閑話 ミステリーはお好きですか? 2
「統が来たわよ」
「須田、登場!」
「よ、統」
三千路が須田を連れ、自室にやって来た。
「めっちゃくつろいでんじゃん、悠」
須田は、寝そべりながら古文の単語帳をめくる赤石に苦笑した。
「まぁ汚ぇ部屋だけど適当にくつろいでくれや」
「いや、ちょっとここ私の部屋なんだけど」
須田は赤石の隣に荷物を置き、赤石も座りなおした。
「そいえばすう、俺おばちゃんにカステラ持って来たんだけど。おばちゃんカステラ好きだったし」
「さすが気が利くな、統は」
須田は鞄からカステラの入った箱を取り出した。
「俺も一応持ってきてるから渡しに行くか」
「二人とも気が利くわね」
三千路は寒い寒いと言いながらこたつにもぐりこみ、赤石と須田は三千路の母親の下へと向かった。
「おばちゃん、これカステラ」
「あらまあ、統君ったらまたよく出来た子ねぇ。ありがとうねぇ~」
三千路の母親はカステラを受け取り、嬉しそうに微笑んだ。
「おばちゃん、俺もあるよ」
「あら、悠君まで!」
母親は驚いた顔で赤石を見る。
「はい、オリーブオイル」
「あらま! ……まったく、悠君は昔から変わらないわねぇ……オリーブオイル持ってこられたのは初めてよ」
母親は呆れた顔で笑いながら、オリーブオイルを受け取る。
「いや、オリーブオイルの料理しようと思って買ってちょっと使ってみたけど、やっぱりそこまで料理しないから持って来た」
「いや、開封済みぃ!?」
あははは、と母親は高笑いする。
「全く……そういうところも変わってないわねぇ」
「そういえば今日俺ら泊まる予定なんだけどいいですか?」
「え、聞いてねぇ!」
須田は驚き、赤石を見る。
「あははは、いいわよ別にぃ。なんか物音の謎を突き止めるんだって?」
「いや、聞いてねぇ聞いてねぇ!」
「そうです」
須田の困惑をよそに、赤石は話を進める。
「もう、悪いわねぇ悠君。あの子のわがままにつき合わせちゃって。ここだけの話しだけどね、私は猫の仕業じゃないかと疑ってるのよ。まあ、悠君がどんな答えを導き出してくれるか楽しみだわ~」
「何の話か分からんけどおばちゃん、俺もいるよ」
「じゃあおばちゃん、今日はお世話になります」
赤石は須田を引っ張り、三千路のいる部屋へと戻った。
「なあ悠、俺そんな話一言も聞いてないんだけど。歯ブラシとかないんだけど」
「買えばいいだろ、買えば。すうに危機が迫ってるらしい」
「えぇ!? マジかよ」
赤石はことのなりゆきを軽く説明しながら、部屋の扉を開けた。
その後三千路の部屋に戻った須田は三千路から話を聞き、赤石は抜けていた情報をメモ帳に書き込んだ。
「なるほど……」
赤石はメモ帳を見ながら考える。
「悠だけが頼りよ! 頑張って!」
「頑張れ悠!」
「ちょっとうるさい。っていうかお前らも考えろよ」
赤石は苦い顔で二人に言い寄る。
「いや、私も統も馬鹿だし、なんでかなんて分かんないわよ、ねえ統」
「全くだ」
「何誇らしげに頷いてんだ」
うんうん、と須田は頷く。
「でもこれで役者がそろったな。統がいれば大体のことはなんとかなるだろ」
「統はボディーガード役ね。悠は探偵役。私はヒロインで」
「なんでお前がヒロインだ。お前はモブだ、モブ」
赤石たちは須田を先頭にして、現場の状況を確かめに行った。
「じゃあ母さん行ってきまーす」
「はーーい」
三千路はそう言うと、鍵を閉めた。赤石たちは厚着をし、手袋をつけ、とんとん、と靴を履いた。
「よし、見分開始だな」
「えいえいおー!」
「何かあったら俺がなんとかするぜ!」
三人は互いに息を合わせ、陣形を取った。
と、その時、
「あら、鈴奈ちゃん、どうしたのこんな所で?」
「あ、おばちゃん」
買い物袋を両手いっぱいに抱えた中年女が、三千路に話しかけた。
「いや、ちょっとこいつらと遊びをね」
「へぇ~、気ぃつけて遊ぶのよ」
「了解でーす」
三千路は手を頭に当て、了解の意を示す。
女はよろよろとよろめきながら踵を返し、去って行った。
「すう、あの人は?」
「ああ、和子さん。いつも買い物帰りはいっぱい荷物持ってて、ここら辺の名物おばちゃんだよ」
「名物おばちゃんか……」
赤石はメモ帳に書き記す。
「容疑者一だな」
「ちょっと! おばちゃんを容疑者とか言っちゃダメでしょ!」
ぺし、と三千路は赤石を叩く。
和子の買い物袋には大量のジュースとトイレットペーパーが入っており、赤石は特に気にする様子もなくメモ帳に書き留める。
「……冬なのにアイスが入ってたのが少し気がかりだな」
「え、そんなの入ってた? 悠めざと~」
「悠の観察力だけは一流だからな」
「観察力も、だろ」
赤石はアイスクリームが入っていたことに意見を求めるが、三千路たちはよく分からない、と首を振っただけだった。
「あれだけの大荷物なのにアイスを買うってのは少し変だな……もうちょっと動きやすい荷物の時にアイスを買うんじゃないか? それに今は冬だぞ……」
「最近数十年に一度の寒気が訪れてるって言うし、溶けないと思ったんじゃない」
「……そうか」
赤石は沈思黙考し、須田たちに付き従った。
三階に位置する三千路の家から一階まで降りる。
アパートというには少々雑多な雰囲気を醸し出しているきらいがあるな、と赤石は周りの風景を眺めた。エレベーターもついていたが、三階ということもあり、階段を使用した。
「じゃあちょっとここら辺の様子教えるわ~」
「オッケー」
須田は三千路の問いかけに応じ、赤石はだんまりを貫く。
須田と三千路は駐輪場に着くと、
「うわぁ~やっぱここの駐輪場ごちゃごちゃしてんな~」
「全くよ」
ごちゃごちゃと雑多に並べられている駐車場に思い思いの感想を述べた。
「駐車率一八〇パーセントじゃん」
「乗車率みたいな言い方をするな」
須田の感想に赤石が突っ込みを入れる。
「俺乗車率一四〇パーセントみたいな言葉聞くたびにいっつも、いやそれ一〇〇パーセント超えてますやん! みたいなこと思うんだけど、悠はどう思うよ?」
「確かに俺も思うな。乗車率は空席の状況を表してるんだろうけど、少々概念的にややこしいものはある」
「二人ともいつもそんなバカな話してんの?」
雑多に並べられた駐輪場を歩きながら、三千路は振り向いた。
「あ、これすうの自転車じゃね?」
出口に差し掛かった須田が三千路の自転車を見つけた。深い桃色をした、綺麗な自転車がこぢんまりと駐輪場に収まっていた。
「そうそう、私ピンク好きなんだ~」
「いや、知ってるわ」
あはは、と須田と三千路は笑い合う。駐輪場に自転車が入りすぎているため歩行の妨げになり、須田たちは体を横にしながら歩く。
「随分歩き辛いな」
「いやぁ~、ここの駐輪スペースもっと大きくして欲しいんだけどな~。悠さぁん、お願いしますよ~」
「いや、俺は何者だ」
すりすりと手を合わせる三千路を一蹴し、赤石は駐輪してある自転車の様子をじっと眺める。
特に変わった様子はないが、雑多な停め方をしてあるせいで、多くが駐輪区画からはみ出ていた。
「なんか適当なアパートだな」
「まあそれはご愛敬ですよ」
三千路は唇に人差し指を当て、目をすがめた。
三千路たちはどうにか自転車を避けながら、出口に辿り着いた。
「あ、おじさん」
三千路の前を、犬を連れた中年男が歩いた。
「おじさん、こんちはー」
「…………」
男はむすっとした顔をするとそっぽを向き、犬と共に去った。
「何も言わなかったな」
「なんでだろうなぁ」
「ああ、あのおじさんいっつもああだよ。なんかむすっとした顔してるんだけど、そこまで悪い人じゃなさそう」
三千路は私的な感情を述べる。
「でもあの人なんかスコップ持ってなかったか?」
「あ、持ってたかも」
「何に使うんだ、スコップ……?」
「……さあ」
「容疑者二だな」
「ちょっと容疑者増えちゃったじゃん!」
メモ帳に書き留める赤石を三千路は横からのぞき込む。
「おいのぞき込むな」
「え、いいじゃん後で見せてもらうんだから」
「だとしても書いてるところ見られるとなんかむずがゆいんだよ」
「はぁ~、全く悠は恥ずかしがりやだなぁ」
「そういう所あるだろ、人間って」
赤石はメモ帳をしまった。




