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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第3章 文化祭 後編
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第110話 文化祭はお好きですか? 4



「…………」


 赤石は八谷から逃げるようにして、校内を歩き回っていた。

 

「おーーーい、恭子――!」


 遠くから、櫻井の声が聞こえる。

 文化祭一日目、演劇が主となる当日であるため、校内に人は少なく、誰にも会わない。

 多くが須田たちのようにクラスに閉じこもって最後の準備をしているため、廊下を歩いている者はほとんどいなかった。


「ちっ……」


 しきりに頭をかきむしりながら、校内を歩き回る。苛立ちで、かきむしる手に力が入る。ドタドタと踏みしめる足が一層力強く、粗雑になる。


 逃げるな。


「トイレに……」


 どうしようもなく、どこに行くことも出来ず、もう何度目とも知れないトイレに、行く。

 

「手を洗わないと……」


 何度目ともしれない手洗いを、する。


「机の位置はあってるのか……」


 する必要のない机の再配置を行うため、教室へと戻る。ガチャガチャと鍵を開け、教室に入る。


「カメラとか大丈夫か……」


 文化祭で流す動画の確認をする。既にカメラを使用する必要は、ない。


 逃げるな。


「どこか……どこか校内で不自然に窓が開いてたりしてないか……」


 する必要のない窓の開閉確認をする。


「もうちょっと装飾を派手にした方が良いか……」


 動画の上映会場の装飾を派手にし、観客の席となる椅子も一ミリのずれも許さない覚悟で再配置する。だが、既に前日までに終えた作業であり、何もしようがなかった。


「バックアップとかちゃんとあるか……」


 バックアップの確認を、する。


「…………」


 全てをやり終え、黙り込む。


「恭子――、どうして職員室いねぇんだー? 出て来――い!」


 櫻井の声が近づいてきたことを察知し、慌てて教室から出ると、鍵を閉める。

 櫻井の顔は、どうしても見たくなかった。


 逃げるな。


「トイレ……」


 櫻井から逃げるように、八谷から逃げるように、再度トイレへと赴く。


 何度も何度も、同じことを繰り返す。

 時間が巻き戻ったかのように、何度も何度も。

 だが、現に時間は刻一刻と過ぎている。


「……」


 トイレに備え付けられている鏡を見ながら、赤石は自身と対面する。鏡にはいつも通り、自分が映っている。

 鏡面に映った自分自身と、対峙する。


 逃げるな。


「……」


 階下にいる八谷がどうなっているのか、分からない。未だに動かずにいるのか、あるいは。


「畜生がっ……!」


 呻く。

 喘ぐ。

 苦しむ。

 板挟み。

 ジレンマ。

 葛藤。

 矜持。


「……」


 赤石は何度も何度も鏡面と向かい合う。

 自分と葛藤するかのように。

 自分の性格と真っ向から戦うように。

 自身の愚かしさと向き合うために。

 自身で厭悪している感情に。

 矜持に。嫉妬深さに。


 逃げるな。


「……」


 鏡面をのぞき込む。

 八谷はどうなっているのか。


「……」


 鏡面をのぞき込む。

 自分とも知れない人間が、こちらを見ている。 


「早くしてくれ恭子―――!」


 鏡面をのぞき込む。

 

 鏡面に映る相手の心をのぞき込むとき、鏡面に映った相手も悪辣さや嫉妬、無用な矜持に囚われている自分をのぞき込んでいるかのような気分になる。


「……」


 鏡面をのぞき込む。

 

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。


「……」


 鏡面をのぞき込む。

  

 鏡面の中にいる相手が、自分を嘲笑っているかのように見える。


「……」


 鏡面をのぞき込む。


 同族嫌悪という言葉がある。 

 自分と同じものを持っている人間と対峙したとき、その人間を激しく厭悪することがある。


 何故か。

 

 それは、自分を見ているかのような気持ちになるからではないのか。

 自分の愚かしさを自分に突きつけられているかのような感覚に陥るからではないのか。

 

 自身の行動を客観性を伴って目撃した時、その悪辣さを認識することになる。その悪辣さを自身とは違うと切り離して、独立させることで自分の性格から目をそらし、逃げようとしているからではないのか。


 正しい人間を受け入れることと、正論を突き付けてくる人間を受け入れることと、同じようなことではないのか。


 自身の醜く愚かしい性格と向き合えないからではないのか。


「…………」


 鏡面をのぞき込む。






 鏡面に映った自分の素顔は、酷く愚かしいように思えた。









 赤石はトイレを出ると、窓のヘリに腕を乗せ、空を見た。曇天の、薄暗い空。まるで自分の心境を表しているかのような。


「……」


 赤石は、空を見る。


 何故か。

 自問自答。

 

 何故自分は空をよく見ているのか。

 ストレスが軽減されるから? 違う。

 ただなんとなく? 違う。


 自分が空を見ている時は、どういう時か。


「……ああ」


 自分が空を見ている時は、自分にとって何か不都合な事実と対面した時。自分の心の中に何か認めたくない愚かしい感情がある時。

 

 赤石は自身の感情と向き合う時、辛い境遇に立たされた時に、空を見る。


「……」


 現実を逃避するために、空を見る。

 対峙している何かから目をそらすように、上を向く。

 逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、空を見る。


 今も。


 また逃げて、空を見て、上を見て。

 そこに助けがあるはずもなく。


「……」


 空を見る。

 下ではなく、上を見る。


「……」

 

 逃げて、逃げ出して、放り出して、それでも、それでも。


「……」


 それでも、本当は向き合いたかった。

 上を見て、いつか向き合えるように、そう、思っていた。

 いつか向き合おう、いつかやろう、いつか、その時が来るまで。


「……」


 逃げるな。向き合え。


 赤石は自身に言い聞かせ、階下に足を向けた。




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