第116話 文化祭はお好きですか? 10
「なんだか前が騒がしいな」
人の波に飲まれながら、赤石は前方の騒々しさを察知した。
何か起こっているのか……?
赤石は目を凝らす。
「そんなことどうでもいいから! それより悠、見てこれ見てこれ! やろ、やろ!」
「ちょっと……」
寸前、三千路が赤石の手を引き、近くのクラスに入り込んだ。前方の騒ぎが何かを確認する前に、視界が一転する。
「……なんだこれ」
「輪投げ大会だって、輪投げ大会!」
三千路は目を輝かせながら、ぴょんぴょんと跳ねた。
「ちょ、悠あれ取ってあれ取って!」
三千路は一等賞に据えられている大型家庭用ゲーム機『ハブルータ』を指さした。
「いや、あれ品薄で抽選とかされてたやつじゃん……よくもまあこんなしょうもない文化祭にあったな」
「確かに文化祭にしては気合入ってるわね。じゃあ取ってよ悠、取って取って取って取って!」
「うるせぇよすう。静かにしてろよ」
赤石と三千路は行列の最後尾に並んだ。
「ところですう、お前金あるのか?」
「持ってるよ、七億七千万」
「どうやって持ってきたんだよ」
「担いできた」
「超人か」
「嘘、七千七百円」
「じゃあ出来そうだな」
「悠もやってね? ハブルータ当たったら一緒にゲームしよ?」
「えぇ……俺もそこそこゲーム得意だけど、俺みたいな凡人がやっても上手く出来るゲームは少ないと思うぞ。世の中そんな上手く出来てない」
「また夢のないことを……こういうのは楽しむのが大事なんだから!」
「そうだな」
雑談に興じているうちに、赤石の出番がやって来た。
ぽいぽいと輪を投げる。
「残念でした、五等のキーホルダーでーす」
「……どうも」
十投のうち、四投の成功という平々凡々たる成績を修め、粗品を貰った。
「どんまい、悠。お前の仇は俺が返してやる」
「頼んだ」
三千路は輪を軽快に投げた。
「お…………おぉ、おめでとうございます! 二等です!」
輪投げ担当の女子生徒が驚きで目を丸くする。
「二等はこちらの食堂利用券三千円になります!」
おお、と周りからも拍手が送られる。
「う~ん……」
三千路は手渡される食堂利用券を受け取らず、
「やっぱりそれはいいんで、五等のキーホルダー二つもらえたりする?」
「え……は、はあ、よろしいですが……」
女子生徒は小首をかしげ、キーホルダーを渡した。三千路は満足げな顔をして赤石の下にてこてこと戻る。
「へっへー、貰ったー!」
「さすがバド部。指定の枠に入れるのは得意だな」
「あたぼうよ!」
「でも良かったのか、五等の二つなんかで? 食堂利用券三千円分の方が良かったんじゃないのか」
「う~ん」
三千路は目をつむり、おとがいに手を当てる。
「でも私ここの高校じゃないから使い道ないし、何よりこうしたら私と悠と統で三人同じキーホルダー持てるじゃん!」
「なるほど」
三千路と赤石は鞄にキーホルダーを付けた。
「でも食堂利用券貰ったら二千五百円くらいでここの高校の生徒に売れたと思うぞ。なんなら俺が買っても良かったし」
「うわ、嘘! マジ!? 私いまからでもこれやっぱり変えてもらってくる!」
「止めろ止めろ、みっともない真似をするな!」
担当の女子生徒の下に戻ろうとする三千路を掴み、引き留めた。
「じゃあそろそろ統の当番も終わるし迎えに行くか」
「同意!」
赤石と三千路は教室を出た。
「聡助、この映画観に行かない?」
「え~っと……そうだな、まだ上映時間まで暫くあるし、次のタイミングでいいんじゃないか?」
「私もそう思う!」
櫻井は廊下を歩きながら喋喋喃喃と話す。
「そうね、私も食べたいのがあるし」
八谷はひょい、と顔をのぞかせながら、言った。
「じゃあ焼きそばでも食いに行くか、皆?」
「あ、賛成―――! 私も今焼きそばの気分だし!」
「私も大丈夫」
「私もよ」
櫻井と取り巻きの間で多数決が取られ、焼きそばが販売されている階下に赴くことになった。
「焼きそば美味しいかなぁ?」
「いやぁ、皆と文化祭回れて、俺は幸せだよ」
「何言ってるの櫻井君! 皆も幸せだよ!」
「そ、そうか……。ありがとう、冬華」
「にゅふふふふふぅ~」
櫻井と取り巻きは楽しげに会話を交わす。人混みもあり、一人一人の会話が聞き取りづらいため、最後方にいる八谷は少々会話が聞き取りづらくあった。
なんとか櫻井とその取り巻きの会話を聞き取ろうと耳を澄ますと――
「面倒くせぇなぁ」
赤石の声が、聞こえた。
即座に後方を振り返る。
輪投げを開いているクラスから赤石が、半身を出していた。
「あ、赤石」
八谷は人混みを掻き分けながら赤石に歩み寄ろうとしたが――
「おい騒ぐなすう、馬鹿」
「めっ!」
「えっ…………?」
ポニーテールを赤石に引っ張られる三千路を見た途端、足を止めた。
「だ…………れ?」
ポニーテールを握ったまま赤石と三千路は親し気に話す。
「ちょ、禿げるって言ってんだろうがボケ! 殺すぞ! ポニーテールの所だけ禿げたらどうすんのよ!」
「笑う」
「最低か! それ解決策でもなんでもないじゃん!」
びし、と三千路が赤石を小突く。
「だ……れ?」
その姿を捉えようとする反面、見つからないように人混みにまぎれながら赤石たちを観察する。
「手綱だな、手綱」
「馬か私は!」
「ポニーテールのポニーは子馬なんだし、あながちまちがいでもないだろ」
「いや、間違いだらけでしょ!」
「人混みもすごいし、何か持つものがないとはぐれかねない」
「いや、じゃあ手とか服とか適当な所持てや! ポニーは不適当じゃん!」
赤石があはは、と笑う。
「笑ってる……?」
赤石が満面の笑みでいるところを、初めて見た。
今まで見たことがなかった、赤石の微笑み。およそ八谷にも、他の人間にも見せて来なかった満面の笑み。
嘲笑か苦笑か、あるいはその類型の笑顔しか見たことがなかった。それを、八谷の全く感知しない異性に向けている。
「彼女……?」
即座に、そう思った。
制服を着ていないことから、他校の女子生徒だということが分かる。加えて、赤石と三千路は同じキーホルダーを付けていた。
「同じキーホルダーつけて文化祭デート……」
赤石に浮いた話を聞いたことはなかったが、他校ともなればそれは聞かないのも当然だ、と合点がいく。
「彼女……デート……赤石……」
八谷はふらふらと、後退した。一歩、二歩、と倒れるようにして体重がかかる。
「……」
当たり前か。
そう、思った。
櫻井を好きだと放言して、赤石にその恋愛の手伝いをさせ、最終的に赤石の不興を買う。素直にもなれず、高慢で矜持の高い自分。
そんな自分が、選ばれる訳がなかった。
一体今まで何を勘違いしていたのか。何を赤石と仲が戻ったくらいで浮足立ていたのか。そして、どうしてこんなことを考えないといけないのか。
「…………」
荒々しく、人混みを掻き分ける。
「……まあ、どうでもいいわよ。私には、関係ないわよね」
八谷は独り言ち、踵を返した。速足で櫻井のハーレムに加わり、その中心地に飛び行った。
「私もすごい分かるわよ、それ!」
八谷は櫻井たちの話に、積極的に加わった。




