プロローグ
七月上旬――
「暑い……」
夏服に着替えた赤石は、うっすらと額を流れる汗を拭いながら呟いた。
駅を出て暫く歩き、木陰で腰を下ろした。
「暑い……」
鞄の中からタオルとペットボトルを取り出した。
きゅるきゅると水気のあるキャップを回しながら、赤石はペットボトルを口元に持って行ったが――
「赤石、暑いわね!」
「……」
口元まで持って行ったペットボトルは八谷に奪取された。
「……」
無言で八谷を睨むが、八谷はふふふ、と薄ら笑いを浮かべている。
「喉乾いたから飲むわよ」
「なんでだよ」
赤石の返答も待たず、八谷はペットボトルに口を付けた。
上下する八谷の喉元にも、うっすらと汗が見える。汗は光を反射し、キラキラと八谷の魅力を引き立てる。
汗ばんだ八谷の肢体を眺めながら、赤石は喉を鳴らした。
「……はぁ、ん」
飲み終えた八谷はペットボトルをを赤石に渡した。
「……」
ペットボトルを凝視する。
飲めという事なのか。
「何、私が飲んだ後は飲めないって訳?」
「いや、別にそんなこと言ってない……」
八谷が赤石の口に、強引にペットボトルを突っ込んだ。
「ふふ、これであんたも間接キスね」
「……」
ふふふ、と蠱惑的に笑う八谷から視線が離せない。
「なに、ちょっと興奮してるわけ? 変態さんね、赤石は」
はぁ、とぱたぱたと胸元を仰ぎながら、八谷は首を振った。
「別にそんなこと」
ペットボトルを取った赤石が反論しようとした矢先――
「あっかいしーーーーーーー!」
背後から新井が抱き着いた。
「暑いね、赤石!」
「くっつくなよ……」
執拗に胸元を押し付ける新井を軽く押す。
「何、新井さん。赤石に何か用でもある訳?」
「あ~、恭子っち嫉妬してるんだぁ~」
「べっ、別にそんなこと言ってないでしょ!」
新井は汗ばんだ体を赤石に押し付けたまま、八谷と口論する。
口の動きに合わせて動く体が、何度も赤石に擦りつけられる。
「ちょっと、汗っぽい体で止めろ」
「えぇ~、いいじゃん別に~。ね、恭子っち!」
「私別にそんなこと言ってないわよ」
新井と八谷がにらみ合う。
「ふえええぇぇぇ~、喧嘩はよしてください二人ともぉ~」
にらみ合う二人を仲裁するように、葉月が走ってやって来た。
「もう、赤石君もちゃんと止めにゃいと駄目じゃん!」
「わ……悪い」
ビシ、と葉月は赤石を指さす。
「あら、なんだか楽しそうねあなたたち」
「高梨……」
「赤石君見っけ~! 何してるのこんな所で?」
赤石の背後から高梨と水城が顔を出した。
ひょい、と赤石に顔を近づける水城と視線が交錯する。五センチもないほどの距離で、水城の相変わらずの壁を作らない性格に辟易する。
「ちょ、水城近い……」
「え、あ、ごめん! 私人と距離測るの苦手で……えへへ」
「えへへじゃないだろ」
「赤石君厳しい……!」
はっ、と驚いた顔つきで赤石を見る。
「赤石君、今日は何をしましょうか」
「ちょ、止め……」
高梨が赤石により、艶めかしい肢体を存分に見せつけながら、赤石の顎に指を這わせる。
「ちょ、止め……」
「あら、いいじゃない。私たちの関係なら」
「ちょっと高梨さん、何やってるのよ!」
「そ、そうだよ! 高梨さん、駄目だって!」
八谷と水城が止めに入る。
新井は背後から赤石の首を絞める。
「ちょ、ちょっと……お前ら、ギブ……」
赤石は青い顔をしながらくぐもった声を出す。
「ギブ……ギブ……」
そのまま声は小さくなり、赤石は苦しんでいた。
「…………っ!」
早朝――
「はぁ、はぁ……」
赤石は汗ばんだ体のまま、起き上がった。
軽く拭う。
「夢か…………どんな夢だ……」
赤石は起き上がり、登校の支度をした。
第四章、始まります。




