表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第3章 文化祭 後編
120/593

第111話 文化祭はお好きですか? 5



 赤石は八谷のいた階下まで戻り、見下ろした。


「……」


 八谷は一歩も動かないまま、同じ姿勢のまま、手を差し出していた。


「八谷……」


 どうして櫻井の下へと帰らないのか。


 もう、止めてくれ。


 赤石はゆっくりと、階段を下りる。一歩ずつ、ゆっくりと。


「……」

 

 赤石は八谷の眼前まで、たどり着いた。


「八谷……」

「……」


 八谷は、話さない。声を発することなく、ただただその場で同じ姿勢を保っている。


 これは、逃げてしまった自分に対する嫌がらせなのか。結論を先延ばしにして、拒絶も融和も選ばなかった自分に対する抗議なのか。


「……」


 赤石は八谷を前に、頭を下げた。深く、深く、頭を下げた。


「八谷、ごめん」


 そう、言った。


「ごめん、俺が、悪かった」


 頭を下げたまま、謝る。

 

『誰がお前を助けてやったと思ってんだよ』


 赤石が八谷に発した、下劣な言葉。

 誰がお前を助けてやったのか。助けてやったんだからお前はそれなりの恩を俺に返せ、と、そういう意味合いを含んでいた。

 

 助けてやったから。

 誰のおかげで。


 それは、赤石が最も嫌悪する種類の感情。

 そこに友情も人心もない、卑しく、愚かな言葉。およそ口にしてはいけないと思っていたはずの言葉。

 

 自らが蔑む種類の言葉を、軽はずみに、赤石は言った。叫び、恫喝した。


 最低だった。


 どうしようもないクズは、自分だった。 

 愚かで醜く、下賤で矮小で、どうしようもない人間は八谷ではなく、自分のことだった。


 融和をまず初めに拒んだのは、赤石の方だった。

 

「八谷、ごめん」


 赤石は、謝り続けた。そうする以外に自分の愚かしさを証明し、認め、向き合う方法を知らなかった。

 自らの愚かしさと戦う方法を、知らなかった。


「ごめん」


 何度も。


「ごめん、八谷」


 何度も謝り続け、


「八谷、ごめん……」


 赤石は痛苦に歪んだ表情をした。


 逃げるな。向き合え。


 櫻井を免罪符に八谷と相対することを忘れるな。

 櫻井を愛しているからと、八谷を避けるな。非難も忌避も、八谷にぶつけるものじゃないだろ。自身の無力がぶつけられないからと、避けるな。避け続けるな。

 

 櫻井に対する嫌悪感を八谷にも持ち出すな。


 向き合え。


 

 お前は。


 お前は、最低だよ。


「ごめん」


 自問自答。自責の念。

 自分で自分を責める。


 悲しい人間だよ、お前は。


「ごめん」

「……」


 澱が、深く、淀み、変色し、自分の手に負えないそれを処理するように――


「ごめん」


 きっとそれは自分が見て来なかった一種の感情。逃げ続けたが故に溜まりこんでしまった心のしこり。


 きっと、きっとそれでも――


「赤石!」


 八谷が、顔を上げた。

 赤石の手を取り、強く握った。


「これで、仲直りよ」

「……」


 赤石もまた、顔を上げた。

 

 正面には、晴れやかな顔をした八谷が、いた。


「八谷、ごめん……」


 顔をそむける。視線を惑わせたまま、横を向く。


「赤石……」


 八谷は赤石を見て、見据えて、


「私は、赤石と関係なくなんてないわよ」

「……」


 関係……。


「お前に関係ないって言ったわよね、赤石。関係は、あるわよ。平田さんと赤石は関係ないかもしれないけど、私と赤石は関係あるわよ」

「……」

「これで、お互い様よ?」

「……」


 にかっ、と八谷は笑った。


「……」


 赤石は追想する。


『お前に何の関係があんだよ!』


 赤石が発した八谷への暴言。

 その一節を、思い出した。


 そうだ、言った。そう、言った。


 忘れていた。自分で八谷のことを扱き下ろしておきながら、忘れていた。

 それを八谷は、今の今まで覚えていた。今の今まで八谷に深い傷を負わせていた。


「……」


 ああ。

 

「……」

 

 本当に自分は、愚かだったんだな。


「赤石、これからは私もあんたも関係あるわよ。損得勘定なんかで動かない、ちゃんとした友達よ。もう関係ないなんて言わないでよね。もう私を不必要に避けたりなんてしないでよね」

「…………そうだな」


 八谷はぶんぶんと握った手を振る。


「じゃあ、絶対よ! 絶対だからね! これから次に会って避けたりしたら絶対許さないわよ!?」

「ああ」

「もう関係ないとか言うのは無しよ!?」

「ああ」

「もう損得勘定以外でもちゃんと動くのよ!?」

「ああ」

「ちゃんと私のこと見とくのよ!?」

「ああ」

「それと……」


 八谷が言葉に詰まる。


「私の恋路は、自分で何とかするわ」

「…………」


 私は、櫻井が好き。

 何度も赤石の頭で反芻される。


「……そうだな」


 そう、言った。


「おーーーーーい、恭子――、どこだーー!」


 櫻井の声が、聞こえた。


「早く行けよ、もう時間ないぞ」

「……」


 迷う。

 八谷は逡巡し、何度も右往左往した後、


「じゃあ私早く行かないといけないから行くわよ!?」

「行って来いよ」


 赤石に声をかけ、物陰から出ると、櫻井の声の聞こえる方へと向かった。階段を、上る。


「絶対よ!? 絶対これからちゃんと私の言葉忘れないでよ! 忘れたら承知しないわよ!?」

「分かったよ」

 

 赤石は背を向けて小走りする八谷の背を、見送った。


「そうか……」


 小声で、呟いた。

 八谷の姿がどんどん小さくなる。


「……」


 見送る。八谷を、見送る。揺らめく光に姿を映ろわせながら小走りをする八谷が、どんどんと遠ざかる。


「……」


 赤石はその場で立ち止まり、長く、長く熟考していた。

 何かと重なる所があるような陰った気持ちで、八谷を見送っていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ