第115話 文化祭はお好きですか? 9
「え~、では今から映画上映の説明をいたします」
赤石は観衆の前で、映画の上映における注意点を説明した。
午前の部、最後の上映ということもあり、説明が少々手抜きになる。
「では、今から上映します」
赤石は注意点を軒並み列挙すると、教室の端に移動した。
観客の中に三千路の姿を確認する。
「……」
三千路が赤石と目を合わせ軽く手を振る。赤石も小さく手を振り返す。
『花送り』の上映が、開始された。
ブーーー。
『花送り』の上映が、終了した。例によって評価の殆どは最低で、中には赤石を睨みつける観客もいた。
「これで午前の部最後の上映でござるな、アカ殿」
「そうだな、ヤマ」
赤石と山本は手慣れた動きで椅子やレコーダーを片付ける。三矢は先んじて休憩を取っていた。
「ではアカ殿も昼食休憩を取って来るといいでござるよ」
「え、でもヤマは」
「拙者は大丈夫でござるよ。取り合えずミツ殿が来るまで待っておくでござるよ。それに、午後の部が始まるまでまだ一時間もあるでござる。先に休憩を取って来て下され、アカ殿」
「そうか……悪いな、ヤマ」
「とんでもないでござる。アカ殿も長いこと大変だったでござるな、では」
「じゃあ」
赤石は山本に軽く挨拶をすると、教室を出た。
「悠」
壁面にもたれかかった三千路が、赤石を呼ぶ。赤石は三千路に足を向けた。
「よ」
「久しぶり」
「いや、そんなことないでしょ」
三千路は赤石に歩み寄る。
「ってか、さっきの映画観たんだけど、あれ悠が脚本書いたんだって?」
「まあ、それなりに」
「ちょっと何なわけよ、あれは~」
三千路は顔しかめて、赤石にグイ、と近寄る。
「あれじゃまるで私と統と悠じゃん! 私絶対あんなことしないから! あぁ~、本当気分悪いわ~」
「ごめんごめん。つい魔が差した」
「魔が差しただとぉ、こらぁ!?」
三千路は片眉を吊り上げながら赤石に接近する。
「ったく……はぁ、どうせ嫌だったんでしょ?」
「嫌……?」
「悠と付き合っても統と付き合ってもどっちかが夏木の役回りになるでしょ。それが嫌だったからああやって書いたんじゃないの?」
「…………そう……か?」
そうか。そうなのか。そんなことを考えて書いていたのか。
三千路が須田に好意を寄せていたら、今の関係はいずれ崩壊する。三千路が自分に好意を寄せていても今の関係は崩壊する。そう、なりたくなかった。
それは心の内に抱えていた、無意識の忌避感。その忌避感が防衛本能として書かせ、三千路に鑑賞してもらったのか。
「……そうなのかな」
「そうなんでしょうよ、あんな脚本書いたんだから。はぁ……ったく、本当悠は陰気ね」
「だれが陰気だ」
「陰気で斜に構えて……全く、友達出来ないわよ」
「ほっとけ」
「ま……」
三千路は歩き出した。
「私はあんなこと絶対しないから安心してよ」
「……」
振り向き、にっと笑う。
「統も悠も好きだから、やるなら両方と付き合いながら隠すから」
「いや、止めてくれよ。もっと悪い結末が待ち受けてるだろ、それ」
赤石は先を行く三千路を、追いかけた。
赤石は三千路と共に廊下を歩いていた。
「ほぁ~、悠の高校出店してるところ多いね~」
「そうだな」
赤石は三千路の隣を歩きながら、各クラスの出し物を見る。
「統のお化け屋敷当番あと三〇分くらいで終わるらしいから暫く時間潰すか」
「了解丸!」
「了解丸ね」
びし、と敬礼する三千路を呆れた顔で見る。
各クラスを見て回る赤石と三千路の前方から、櫻井たちがやって来た。
「ちょ、由紀抱き着くのは止めろって何回言ったら分かんだよ!」
「えぇ~~~~~、いいじゃん聡助~~~、折角の文化祭なんだし~~~」
「ちょっと、駄目だって皆……」
「皆喧嘩しちゃだめでしゅぅ~~!」
「あんたら騒々しいわね……」
櫻井は四人の取り巻きを従え、廊下の幅をいっぱいに取りながら闊歩する。
「うわ、なんだあれ……くそ、羨ましい! ハーレムじゃねぇか!」
「あ、あの水城さんまで……くぅ~、誰だよあの男!」
「嘘……俺八谷ちゃん狙ってたのに……!」
「俺は葉月さんが好きだったのに……」
「「「なんなんだよあの男!」」」
我が物顔で廊下を闊歩する櫻井を、周囲の男が妬まし気に視線を送る。
三千路と赤石は前方の櫻井に気付かないまま、廊下を歩いていた。
一歩、二歩、と距離が近づく。
赤石と櫻井は、互いに気付かぬまま、距離を縮めていた。




