閑話 ミステリーはお好きですか? 5
「いいかすう、まだ邪推だ。邪推の段階だけど、取り敢えず聞いてくれ」
「は、はい」
居住まいをただした三千路と赤石が相対する。
「もしかすると、もしかするとだぞ、お前は最近引っ越してきた中年の男に…………つけられてるかもしれない」
「――――――!」
三千路が総毛立つ。
「え、嘘、私つけられてるの……? ストーカー?」
「いや、まだあくまで邪推の段階だ」
「え、どういうことなんだ悠?」
須田が神妙な面持ちで話を聞く。
「まず、前引っ越してきた男に絆創膏を貰ったって言っただろ?」
「え、う、うん」
「指輪、つけてたか」
「いや、つけてなかったと思うけど……」
「まあ既婚者でも付けない人はたくさんいるか。それはいいとして、仮に独身とするけど」
一拍置くと、
「なんで独身の男が絆創膏なんて持ち歩いてるんだ?」
「…………」
「…………」
須田と三千路は押し黙った。
「お前ら絆創膏持ち歩いてるか?」
「いや、俺は持ってないけど……」
「私も持ってないけど、友達は数人持ってる人はいるかも」
「まあ、絆創膏を持ち歩いてるような人はほんの一握りだろう。それが、なんで独身の男が絆創膏を持ち歩いて、それもたまたますうが怪我した時に絆創膏を持ってこれるんだ?」
「それは……」
「そんなことがあると思うか? たまたますうが怪我した時にたまたま引っ越してきた男がたまたま何があったのか絆創膏を持っていてたまたますうと出くわすなんてことが」
「…………」
三千路は顔を青くして黙り込む。
「それに、駐輪場のすうの自転車の近くにティッシュのゴミ落ちてただろ」
「落ちてた」
「あれは、君を見てるよ、って合図なのだとしたら」
「……」
「すうを愛する誰かがすうの自転車を夜な夜な撫でまわし、それで位置が変わってしまったであろうことを察せないようにするために、全ての自転車を奥に入れたんだとしたら」
「……説明は、つくね」
ぼそりと、三千路が言った。
「ゴミの配置が変わってたのが、すうの家のゴミを確かめたくて調べてるうちに位置が変わってしまったんだとしたら」
「…………っ!」
三千路が目を見開く。
「すう、あくまでこれはまだ邪推の段階だ。恐怖しすぎるのも良くない」
「もし私の家のゴミがあさられてるとかだったら私耐えれない……!」
ぎゅう、と両手に力を入れて、肩を抱く。
「いや、そこまで重苦しく考えないでくれ。俺はいつでも最悪の可能性を考えちゃうからな。恐らくそこまでじゃないと思うけど、念のため、だ」
「……これは確かにヤバいな」
須田が呟く。
「ティッシュも物音もすうに気付いてほしくて、とすれば説明は一応つくだろ。まあ、俺の予想もとい邪推はここまでだ」
「…………」
「…………」
三人は黙り込んだ。
「ねえ、悠人様、まだもう少し私のこと助けてくれないかな……?」
「……そうだな。俺も真実が知りたい」
「俺も協力するぞ」
赤石と須田は互いに視線を合わせた。
「じゃあ、物音がしてる時に外に出なかったのは正解だったってこと?」
「いや、それは分からないけど。とにかく、また一週間後の休みに俺と統……は」
赤石は須田を見る。
「俺も行けるぞ!」
須田は胸を叩いた。
「俺と統が泊まりに来るから、それまでは無用に夜一人で出歩かないでくれ。出来れば誰かと一緒に明るいうちに帰って、夜は部屋から出ない。ゴミも気を付ける。これで一週間過ごせるか?」
「分からないけど……頑張る」
「まあ、俺の予想が外れてる可能性も大いにあるけどな」
「でも用心しすぎて悪いことはないよね」
「……そうだな」
すっかり意気消沈した三千路に、申し訳なさと心配を感じる。
「とにかく、また一週間後に来る。それまで気を付けて過ごせ」
「分かった……そうする」
「じゃあ統も一週間後頼むぞ」
「任せとけ!」
赤石と須田は三千路の家から帰宅し、赤石はメモ帳を何度も読み返しながら、一週間が経った。
赤石と須田は二人で三千路の家に向かった。
「いやあ、大丈夫かなあ、すう」
「どうだろうな。俺の推測が当たってるかも分からないからなあ。案外行ったらもう解決してたりするかもな」
「そうだったらいいんだけどな~」
まだ昼下がりということもあってか、須田と赤石の警戒心も薄い。
「あ、悠自販で何か買ってかね?」
「お、もうそろそろすうん家だな」
須田は三千路の家の近くにある自動販売機に近寄った。
「いやぁ~、相変わらずいい品揃えだなぁ~」
須田はにこにことしながら自動販売機の商品を見た。
「俺、前見てからあのアロエの果肉入りのジュースすげぇ飲みたくてさ、今日はあるかな~……」
金を入れ、アロエの果肉入りのジュースの購入ボタンに指を這わせたが、
「……嘘だろ、また売り切れかよ!」
ボタンには売り切れの赤い字だけがあった。
「嘘だろおおおぉぉぉ!? 俺滅茶苦茶アロエのジュース飲みたかったのに! 誰だよ買った奴はよおおぉぉ! もう口の中アロエのジュースの気分なのによおおおぉ!」
畜生おおぉぉぉ! と叫び、須田は膝から崩れ落ちる。
「人気なんだな、このジュース。スーパーとかでも売ってるの見ないしな」
赤石は栄養ドリンクのボタンを押し、須田に放った。
「おい悠何勝手に買ってんだよ!」
「お前栄養ドリンク好きだろ。刺激的な味がなんたらって」
「ふっ…………よくわかってるじゃねぇか!」
「いや、何キャラだよ」
須田は栄養ドリンクの蓋をえいや、と開け、お釣りを赤石から受け取った。
「にしてもどういう頻度でジュースとか入れ替えてるんだろうな~。一週間前に補充したばっかなのになぁ」
「そうだな~」
赤石は適当に相槌を打ちながら三千路の家に向かおうとしたが、須田が赤石の腕を掴んだ。
「悠、ちょっとだけ公園寄ってかね?」
「……わがままなやつだな」
赤石は須田に先導される形で、公園へと出向いた。
「シーソー、シーソー!」
須田は公園に入り口に立つと、走って中に入って行ったが、
「……あ」
「……ん?」
途中で、立ち止まった。
須田は立ち止まったまま、公園のベンチに視線を向ける。赤石もつられて、視線を向けた。
「あ」
ベンチに座ったまま、赤石の見たこともない民族楽器を吹いている男がいた。
「……」
「……」
赤石と須田に妙な沈黙が下りる。
「今日はなんか人いるしなんか居づらいな。また別日にするか」
「そうしよう……」
須田はとぼとぼと落ち込み、うなだれたまま三千路の部屋へと向かった。




