表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第1章 ラブコメ ヒロイン活動編
12/585

第11話 ラブコメはお好きですか? 1



 翌日、赤石は一本早い電車で高校へとたどり着き、校内で自身のスマホを漫然と眺めていた。


 連絡先に『八谷恭子』の欄が増えた。

 有事の際には、と電話番号までも教えられ、自分史上初めての同年代の異性の連絡先が、ただその異性の恋愛のためだけに使用される事務的なものだと、少し気落ちする。

 八谷恭子に好意があるわけではなかったが、一端の高校生男児として、全く喜びがない訳でもなかった。


 赤石の属する高校では携帯電話やスマホの持ち込みが禁止されておらず、校内で使用することがなければ持ち込みも可能であった。

 だが、休憩時間や放課後に校内でスマホ等を使用する学徒が多く、実質、教師に見つからなければ使用可能という不文律が生徒たちの間で流布されていた。










 二学年へと進級し、一週間が経とうとしていた。

 四月の初旬、ラブコメの主人公然としている櫻井は教室内でもその地位を確立し、生徒からは畏怖と憧憬と敵愾心を持って扱われていた。

 校内でも指折りの美女が同じ教室内に集まったこと、そしてその美女に擁立されている櫻井。その権力は目に見えずとも絶大なものだった。


 キーンコーンカーンコーン。


 今日もいつもと変わらない軽快なベルの音が、授業の開始を告げた。


「おい~っす、お前らホームルーム始めるから全員座れ~」


 やる気のない声と共に赤石たちの担任である神奈が教室へとやって来た。


「じゃあ今日の連絡するぞ~」


 大して重要な連絡もなく、いつもと同じように神奈は連絡事項を読み上げる。

 担任の教師までもが櫻井に好意があるんじゃないだろうな、と、赤石は胡乱気な視線を注ぎながら連絡事項を聞く。


「じゃあ以上で連絡終わり。今日の一限目は生徒会演説だから、お前ら今から体育館に行ってくれ~。じゃ、かいさ~ん」


 四月の初旬ということもあり、生徒会長選挙が行われる。

 神奈はホームルームの終了を告げると教室を出て、職員室へと戻った。


「今日の一限目は生徒会長立候補演説なのか、楽だな」

「勉強しなくていいから楽だよね~」


 生徒たちは他愛もない雑談を話しながら、廊下に出た。

 赤石も倣って廊下に出ると、既に他のクラスの殆どが体育館へと歩き出していた。その学徒たちにまぎれて、赤石も歩きだす。

 が、一歩目を踏み出した瞬間、誰かに袖を掴まれた。


「ちょっと、赤石! 相談があるんだけど!」

「今かよ…………」


 赤石が振り向けば、八谷がそこにいた。

 八谷は小声で、赤石に耳打ちする。


「今日の朝提出だった課題出し忘れちゃったんだけど、どうにかしてこれで聡助と仲良くなれないかな?」

「お前今言う事じゃないだろ……」


 赤石はため息を吐く。


「じゃあ今から櫻井捕まえてそれ出しに職員室行けよ。今なら先生たちも体育館に向かう準備して誰もいないんじゃないか」

「誰もいなくても聡助を誘う理由がないじゃない! あんたどうやって聡助を誘う気よ!」

「別に理由なんてなんでもいいだろ。櫻井なら来る」


 赤石には、確信があった。

 どんなに下らない理由であったとしても、ラブコメの主人公はヒロインについてくる。櫻井の性格もそれに照らし合わせれば付いて来るに違いない、そう確信していた。


「早く俺から離れないと、こんな所見られたら誤解されるぞ。行けよ」

「わっ……分かったわよ、やってみるわよ」


 八谷は赤石から離れ、櫻井を探しに踵を返した。

 赤石はそのまま、体育館へと向かった。








「聡助、聡助!」

「ん? なんだ?」


 櫻井が体育館へと向かう途中、八谷が櫻井を発見し、袖を掴んだ。


「私今日の朝提出だったはずの課題出してないから今から出そうと思うんだけど…………」

「そうか、頑張れよ」

 

 櫻井は八谷にエールを送る。が、八谷が望んでいることは、エールを送られることではない。

 八谷は手に持ったノートで鼻元まで隠し、軽く俯いた。


「聡助にも付いて来て欲しいのよ……」

「なっ…………俺が、なんでっ⁉」


 櫻井は露骨に驚愕の表情を表し、一歩退いた。


「あの……その……そうね、聡助がいるともしもの時に役に立つじゃない! もし誰かいたりしたら先生に質問があった、とか言い訳が出来るじゃない!」

「出来る…………のか? ま……まぁ、そうなのかもしれないな。今は先生たちもいないと思うし、さっさと出してさっさと体育館行こうぜ!」

「そ…………そうよ、早く行くわよ!」


 八谷は櫻井を連れて、職員室へと向かった。


 

 職員室には案の定誰もおらず、森閑とした空気がその場を包んでいた。

 だが――


「鍵が閉まってるわね…………」

「なんでだよ!」


 職員室から先生が出払うということもあってか、鍵が閉まっていた。


「おいおい恭子、どうする」

「どうしよう…………」


 八谷はうろうろとその場で一周する。

 折角自分の好きな人と二人きりでここまでこれたのにここで引き返すのは嫌だ、と八谷は困惑する。

 

「あれ…………恭子、上の窓開いてねぇか?」

「…………え?」


 困惑の最中櫻井に言われ、八谷はドアの上の窓を見た。


「本当ね…………」


 窓が少し、開いていた。先生が不用心で閉め忘れてたのかな、と八谷は推測する。


「聡助、じゃああの上の窓から侵入するわよ!」

「マジかよ⁉ でもどうやって?」

「そ…………それは……」


 八谷は少し考えるふりをした後、


「かっ…………肩車よ! 聡助が私に肩車するのよ!」

「なっ…………お前っ…………!」


 櫻井は顔を赤くして、上体を反らす。


「仕方ないじゃない! 今はそれしか方法がないんだからどうしようもないでしょ!」

「ばっ…………馬鹿……俺がお前の肩車なんて……!」


 櫻井は軽く反駁するが、


「うるさいわね! やるったらやるのよ! 早く私を肩車しなさい!」

「マ……マジでやるのかよ……」


 八谷は櫻井に詰め寄り、顔と顔とを近づける。

 櫻井は八谷に気圧され、先ほどよりも頬の紅潮を強め、頷いた。




「ちょっと聡助、あんた上見たら絶対承知しないんだからね!」

「うっ……うるせぇよ! 分かってるよそんなこと! そもそもお前がやるって言いだしたんじゃねぇか!」

「うっ…………うるさいわね、そのふらついてる足何とかしなさいよ!」


 肩車に成功した櫻井と八谷は、人気のない廊下で言い争っていた。

 櫻井の膂力がないからか、はたまた故意にか、櫻井は足元をふらつかせ、中々窓に近寄らない。


 八谷のスカートは短く、生足が櫻井の頭部を挟み、生肌の感触が、直に櫻井の頬に伝わる。


「お前……見た目に反して太もも柔らかいんだな…………」

「なっ……ちょっ……ちょっと! こんな時に私の足の感触確かめないでよ!」


 突如自分の足の感想を言う櫻井に八谷は耳元まで頬を染め、ポカポカと櫻井の頭を叩いた。


「ちょっ…………ちょっと、殴んなってお前! 危ないだろ!」

「聡助が変態な事言うからよ!」


 肩で息をするほどに興奮し、八谷は焦点の定まらない目で櫻井を見下ろす。


「じゃっ……じゃあ、行くぞ……」

「本当に上見たら殺すわよ!」


 櫻井はドアに手をかけ、八谷は上の窓を開け、職員室の中へと入った。


「見てないわよね!」

「お…………おう……見てないぞ……」


 櫻井の良心を信じるしかないが、もっぱら見られて欲しかったな、と思っている自分がいることに八谷は気付き、頭から湯気を出す。


「じゃ、こっちからも開けるわよ」

「頼む」


 職員室の中へと入った八谷は中から鍵を開け、櫻井を職員室の中へと招き入れた。


「あっ、あったあった!」


 八谷が出し忘れた課題は英語科目であり、英語科目の担任は、クラスの担任でもある神奈であった。

 神奈の机の上に積まれた英語の問題集の中ほどに、八谷は自身の問題集を差し込み、任務を完遂した。


「ふ~っ…………良かったわ、なんとかなって」

「良かったな、恭子」

「きゃっ!」


 櫻井は八谷の肩を掴み、緊張状態で突如刺激を受けたため、短い悲鳴を上げる。


「ちょっ……ちょっといきなり触らないでよ! ビックリするじゃない!」

「あはは、お前はビビりだなぁ」


 頬を染めて櫻井を睨む八谷に、櫻井は呑気な対応をする。

 櫻井と八谷が帰ろうとドアに手をかけたとき、櫻井の音でも八谷の音でもない異質な音が職員室の中に響いた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ