第117話 文化祭はお好きですか? 11
赤石と三千路は暫くの間文化祭を楽しんだ後、須田の下へと向かった。
「四組のお化け屋敷、やってまーす!」
生徒が声を張り、お化け屋敷の宣伝をする。お化け屋敷には既に長い行列が出来ており、活況を呈していた。
「うわ、統のお化け屋敷ヤバ……」
「大人気だな……」
赤石と三千路は横目でお化け屋敷を眺めながら、須田を探す。
「ちょっと悠、統いないんだけど」
「そうだな。この時間に非番になるっていってたんだけどな……」
「あ、いたわ」
四組の出口から出て来た須田を、三千路が見つけ出した。
須田は赤石たちに気付き、小走りで寄る。
「いやあ、悪い悪い。案外お化け役楽しくてさぁ」
須田は真緑色の顔をほころばせながら、頭に手をやった。
「お前顔色悪いな。大丈夫か?」
「いや、メイクメイク! これお化けメイクだから!」
須田は自分の顔を指さす。
「確かにあまり統の顔気にしてる人いない気がするな」
「統、それで回んの?」
「いや、メイク落としてもまた塗らなきゃいけねぇんだからこのままいくぜ!」
「ちょっと恥ずかしくない、悠?」
「多少同感だな……」
「まあまあ、今日は文化祭なんだし」
須田の後から、幽霊の役をしていたであろう生徒が続々と出てくる。顔を白くメイクアップした生徒や血糊のついた生徒など、およそ日常生活で見られない非日常な空間が演出される。
女装をした生徒から看板を持ちながらクラスの催し物を宣伝する生徒まで、様々だった。
「いやあ、文化祭だねえ」
「確かにそう言われればそうだな」
「まあ、こういうのもたまにはありね」
須田を加えた赤石たちは、再度歩き出した。
四人組の女子生徒たちが輪投げ大会を楽しみ、教室から出て来た。
「あ~、全然入らなかった~。あれ何かずるしてんじゃない? だって一等賞豪華すぎでしょ!」
「三葉は?」
「えぇ、どうだろう。でもそう簡単には取れないんじゃないかな」
「あかねがヘタクソなだけ」
「ちょ、白波最低~」
女子生徒たちは互いに雑談に興じながら、文化祭を楽しんでいた。
「次どこ行くよ、三葉」
「そうだな~、どこ行こっか?」
「ちょ、それ決めてたんじゃん、何言ってんよ馬鹿~!」
「ごめんごめん」
特に目的地を定めることなく、漫然と練り歩く。
ふと、暮石が後方を見た。
「統、輪投げ超へたくそだったよね~」
「水泳部は投げる動作に慣れてないからな」
「いや~、俺もバトミントン部だったらもっといい点取れたんだろうけどな~」
「いや、だからバドミントンだっつうの! てめぇ、わざとやってんだろ!」
「「こわ」」
背の高い筋骨隆々の須田を中心に、赤石と三千路が話し合いながら歩いているところを、見た。
真緑色に塗られた顔とその背の高さから、須田は目立っていた。
「~~~~~~!」
「え、ちょ、何三葉!?」
「なになにい?」
「どうしたの?」
暮石は共に歩いていた女子生徒を捕まえ、廊下の端に引き寄せた。
「見て、後ろ」
「後ろ……?」
女子生徒、鳥飼あかねは後方を振り返った。
「次どこ行くよ、悠?」
「じゃんけんで決めよう」
「じゃあ私グー出すわ」
「じゃあ俺はパーを出す」
「お、心理戦じゃんけん―!? おもろそう! 俺もパーで」
じゃんけんをしている須田たちを、ぽかんと眺める。
「え、あれ赤石じゃん。どういうこと!? なんであの須田君と一緒にいんの!?」
「あかね演劇班だから知らないと思うけど、須田君と赤石君って友達らしい」
「え、でもなんでこんな隠れる風にして……?」
「い、いや、それはなんとなく気まずくて……」
はは、と頬をかく。
「でも赤石と須田君が友達っておかしくない? ミスマッチじゃん! 赤石って頭おかしい奴じゃなかったの?」
「あかね、全然違うよ」
暮石はぴし、と諫めた。
「白波も知らなかった……志保は知ってた?」
「え、う、うん。でも実際こうして一緒に文化祭回ってるところ見るとなんていうか実感があるっていうか……」
眼鏡をくい、とあげながら、志藤志保は目を丸くする。
女子生徒たちはこそこそと話しながら、様子を伺った。
「ちょ、あんたらなんで本当にパー出してんの!? いや、そこは騙すところでしょ! チョキ出した私が悪いみたいじゃん!」
「人を騙す人間にはこうして天罰が下るのだ」
「すう最低だな、俺らに嘘吐くなんて」
「え、待って! そういう流れ!?」
三千路はチョキを出した手を引っ込めながら、須田と赤石の音頭に従った。
「赤石ってあんな風に笑える奴だったんだ……」
「ちょっと、さっきから失礼だってあかね! 赤石君は多分そんなに悪い人じゃないんだよ」
暮石は鳥飼の袖を引っ張りながらこそこそと話す。
「でも前教室で怒ってたし……なんか怖いよね?」
「志保のそれも偏見だって。だってあれ私たちの方が絶対悪かったと思うよ。赤石君だって言いたくてあんなこと言ったんじゃないんじゃないかな?」
「……そうかも」
「それとも皆はともの方が正しかったと思う?」
「あれはやりすぎ」
「私は前から朋美のことはいけすかないと思ってたけどね」
鳥飼は興味なさげに、言い捨てる。
「朋美のあれは目に余るよ。正直、どうかと思う」
「……でも赤石君の脚本の花送り……だっけ? あれちょっと怖くなかった?」
「ああ~、確かに」
「そう……だね」
暮石も同意を示す。
「でも、赤石君ロミオとジュリエットの脚本もやってくれたじゃん。ロミオとジュリエットの脚本は全然そんなことなかったでしょ? だって、あれは全校生皆が見る奴だから。でも映画は見たい人が見るだけじゃない?」
「うん」
「あれは赤石君なりの抗議なんじゃなかったのかな」
「こーぎ?」
鳥飼は小首をかしげた。
「そ、抗議。私たちもともが八谷さんいじめてる時何もしなかったけどさ、赤石君はそういうのが嫌なんじゃなかったのかな」
「ん~、ごめん三葉、よく分からない」
志藤は申し訳なさそうに、わらった。
「最近高梨さんはとっつき辛いって噂あるでしょ?」
「ああ~、あるある」
「あれも、赤石君のところに来た高梨さんを貶めるために誰かが流した噂じゃなかったのかな?」
「……なるほど」
「ともが八谷さんをいじめて、私たちは我関せずで無視して。赤石君はそういう私たちに抗議をしたかったんじゃないかな」
「抗議……」
女子生徒、上麦白波はぽつりと、呟いた。
「ん~、三葉が言いたいのは、赤石は実は正義感が強いだけの普通の男って言いたいってこと?」
「ん~、どうだろう。でも、最近は高梨さんの悪い噂が流れてたり八谷さんがいじめられてたり……なんか、過ごし辛いし、怖い……」
「分かるわ~。じゃあ、案外赤石がやってたのも正しいことだったかもしれないねぇ~」
「そうなのかなぁ……」
志藤は水を差す。
「ずっと言いたかったんだよね、赤石君そんなに悪い人じゃないんじゃないか、って」
「えぇ~、三葉もしかして赤石なんかのこと……」
「ちょ、止めてよ! 全然そんなのじゃないから! 茶化さないでよ!」
鳥飼の茶化しにぷんぷんと、暮石は怒る。
「とにかく、私たちだけでも赤石君が悪者だ、とか高梨さんはとっつきづらい、とか言うの止めない?」
「私は賛成かな」
「わたしも」
「……じゃあ、私も」
三人は小さく挙手をした。
「それに、須田君と赤石が仲良いって超いいじゃん。須田君に目を付けられたら私ら本当すぐつぶされるしね」
「あかね馬鹿なこといいすぎ」
志藤が苦笑する。
「赤石も案外悪い奴じゃないかもしれないけど悪い奴かもしれない」
「白波はまた適当な」
「ごめんね、文化祭の途中でこんな話しちゃって」
「いや、全然! むしろ三葉がこれから二組を変革していけばいいんだって!」
「え、えぇ無理だよ……」
暮石はぶんぶんと手を振る。
「須田君かっこいいなぁ……」
「超分かる、筋肉の筋が通ってるところとかほんとう愛おしくない?」
「馬鹿なこと言ってないで次のところ回ろうよ!」
「あははは、じゃあ行くか~」
暮石たちはまた、歩き出した。




