第114話 文化祭はお好きですか? 8
「では、今から自主製作映画、花送りを上映します。上映時間は三十分、出入りと飲食は自由です。最後までご覧になられた方はアンケートにご記入いただけると幸いです」
赤石はぎゅうぎゅうに詰まった教室の中で、映画上映における注意点を説明していた。
高梨の独断で、ポスターにはロミオとジュリエットと同じ脚本家が送る純愛ストーリーという煽り文句がつけられた。高梨の描いた絵の美麗さに加え、好評だったロミオとジュリエットと同じ脚本家ということもあり、椅子が足りないほどに、生徒や部外者でいっぱいになった。
赤石がサインを送り、三矢と山本が機器に手を伸ばす。
「では、お楽しみください」
赤石たちは教室の隅に集まり、出来るだけ目立たないように縮こまった。
『ぶっははは、おらついて来いよ夏木!』
『何やってんのよ夏木! 全く……足遅いんだから……』
『ったく……お前ら……本当……早い……って』
録画された『花送り』が、スクリーンに映された。
「なんかいい感じだね」
「分かる、ああいう関係憧れる~」
「緑ちゃん、ってもしかして高梨さん……?」
「うわ本当じゃん、可愛い……」
物語の前半、高梨の顔を知る生徒たちが映画を見ながらぼそぼそと小声で雑談をする。赤石の予想とは反して、好評を博していた。
「なんやアカ、めちゃめちゃ好評っぽいぞ」
「やるでござるな、アカ殿。才能あるでござるよ」
「このあとロクなことが起こらんってのに、楽しんどるなぁ」
「おいミツ止めろ、俺が狙ったみたいだろ」
赤石、三矢、山本の三人はちらちらと客の反応を伺い、ごくごく小さい声で話し合う。
『そそ、指輪指輪。冠を作るのは難しいけど、指輪くらいなら洋一でもなんとかなるんじゃない? ねぇ、夏木!』
『え、まあ、なんとかなるかもしれないな』
(別に洋一のためにそこまでしなくたっていいだろ……)
生徒たちに静かに動揺が伝播していく。
「おうおう、なんか不穏な空気が流れだしとるやんけ。見てみいアカ、あいつらちょっとざわついとるぞ。何が起こるか察知しとんかもしれんな!」
「実況をするな実況を、おいヤマ、こいつを止めろ」
「無理でござるな! ミツ殿は関西人でござるから何を言っても無駄でござるよ」
「おいヤマタケ何言うてんねん! 関西人かどうかは何も関係あらへんわ! お前らも客がどういう反応しとるか気になるやろ!?」
「まあ多少……」
今になって、本当にこんな脚本で良かったのか、と赤石は自問自答をする。
(あれ、おかしいな……今まで遊びの誘いを断られたことはないのに……何か予定を変えてでも遊んでたはずなのに……)
(何か……何か嫌な予感がする……)
「嘘……」
「無理、私」
「まさか……」
教室の中から数人の生徒が飛び出した。
恐らく自分に自覚があったんだろうな、となんともなしにあたりをつける。
「おいアカ、これからは阿鼻叫喚やぞ、アカの胸糞脚本が客にどういうトラウマを植え付けてしまうのか……」
「劇物みたいに言うな。ああ……もっと違う脚本にしとけばよかったな……」
「ロミオとジュリエットのごとく勘違いラブコメにしてたらまあそこまで間違いではなかったかもしれないでござるな」
山本が付け加える。
「でもアカ殿のお家の本は中々暗い話の本が多かったでござるし、それの影響かもしれないでござるね」
「よく見てたな」
「おいお前ら関係ない話しとらんとこっちに集中せんかい! もう終盤やぞ! ちゃんと途切れんと最後まで放送されるかってのも確認しとかなあかんのやぞ、俺らは」
赤石たちは黙り、再度スクリーンに視線を移した。
『そういえば知ってたぁ? 緑ちゃんと洋一くんって……』
『付き合ってるらしいよ』
「…………」
「……っ!」
静寂が、教室を支配した。たっぷりと取った間の後に、一言。生徒たちは苦悶し、顔を歪める。既にスクリーンから視線を話している客もいた。
『ふざけんなよ! 今までなんで三人で遊んできたんだよ! 何の為に三人で遊んできたんだよ! なあ! なあ! 今まで洋一と二人で遊ぶのが気まずいから、だから俺を呼んでたのかよ! 洋一と遊ぶ口実を、俺に作ったのかよ! なあ! 答えろよ、なあ!』
赤石がスクリーン上で叫ぶ。
観客の何人かが、隅で縮こまっている赤石に顔を向ける。赤石はすぐさま視線をそらし、俯いた。
『そういう自分大好きちゃんな所とか、本当キモイよね』
『あ……あ』
赤石もまた、スクリーンを見る。
演じている時には気付かなかった、ほころび。
そういう自分大好きちゃんな所とか、本当キモイよね。
あれは自分にも当てはまっているのかもしれない。
客観性を持って自身の作製した映画を見たとき、そう思った。
『さようなら』
カメラが上を向き、空を映した。スクリーンの中心に、再度『花送り』のタイトルが表示された。
ブーーーーーー。
「…………」
「……」
「……」
観客の多くは視線を外し、俯いていた。互いに目を合わせられない男女もいた。
誰かを利用している最中か、或いはその後か。
赤石は申し訳なさを押しとどめ、再度観客の前に立った。三矢と山本がレコーダーへと向かう。
「これで映画、花送りは終了です。アンケートにご記入いただければ幸いです。ご視聴ありがとうございました」
簡単にまとめると、赤石も三矢たちの下へと向かった。観客と合わせる顔がなかった。
「最悪だったね……」
「そうだな……」
「本当にロミジュリと同じ人が書いたの……?」
「ってか、復讐してた人じゃないの、書いたの」
「…………」
カップルが、無言で赤石を睨みつける。赤石はそ知らぬふりをしながら椅子を直し、アンケートをまとめる。
「本当、意味分からなかったね」
生徒たちは口々に罵詈雑言で『花送り』を扱き下ろし、つまらなかったね、意味分からなかった、などと言いながら、教室を出た。
意味が分からなかった、と未知のものにすることで罪悪感から逃れようとしてるんだろ?
赤石は心中で悪態をつくが、相反して申し訳なさも去来する。
椅子を直している最中、赤石のそばに一人の男が向かった。
「ちょっと……」
「はい」
四十歳ほどの皺の深く刻まれた男で、赤石は、う、と一歩後退する。
「さっきの映画、もしかして君が脚本?」
「……まあ、はい」
何かお叱りの言葉が飛んでくるのかもしれない、と身構える。
「あれね……」
「……」
一拍。
「凄い良かったよ!」
「…………え」
茫然と口を開ける。
「君に一体今まで何があったのかは知らないけど、よくあんな悪意だらけの映画を撮れるね。いや、誉め言葉だよ、本当に」
「はあ……ありがとうございます」
いまいち褒められている実感がないので、懐疑的になる。
「今まで、なのか、まさに今、なのかは知らないけどね」
「……」
まさに今、だった。
「まあ、高校生は色々あるよ。何の責任もない自由な年代だからね。君も大いに高校生活を楽しむと良いと思うよ。もう老い先短い老骨の一言として頭の片隅にでも置いておいてくれないかな」
「分かりました」
思考が高校生らしくないな、と当然の所感を受ける。
「高校生のうちから悪意にまみれたものを見るのもいいかもしれないけどね……でも、まだ高校生だからね、君は。もっともっと自由に、思った通りに生きても良いと思うよ」
「……」
須田にも言われたな、と思い出す。
「もし今、君が陥ってるのが全く同じ現状だったなら……気をつけるんだよ」
「…………」
全く同じ状況という訳ではなかったが、示唆している形にはなっているのかもしれない、と思う。
「人間はね…………」
ふ、と視線を逸らした。
「醜いよ」
「…………」
年をとったが故の経験則からなのか、悲しげな顔をする。人間は醜い。赤石も同感ではあったが、何分人生経験は浅かった。
「ああ、失敬失敬。どうも年を取ると説教臭くなっていけないね。とにかく、凄くよかったよ、映画。高校生活、大いに楽しんでね。あと、君がまさに被害者なら、気をつけるんだよ」
「……はい、ありがとうございます」
男はそう言い残すと、教室を出た。
「……」
茫然と、立ちすくむ。
「おいアカ、誰やあのおっちゃん。親戚か?」
「いや、知らない人……だな。映画褒められた」
「ほんまかいな!? あんな内容で褒める人おったんかい! いやぁ、分からんもんやなぁ、人の感性ってもんは」
三矢はうんうんと呻る。
「でもアンケートの結果最悪でござるよアカ殿……見て欲しいでござる」
「ん」
アンケートに目を通す。
『最悪』
『今まで見た映画の中で最低の作品』
『見にこなきゃよかった』
『死ね!』
『カップルで見に来るんじゃなかった。恋愛作品なんかじゃ全然ない。デートする人間のこと考えろクズ』
およそ陰口や悪口で一杯だった。
「なんか頭が悪くなりそうな感想ばかりだな」
「おいアカ、お前何考えとんねん。なんちゅう失礼なこと言うんや、ちゃんと残念がらんかい」
「でもいい意見もごくまれにあるでござるよ」
山本は数枚のアンケート用紙を取り出した。
『素晴らしい。この調子で今後も映画を作成して欲しい』
『今年見た中で最高の映画だった』
恐らくその中の一枚は先ほどの男性なんだろうな、と分かる。
「人の感性ってものは分からないもんだな」
「さっき言うたやろ俺。そもそもお前が作ってんろ」
「本当、何でロミオとジュリエットみたいな勘違いラブコメにしとかなかったんだろうなぁ……」
赤石は後悔する。
「まあ過去のことは悔やんでも仕方あらへんやろ! これからどんどん映画上映するで!」
「お前はポジティブだな……」
赤石は少々疲弊した面持ちで、次の映画上映の準備を始めた。




