「どうだい、赤石君。君も打ち上げに来ないかい?」
「いや……」
一拍。
「俺は行かない」
そして、断言した。
大して仲が良い訳でもない有象無象と遊びに行くわけがない。それが、赤石の所見だった。
「あかんあかん、霧島。赤石はあかんわ。こいつは他人のことうっすら見下してる所あるからな。絶対行かんわ」
「失礼だな、三矢」
赤石は三矢を瞥見する。
「そうかぁ、赤石君にも来て欲しかったんだけどなぁ」
「生憎群れるのが苦手でな」
突き放した言い方で、赤石は言った。
赤石は霧島にあまり良い感情は抱いていなかった。
櫻井の唯一無二の友達ということもさることながら、どうして櫻井に付きまとうのか、全く理解が出来なかった。
櫻井の友達というだけでそのハーレムの恩恵を受けてはいたが、肝心なところで霧島は全く関係してこない。まるで滅私奉公の類であり、霧島自体の本心が見え透いてこなかった。
「はぁ……じゃあ三矢君は行くのかい?」
「いや、俺はちょっと用事あるわ。すまんな、霧島。あとヤマタケも用事あるから行けんわ」
「そうかい……なら仕方ないねぇ」
霧島はやれやれ、と首を振り、ため息を吐いた。
「何をしてるのかしら、二人とも」
「高梨」
そんなやり取りをする三人に、高梨が近づいてきた。
「あれ、今二人って言わなかった? 三人だよ」
霧島が数を数え、高梨を見る。
「三矢君、赤石君、今日は英単語試験よ」
「あれ、もしかして僕は数えられていないのかい?」
霧島を黙殺し、高梨は二人に話かける。
「ほらほら、僕はここにいるよ!」
霧島は上体を捻り、高梨の目の前に姿を現した。
「気持ちの悪いゴミ虫が視界に飛び込んで来たわね。私の視界にそんな死んだような目を入れないでくれるかしら」
「辛辣!」
おーいおいおい、と霧島は泣いたふりをする。
櫻井はハーレムの恩恵を受けているのに霧島が全くハーレムの恩恵を受けないのは、ひとえにこの霧島の変態性が関係しているんだろうな、と思う。
やっていることは櫻井の方が過激なのにもかかわらず、ただ口を出すだけの霧島は櫻井よりも変態と罵られ、取り巻きにも嫌われる。
いわゆる、ラブコメの主人公の親友ポジションの人間。滅私奉公で主人公をハーレムのど真ん中に入れるためだけにいる人間。
まるで櫻井に都合の良い状況を作るだけの下僕。
「…………」
赤石は霧島を見る。
こいつは一体何を考えてそんなことをしているんだろうか。
高梨が霧島を辛辣に責めている時、ふと高梨が持っていた手帳の中から何かが落ちた。裏向きで落ちた写真を見やる。
何の写真なんだろうか。
赤石は身を屈め、写真を拾おうとした。が――
「触らないでっ!」
「え……」
写真を拾おうとした赤石に気付いた高梨が、赤石を大喝した。
今まで聞いたことのないような高梨の大喝もとい絶叫に、赤石は硬直する。見れば、高梨は今にも人を殺しそうな深刻な顔で、赤石を睨んでいた。
眉間を寄せ、赤石を睨みつける。
「私が取るから……」
「……悪い」
高梨は落ちた写真を拾い、誰にも見えないように手帳に再度しまい込んだ。
「……」
「……」
気まずい沈黙が四人に流れる。
今まで聞いたことがないような高梨の絶叫。神奈の事件の時のそれをはるかに上回る声量。
赤石たちは沈黙した。
「いやぁ~、高梨ちゃんどうしたのよぉ~、とっつぜん。びっくりしたじゃん」
「……悪かったわね」
あまりにも重苦しくなっていた空気を緩和するかのように、霧島が場を取り繕った。
「ごめんなさい、赤石君。あんなに怒っちゃって悪かったわね」
「いや、俺も勝手に拾おうとしたし……悪い」
赤石も戦々恐々と高梨に返事した。
どうしてあそこまで絶叫したのか。一体何の写真だったのか。見たことのない高梨の激情。完璧超人に見える高梨にも何か人に知られたくないものがあるのか。
「本当に悪かったわね、赤石君。許して頂戴」
「いや、別にいいけど……」
赤石と高梨はぼそぼそとやり取りをする。
「も~う! 何ぼそぼそと話してるんだい、君たちは! 全く……そういうこともあるだろうよ、人間なんだから。もうちょっと仲良くやる方が良いに決まってるでしょうよ。ほらほら、仲直りするんだよ!」
霧島は赤石と高梨の肩を抱き、二人を近づけさせようとした。
「止めなさい、ゴミ虫。服が汚れるわ」
「辛辣!」
霧島の手をはたいた高梨は先ほどのように、霧島を罵った。
「……」
助かった。
そう、思った。重苦しくなった空気を、霧島が緩和した。まるで道化か下僕のような霧島。それでも、霧島はこのクラスを取り持つ行動を、している。
「八宵ちゃん、今日も可愛いねぇ~」
「性的な目を向けないでくれるかしら。むしりとるわよ」
「何を!?」
高梨の持っていた写真。
クラスを取り持つ、滅私奉公の霧島。
赤石はその二人の核心にうっすら触れたような気がしていた。




