表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第3章 文化祭 後編
135/593

閑話 ミステリーはお好きですか? 7



 深夜――


「……」

「……」


 赤石たちは三千路の部屋で、件の音が鳴るのを待っていた。


「音が鳴ったら俺と統が外に出て様子を見てくる。すうは念のため、部屋にいてくれ。例の音の正体が分かったらまた呼ぶ」

「おけー」

「了解」






 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


 ほどなくして、音が鳴った。


「よし、統」

「おっけ」


 赤石と須田はすぐさま外に出た。

 ドアを閉め、音のする方に視線をやると――


「やっぱりか」

「マジかよ……」


 赤石と須田は階下で、ドアノブを何度も引っ張る男を見た。

 男がドアノブを引っ張るたびに、ドンドンドンドン、と音が鳴る。


「あれ住んでる人じゃなくて泥棒とかだったりしないよな……?」

「そんな恐ろしい結末があるか。それに足元を見てみろ」

「ん」


 男の足下には、三つのゴミ袋が置いてあった。


「ゴミを捨てる……のか?」

「だろうな。ゴミ袋を持参して泥棒に入らないだろ。それに、泥棒なんだとしたら不用心がすぎる。音を出しすぎだ」

「まあ不定期的に鳴ってるっていうのもおかしいかぁ……」

「統、すうを呼んできてくれ」

「了解」


 須田は家に入り、三千路を呼んだ。

 三千路と須田が帰って来ると、赤石が男の居場所を指さした。


「ほらすう、こういうことだ」

「こんな……こんなことだったの?」


 ドアノブを引っ張る男を見て、茫然とする。


「で、あの人は最近引っ越してきた人なのか?」

「うん、そうよ。最近引っ越してきた人。でもなんであんなにドアノブ引っ張って……悠、どういうことか説明してくれない?」

「そうだな」


 赤石は階下でドアノブを引っ張っている男を視線で追いながら、話しだした。


「まず、あの人は俺と同じタイプの人間だ」

「……?」


 三千路が小首を傾げる。


「根暗ってこと?」

「いや、失礼だな。用心深い人と言うべきかもな」

「ん~?」


 三千路は理解が及ばない、といった顔をする。


「あんな風にドアノブ何回も力強く引っ張る必要はないだろ?」

「そうね。二、三回引っ張って開かなかったらもうそれで鍵はちゃんと閉まってると思うけど」

「そうだな。でもな、そうじゃない人もいる」

「……どういこと?」

「強迫観念ってやつかもな」

「強迫観念……?」


 ドアノブを何度も引っ張り出て行った男は、再度帰って来た。


「あ、あれ、もう帰って来たの?」

「違う違う。もしかしたらちゃんと閉まってないかもしれない、って思って帰って来たんだよ」


 男はドンドン、と扉を引っ張り、そしてまた踵を返した。


「え、ええぇ……ちょっと心配性過ぎない?」

「そういう人も結構いるんだよ。外に出る時IHがついてないことと火力が弱いことを確認しただろ?」

「確認してたね」

「対策が一重だとリスクが高すぎるから怖いんだよ。その点、ドアの鍵閉めは対策が一重でどうしようもないだろ? だから俺みたいなのは何度もああして確認しちゃうんだよ」

「そういう人もいる……みたいね、たしかに」


 ぶつぶつと、三千路は考える。


「じゃあ音が鳴りやんだ後に悠が、ドンドンって聞こえなかったか? って先週言ってたのもさっきみたいに引き返してドア引っ張った時の音なのか?」

 

 須田が赤石に尋ねる。


「そうだな。さすがに二回目もあんなに長くドアノブ引っ張る必要ないだろ? まあ正直あれは俺でもやりすぎだと思うけどな。神経質とか用心深いとか、強迫観念とか、そういう性格を表すにはいろんな言葉があるけどな」

「なるほど……」


 赤石は階下に降りると、駐輪場が見える場所まで移動した。


「で、駐輪場が奥深くに行ってた理由があれ」

「こんなの分からないでしょ普通……」


 両手にゴミ袋を持つ男が左右の自転車を奥に押し込みながら、狭い通路を通っていた。


「両手にゴミ袋持ってるから手が上手く使えないんだろうな。奥に押し込みながら進んでる」

「でも横になって通ればいいんじゃ」

「いや、無理だな」


 赤石は男の背中を指さした。


「リュック背負ってるだろ」

「なんでリュックなんて背負って……」

「リュックがないと心配だからだろ。俺も外に出る時は絶対リュック背負ってるぞ。何か入らなかったとき不安だろ?」

「えええぇ~……」

「何かあった時に入れる物がないと不便だろ? 多分あのリュックの中にも有事の際に役立つものが入ってるんだろ」


 思考が似ているため、手に取るようにわかる。


「でもさ……」


 三千路が赤石を見た。


「こんな夜遅くに行く必要なくない?」

「……そうだよな」


 赤石もただ、そこだけが理解できなかった。


「なんでこんな夜遅くに外出てるのかってのが気になる。俺も全く分からなかった」

「なんでだろ、統分かる?」

「いや、わからん」

「夜遅くに外に出るってことは人目を気にする時だろ? 公園で演奏してるみたいな、何かを気にしてる時に夜に動くよな。だから近くのコンビニで本買ったりするのかな、と思ったんだけどそれは分からないな」

「え、エロ本ってこと?」


 三千路がきょとんとした顔で言った。


「ぼかしたんだからそういうことは言うなよ」

「いや、ぼかされると逆に気になるから!」

「まあ、そういうことだな。どうなのかは分からないけど、何か人目を気にすることをするから夜外に出てんだろうな」

「気になる…………」


 三千路は男をじっと見た。


「ついていっていいかな?」

「まあゴミ捨て場くらいまではついて行ってもいいんじゃないか? ちょっとあの人に悪いけどこっちもストーカーの嫌疑をかけてるからな」


 赤石たちはバレないように、静かについていった。


 男はゴミ捨て場に着くと、すでにあるゴミを入れ替え始めた。


「えぇ、嘘、あの人ゴミ入れ替えてるよ! なんであんなこと……」

「何か理由があるのか悠?」

「そうだな」


 男は手に持ったゴミ袋を、既に置いてあったゴミ袋の後ろに置く。


「自分のゴミが誰かに見られるのが嫌なんだろうな」

「あっ……!」


 そういうことか、と三千路は膝を打つ。


「神経質だからそういう所も気にするってわけ!?」

「確かに後ろに置いたら誰にも見られないもんな」

「そうだな」

「悠すげぇ~」


 須田が感心する。


「明日がゴミ出しの日だからゴミ出しの日に音が鳴ってたわけか……」

「そういうこと」


 ゴミ袋を入れ替えた男はふう、と一息つくと自動販売機へと向かった。


「あれ、自動販売機行くよ、悠? コンビニでエロ本買うんじゃなかったの?」

「エロ本エロ本言うな。俺も何でか分からん」


 男は手袋を外し、ポケットに入れ、ポケットから財布を取り出した。


「こんな夜に何か買うのかな?」

「もしかして……」


 男は自動販売機の前に立つと、じっと立ち止まった。


「アロエの果肉入りのジュースを買いに来た……のかもな」

「あの人が買ってたのか!」


 須田が驚き、声を出す。


「ちょっと遠すぎて見えないけど、多分そうだろうな。アロエの果肉入りのジュースは普通のスーパーで売ってないし、自動販売機くらいしか買う所がない。もしくは、そういうジュースを売ってあるスーパーを探し出すか」

「多分近くの二四時間営業のスーパーには売ってなかったわよ」

「もし見つけたとしても、相当遠いから近場で買おうって魂胆だろうな」

「あの人のせいで俺はアロエのジュースを買えなかったのか……!」


 うっ、と須田は声を出す。

 アロエの果肉入りジュースは売り切れであり、男はしょんぼりとうなだれ、踵を返した。


「帰ってるな」

「まあ売り切れだったしな。ゴミ出しのついでにアロエの果肉入りジュースをいっぱい買ってるんじゃないか? それこそ十本二十本と」

「だから夜に外に出てるってこと?」

「多分」


 三千路はむむむ、と目を細める。


「さすがに自販機の前で何十本もジュース買ってるところ見られたくないだろ? だから夜に来てるんじゃないか」

「ややこしいことを……」


 須田は呟いた。


 男は手袋をポケットから取り出し、財布を代わりに入れた。その時――


「あ、悠!」


 三千路が指を差した。


「さっきの人ポケットからティッシュ落とした!」

「あぁ~……」

「もしかして先週あったティッシュって……」

「そうっぽいな」


 須田と赤石が納得する。


「ああいう神経質な人はティッシュとかそういう有事の際に使う物をいっぱい持ってるからな。ポケットに入れてた大量のティッシュが、手袋を出す時にひっかっかって落ちたんだろうな。すうも絆創膏貰ったんだろ?」

「貰ったわね……。そういうことだったんだ」


 男は落としたティッシュに気付くことなく、引き返してきた。


「俺らもそろそろ引き返すか。大体の事情は分かっただろ?」

「まさかこんなしょうもないことが原因だったなんて思いもしなかったわよ全く……」

「まあ、ストーカーとかじゃなくてよかったな」

「あーー、良かったーー!」


 赤石と三千路たちはからからと、笑った。


 その後、男が家に入るまで、赤石と須田は見届けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ