第12話 ラブコメはお好きですか? 2
「危ない危ない……忘れ物したわ」
生徒会長立候補演説の為に体育館へと向かっていた神奈は、職員室へと戻りながら独り言ちていた。
ガチャガチャと職員室のカギを開け、神奈は職員室へと入る。
「失礼しますよ~、っと」
小声で呟き、神奈は職員室へと足を踏み入れる。
電気がついていなかったことが原因か、職員室の入り口で神奈はバケツを蹴り飛ばし、ガラゴロ、と職員室内に大きな音を響かせた。
「痛ってぇ~……誰だよこんなところにバケツ置いた奴は!」
怨嗟の声を出しながら、神奈はバケツを元あった場所に置き直した。
「まぁいいわ……。さて、わっすれっもの~、わっすれっもの~」
神奈は一人楽し気にステップを踏み、自分の机へと歩を進めた。
「何考えてるのよ聡助!」
「悪い……本当悪い…………」
神奈が勢いよくバケツを蹴り飛ばした音に驚いた櫻井と八谷は、近くにあったロッカールームの中に、二人身を隠していた。
櫻井と八谷は身を縮め、ロッカーのドアが開かないよう、密着する。
「ちょっとどこ触ってんのよ聡助こんの馬鹿!」
「し…………仕方ねぇだろこんな狭いんだから!」
八谷と櫻井とは小声で文句を言い合う。櫻井は収まりの良い場所を探すため、もぞもぞと手を動かす。
「ちょっ…………ひゃっ! 止めなさいよ、動かさないでよ!」
「静かにしろよ! 誰か来てるだろ!」
お互い息のかかるほどの距離にあり、櫻井と八谷の両者は紅く顔を染め上げる。
「あぁ、あったあった」
八谷と櫻井は、ロッカールームの中から、神奈の声と姿を捉えた。
「美穂姉…………か……良かった。美穂姉なら見つかっても大丈夫そうだな」
「大丈夫な訳ないでしょ! 今の状況考えなさいよ!」
櫻井の呑気な態度に、八谷は反駁する。
ロッカールームが神奈の近くにあったことが原因か、神奈はふと動きを止めた。
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘⁉」
神奈に気付かれたと思った八谷は恐怖と羞恥とで頭をパンクさせ、小声で動揺する。
「ちょっ……恭子、声出すなって!」
櫻井は手をもぞもぞと動かし、八谷の口に手をやった。
「んっ…………んんん!」
恐怖と羞恥に加え櫻井の手が自身の口元に当てられたことで、更に八谷は動揺し、目をくるくると回す。
「何かロッカールームの中から音が聞こえたような気が…………」
動きを止めていた神奈は、櫻井と八谷が入っているロッカールームに視線をやった。
ロッカールームに歩を進める。
「もしかして誰かいたり……しないよな?」
神奈はロッカールームのドアに手をやり、
「…………!」
ドアを開いた。
「…………んん~、おっかしいなぁ。何か音が聞こえたような気がしたんだけどなぁ」
不思議に思いながら、神奈はロッカールームのドアを閉めた。
櫻井と八谷が入っている隣のロッカールームを。
「じゃあこっちか?」
神奈は櫻井と八谷が入っているロッカールームのドアに手をやる。
「…………!」
「……!」
神奈が手に力を入れロッカールームのドアを開けたとき、
プルルルルルルルルルル。
プルルルルルルルルル。
職員室の電話が鳴った。
「あぁ、電話だ電話だ」
神奈はドアを開けたロッカールームの中を見る前に、音のなった方に目をやり、電話を取った。
神奈が気付く前に、櫻井はロッカールームのドアを中からそっと閉めた。
電話が終わった神奈はガチャリ、と受話器を置き、置時計に目をやった。
「あぁヤベぇ! もう生徒会長立候補の演説始まってんじゃねぇか!」
遅刻に気付いた神奈は急いでそのまま出口へ駆けだし、職員室の鍵を閉めた。
数秒、数十秒、数分、静謐な時間が経った。
「ぷはああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
顔を真っ赤にした櫻井と八谷がロッカールームの中から出て、肩で息をした。
先ほどまで櫻井と密着していたからか、八谷は顔だけでなく、全身真っ赤に茹で上がったかのように湯気を出し、櫻井もまた、顔を赤く染めていた。
職員室の中は暖房が効いていたことと、ロッカールームという狭い空間で密着していたこともあってか、二人とも上気しきっていた。
「あ……危なかったわね、聡助…………」
「あ…………あぁ、本当危なかった。ドア開けられたときはどうなるかと思ったぜ…………はぁ……はぁ……」
櫻井と八谷はお互いを見やる。
そして、
「ぷっ…………」
「あはははははははは!」
二人して、笑いあった。
極限の緊張状態を乗り切ったことと、ロッカールームで密着していた状況を乗り越えたからか、自然と二人に笑いが生じた。
「面白かったなぁ…………!」
「面白くないわよ全く…………」
八谷と櫻井は共に涙を拭う。
「よし…………そろそろ行くか、恭子。そろそろ生徒会長立候補演説始まってるだろ」
「そ……そうね」
櫻井は八谷に手を出し、八谷は少し俯き、櫻井の手を取る。
疲れ切った二人は距離を縮め、体育館へと歩いて行った。