閑話 ミステリーはお好きですか? 4
「おい二人とも、シーソーしようぜ!」
須田がシーソーに乗り、二人に声をかけた。
赤石と三千路は須田の下へと赴き、顔を合わせた。
「俺は座りながら話を聞くからすうが乗れよ」
「じゃあ遠慮なく~」
三千路は片方のシーソーに乗った。
「すう重いからもうちょっと前座っていいぜ」
「はぁ!? ふざけんな統ボケ! 私は重くないから!」
三千路は後ろの方へと下がっていき、二人はシーソーをし始めた。
「それですう、最近何か変わったことはなかったか?」
「ええ、変わったこと……変わったことと言えば……あ、私和子おばちゃんと一緒に井戸端会議したわよ」
「いや、どうでもいいわ」
「そっかぁ……あ、統早いって!」
「はっはぁー!」
赤石がメモを取っている間に、二人はシーソーで遊ぶ。須田は発達した筋肉を活用し、素早くシーソーを動かす。
シーソーをしているため、三千路の声がぶれる。
「他には?」
「えーっと、あ、井戸端会議で――」
「いや、井戸端会議はもういいって」
「いや、そうじゃなくて。井戸端会議でこんな話聞いたんだけど、最近引っ越してきた男の人がちょっとよろけちゃって、腕すりむいちゃったんだって。で、和子おばちゃんがその人の所行ったんだけどすみません、大丈夫です、って言ってすぐ帰っちゃったんだって。ドジっ子おじさんなのかな」
「……ふーん」
いまいち必要なのか必要でないのか分かり辛い情報に怪訝な顔をする。
「ん……?」
聞き逃していた言葉を思い出した。
『最近引っ越してきた男の人』
「てめぇ、滅茶苦茶重要な情報じゃねぇか!」
書きなぐっていたメモ帳をぐりぐりと消し、大きく重要参考人と書いた。
「滅茶苦茶容疑者っぽいじゃねぇか! 容疑者三だな」
「そいえばその人が引っ越してきてから音が鳴り出したような……」
「……答えは半分くらい出たかもな」
「あ、統体重かけるなって! こら、馬鹿!」
須田と遊ぶ三千路を尻目に、赤石は答えを出しつつあった。
「そういえばその男の人、私もあったことあるんだけど。私がちょっと公園で遊んでて擦りむいたときなんだけど」
「お前も遊んでたのかよ」
須田のことを言えないだろ、と半眼で睨む。
「いや、怖い怖い。それで擦りむいて痛いなあ、って思ってたらその男の人が突然絆創膏くれたってことがあったわよ」
「…………そうか」
引っ越してきた男のエピソードをまとめながら、赤石は深く再考した。
深夜、赤石たちは三千路の部屋で件の物音がするのを待っていた。
「もう眠いな……」
赤石はこたつの中で、入眠しようとしていた。
「ちょ、悠、起きて! あぁ! 悠が睡魔に弱いこと忘れてたあああぁぁ!」
「悠、起きろ! まだ十二時だぞ!」
須田が赤石をゆする。
「もう十二時、だろ。じゃあもうちょっと頑張ってみるか……」
赤石は睡魔に耐えながら、物音を待った。
午前二時十五分――
「聞こえないな……というか、今日鳴るかどうか分からなくないか?」
赤石は眠たげな目をこすりながら、三千路に訊いた。
「いや、多分今日なのよ。いっつも今日くらいに鳴ってる気がする」
「へぇ~……じゃあ今日は鳴らないかもな」
眠気が原因してか、赤石は適当に相槌を打つ。
「いやあ、悠は全く睡魔に弱いなあ」
須田がなはは、と笑ったその時、
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
大きな物音が、鳴った。
赤石はびく、と体を跳ねさせ、須田は即座に厳戒態勢に移る。三千路は二人の背後に隠れ、顔をこたつに入れながら丸まっていた。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
音は、鳴りやまない。
目が覚めた赤石はドン、と鳴った回数を記録する。須田は二人の前でどし、と座った。
「多分外だな」
「そうだな」
赤石と須田は小声で会話をする。
ドンドンドンドンドンドン!
回数は少なくなっていき、次第に音も小さくなってくる。
「怖い……」
三千路はこたつでぷるぷると震える。赤石は音の響く方向、回数、時間などをメモ帳に記録する。
「…………」
「…………」
「…………」
静寂に、包まれる。
物音は、鳴りやんだ。
「……」
「確かにそこまで大きい物音じゃあなかったな」
赤石が私見を述べた。
「大きい物音じゃなかったから両親はまだ寝てるかもしれないけど、迫力はあったな……」
「で、でしょ?」
怯えた顔で三千路は赤石を見る。
「これは……猫のものでもなさそうだな」
「俺もそう思うな。猫の出せる音じゃなかったと思う」
「……怖い」
三千路はベッドに足を運ぶと、布団をかぶった。
赤石と須田の緊張も緩和される。
ドンドン。
「…………?」
赤石は、ごく小さな物音を、耳にした。
「あれ、統、すう、さっきまたなんか物音しなかったか?」
「え、ごめん悠、俺聞いてなかった」
「ちょっと止めてよ悠、私驚かそうとしてるんだったら怒るよ馬鹿!」
「いや、本当に……」
「ひいいぃぃーーー!」
三千路は再び布団に顔をうずめた。
「気のせい…………か?」
睡魔の影響もあったのだろうか、と不思議に思う。
「取り敢えず皆、また明日起きて考えようぜ? 今日は取りあえず寝よう」
「まあ……そうだな」
赤石は一番に賛同の意を示した。
「おやすみ」
あくびをしながら、赤石は即座に入眠した。
「おやすみ、すう」
「おやすみ……」
須田も同じく眠りにつき、三千路はぷるぷると震えていた。
翌朝――
「おはよう、二人とも」
「おはよう」
起床した三人が声を掛け合った。
「眠いけど事件が起こった場所を見に行こう」
「そうだなあ」
「うん……私も眠い」
赤石たちはのろのろと防寒着に着替え、手袋をする。
「すう、俺寒いからコート貸してくれ」
「あ、俺も」
「統のサイズはあるか分からないけど、はい」
ぽいぽい、と三千路は二人に防寒着を投げた。適当に着ると、赤石は外に出た。
「眠いな……」
「同感です」
「俺も……」
三千路が鍵を閉めると、須田は階段を下りた。順に三千路、赤石が下りる。
一階に着くと、例によって粗雑に並べられた自転車が視界に広がる――が、
「……おかしいぞ」
赤石は見慣れない風景に一抹の不安を感じる。
須田と三千路は駐輪場をすり抜けながら、振り向いた。
「え……ちょっと怖いこと言わないでよ悠。普通の駐輪場じゃん」
「え、何かおかしいのか」
須田と三千路は周りを見渡すが、大きく変わった所はない、と臆断する。
「いや、おかしい。絶対におかしい」
「何が……?」
赤石は三千路の後ろを通り過ぎながら、言う。
「だってお前ら、昨日もっと狭そうに通ってただろ」
「…………え」
「そういえば確かに……」
須田と三千路は体を横にして通っていたことを思い出した。
「自転車が全体的に……奥に入ってる。昨日より全体的に小綺麗になってる」
「本当だ……でも、誰かが奥に入れてくれたんじゃ……?」
「何のためにそんなことすんだよ。自転車を出すために他の自転車をどけることはあっても奥に入れる必要はないだろ。しかもこんなに広範囲に」
「どういうことだ…………」
三人は固まった。
「いや、とにかく現場検証が先だ。先に行ってくれ、統」
「了解」
須田は駐輪場を通り過ぎ、ゴミ捨て場の近くまで来た。
ゴミ捨て場は昨日の光景に加えて、朝にゴミ出しをしたであろうゴミ袋が多数置いてあった。
特に何も思わず、横をすり抜ける。
昨日と変わらず、奇抜な絵が描かれた包み紙があり――
「……っ!」
赤石は、ゴミ袋の前で、立ち止まった。
「おい、どうしたよ悠」
「おかしい。おかしすぎる」
「な、何が」
「このゴミ袋見てみろよ」
「……?」
須田は奇抜な絵が描かれたゴミ袋を見た。
「別に、昨日と同じ変な絵の包み紙だけど――」
「昨日と同じなのがおかしいんだよ」
「……どういうことだ?」
須田は首を傾げる。
「なんで昨日と同じゴミ袋がまだ見えるんだ」
「…………?」
「もう少し簡単に説明するか。なんで昨日置いてあったゴミ袋と同じゴミ袋が、まだ最前面に来てるんだ」
「……っ!」
須田は目を見開いた。
「え、どういうこと? どういうこと?」
三千路は意味が分からず、あたふたとする。
「ゴミを出すなら既に置かれたゴミ袋の前か横かに置くだろ。昨日に比べてゴミ袋が増えてるのに、この奇抜な絵の包み紙が入ったゴミ袋は今でも最前面にある。後ろのゴミと入れ替わってるんだよ」
赤石は奇抜なゴミの入ったゴミ袋の後ろ奥深くを指さす。
「え、昨日は後ろにゴミ袋……」
「なかったな。昨日は三つしかゴミ袋がなかった。ゴミ袋の位置があべこべだ」
「じゃあ同じゴミ出したんじゃ……?」
「じゃあ見てみるか?」
赤石はゴミ袋を一つずつ、軽く見た。が、やはり奇抜な絵のゴミの入ったゴミ袋はそれだけだった。
「どうして…………」
「分からん。もうちょっと見てみるか」
須田は自動販売機の下に近寄ると、
「あれ、ゴミが落ちてるぞ」
引っ掛かったティッシュを見た。
「…………」
赤石の心の中で、漠然と嫌な予感が形作られていく。
どうしてこんなところにティッシュが落ちているのか。
「統、すう、戻るぞ。駐輪場に行くぞ」
「え、ちょっと、悠待ってって!」
赤石は足早に駐輪場に戻り、三千路の自転車を見た。
三千路の自転車も同様にして奥深くに入っており、
「ちょっとすうの自転車他の自転車より奥に入りすぎてないか?」
「本当だ……」
三千路の自転車は他の自転車よりも、奥深くに入っていた。
「心無し、かもしれないけど、昨日と比べて向きが変わってるような気がする。統、どうだ?」
「いや、ちょっと分からねぇ」
「ごめん、私も分からない」
「まあ、心無し……だ」
赤石はぼそ、と呟いた。
何故か広範囲に奥深くに入っている自転車。
入れ替わっているゴミ袋の位置。
何故か落ちているティッシュのゴミ。
深夜に鳴り響く物音。
「…………これはもしかするとちょっとまずいかもしれないな」
「え、どういうこと、どういうこと!?」
三千路の自転車の近くには、同様にしてティッシュのゴミが落ちていた。
「最悪な予感がするぞ」
「どういうことよ、教えてって悠!」
「え、俺も分からねぇ」
二人は赤石に詰め寄った。
「一旦部屋に帰ろう。そこで話す」
「え、うん……」
「おう」
三人は部屋へと、戻った。




