閑話 ミステリーはお好きですか? 1
ミニミステリーです。
十二月の初旬――
赤石は遊びの約束をした三千路の家へとやって来ていた。
「寒い……」
赤石は小刻みに足を動かしながら、インターホンを押した。
ガチャ。
三千路がドアを開け、赤石はよ、と軽く挨拶する。
「悠……ヤバい」
「……?」
三千路は顔色悪く、呟くようにして言った。
「どうしたよ」
「実は最近困ったことがあって相談したいんだけど……」
「ちょっと中で話聞いていいか? 寒い」
「あ、どうぞ」
三千路は赤石を中に招き入れ、ドアを閉めた。おばちゃんおじゃまします、と三千路の母親に軽く挨拶をし、三千路の部屋へと入る。
「暖かい……」
部屋の暖かさに感動した赤石は真っ先に目の前のこたつに入ったが、
「冷た!」
こたつの電源が入っていないため、すぐさま出る。
「なあすう、こたつ寒いんだけど」
「ごめんごめん、電源付けるの忘れてた」
三千路は電源をつける。赤石はいそいそとこたつに入る。
「あったけ~……」
「いや、そんな一瞬であったかくならないから」
三千路は回り込んだ後、赤石の斜向かいに座り、近くのミカンを取った。
「はい、ミカン」
「いや、今はいらない」
「ミカン、あかん?」
「ミカン、あかん」
三千路はミカンを戻し、自分の食べる分のミカンを剥き始めた。
「で、何だよ相談って」
「え、何それ」
三千路はきょとんとした顔をし、はっ、と思い出したかのように目を丸くした。
「ミカンごときで忘れるような悩みじゃ大したもんじゃなさそうだな」
「いや、大したことあるんだって本当!」
ミカンを剥く手を止め、三千路は大騒ぎする。
「今日ここで遊ぶ予定じゃん?」
「そうだな」
「その遊びキャンセル出来ない?」
「いや、出来るだろ。なんで居酒屋予約したみたいなってんだ」
赤石は鞄を置き、こたつから出ないよう、適当に鞄の中をあさる。
「じゃあ今日の遊びキャンセルしてさ、ちょっと今日はここ泊まってってくんない?」
「……何やら本格的にヤバい案件そうだな」
赤石は姿勢を正し、三千路と相対した。
「実はちょっと聞いて欲しいんだけど、最近心霊現象か不審者かのどちらかに悩まされてて……」
「どっちでも嫌だな」
三千路はゆっくりと、話し出した。
「私この家住んで長いこと経ってるんだけどさ、今まで経験したこともない事態に直面しててさ」
「はい」
「最近夜の一時くらい……かな? になったら、変なことが起きるんよ。すうがすうすう寝てたらね」
「いや、そういうのいいから」
「ちっ!」
三千路は赤石を睨めつける。
「私いつも十一時くらいに寝てるんだけど、普段そんなに夜遅くに起きることないのよ。でも、いつからかな……最近真夜中の丑三つ時くらいにふと目が覚めてね。そしたら突然、ドンドンドンドンドンドン! ドンドンドンドンドン!」
「うわっ!」
突如机を強く叩きだした三千路に、赤石は仰け反る。
「驚かすな」
「こういう趣向もいるかな、と」
「いらんわ。で?」
「でね、ドンドンドンドンドンドンドン! ってどこかから物音が聞こえるんよ。気のせいかな~って思ってまた寝ようとするんだけどね、またすぐにドンドンドンドンドンドンドン! って聞こえるんよ。多分音の発生源は外……だと思うんだけど、何回かドンドン言ったらそれでおさまるのよ」
「なるほど……」
三千路の話を聞き逃さないため、メモをする。
「で、それだけだったら何も思わなかったんだけど、そのドンドン! って物音が何日も何日も不定期的に鳴るの。怖くて怖くて……本当に、何の音かだけでいいから知りたいんだけど……何なのかな、これ?」
「いや、分かるか」
話を聞き終えた赤石はペンを放り投げ、寝た。
「ちょっと悠、なんとかしてよお願い!」
「いやお願い、って言われてもな。情報が少なすぎるし、何か猫か動物が争ったりしてんじゃないか? 猫の喧嘩とか結構激しいぞ?」
「いや違うんだって、絶対! 音が鳴りやんで暫くしてから恐る恐る外見てみるんだけど、何もないのよ! それが本当に怖くて、不審者なのか心霊現象なのか、原因を突き止めたいのよ!」
「えぇ~…………」
いまいち気乗りしない赤石は不貞腐れた顔を隠さない。
「いや、お前両親に相談したらどうなんだ? 解決してくれるだろ」
「言ったんだけどまともに取り合ってくれないんだって! どうせしょうもないことが原因よ、とか言って! 本当母さん楽天的すぎでしょ!」
「お前もだよ」
「はぁ!?」
興味なさげに寝る赤石の足をどしどしと蹴る。
「止めろ止めろ、バド部の太い脚で蹴るな。穴があく」
「はああぁ!? あくわけないでしょうが! 乙女の生足をそんな嫌な感じで言わないでくれる! とにかく、悠なんとかしてって!」
「いや、無理無理。怖いわ」
赤石は座りなおし、眼前で手を振った。
「いや、心霊現象でも怖いし不審者でも怖いし、なんなら猫ですら怖い。俺は小心者なんだ、諦めて物音に悩まされながら生きてくれ」
「ちょ、ふざけんなてめぇ!」
三千路は赤石の首に腕を回し、締め上げる。
「ちょ、ギブギブ……酸素供給されてないって!」
「じゃあ手伝うか、あぁ!?」
「分かった分かったから、手伝う、手伝うから!」
「じゃあ離してやるよ」
三千路は赤石を解放し、げほげほと赤石は咳をする。
「ひいおばあちゃんが川の向こうで呼んでた」
「いや、生きてるでしょ。失礼な」
赤石は三千路の突っ込みを黙殺し、再度メモした内容に向き合う。
「じゃあ早速現場確認に行こう、悠!」
「いや無理無理無理無理! 不審者だったらどうすんだよ! 俺絶対勝てねぇからな! 勝つ自信全くねぇわ!」
「ちょっと悠、男なんだからしっかりしてよ、だらしないなあ」
「ふざけんな、こんな時だけ男だからとか言うんじゃない。お前いっつも男のくせにとか言ってるだろうが」
「それはそれ、これはこれ」
「帰る」
「ごめん悠帰らないでええええええぇぇぇぇ!」
三千路は赤石の袖につかまり、泣きつく。
「はぁ……仕方ない、少し頑張って考えてみるとする」
「さっすがぁ! 男ってちょろい!」
「…………」
呆れた顔で三千路を見る。
「でも俺一人じゃ無理だな。不審者とかだったら簡単にやられる。統が一時間後に来る予定だろ。統が来てから現場検証をしよう。それからこの謎を解き明かすぞ。不審者なら警察に統が突き出す。心霊現象なら専門の人を呼ぶ。猫なら知らん」
「おっけー! 取りあえず原因が分かったらどうにでもしようがあるでしょ」
「そうだな。あの統がいてくれりゃ、取り敢えず不審者の場合はなんとかなるだろ。よし、じゃあ……」
赤石はミカンの置いてある方向を見ると、
「ミカン食うか」
「私の見て食べたくなったのね……アホ」
三千路はミカンを取り、赤石に渡した。




