第109話 文化祭はお好きですか? 3
「赤石」
「……」
相対して数分、八谷が口を開いた。
「前言ったわよね、赤石」
「……」
「どうせ櫻井が好きなんだろう、って。どうせ櫻井のことしか想ってないんだろう、って」
「言った」
そのことに対する謝罪を求められているのか、責め立てられているのか。八谷の真意を探る。
「私は」
八谷はゆっくりと、艶めいた唇を動かしながら、一言一言丁寧に、言葉を紡いでいく。
「私は……」
発した言葉は霧散し、溶け込み、赤石の耳に届く。
そして、
「私は、聡助が好き」
八谷は決然と、目を逸らすことなく、赤石に、言った。
聡助が好き、と、そう、言った。
「はは……」
そうだよな、と赤石は納得する。
何を当たり前な事を。何を一体自分に言いに来たのか。意趣返しだとでもいうのか。
「知ってるよ」
赤石は納得した面持ちで、踵を返す。
「でも」
歩みを止めた。振り返る。
「でも、私は赤石も好き」
「…………」
八谷は、再度、言葉を紡いだ。しっかりと赤石の耳に届くように。壊れた関係を修復するように、言った。
「……」
「……」
視線と視線が交錯する。
嘘は、つきたくなかった。
「私は赤石とも仲良くなりたい。それだけじゃ、駄目? それだけじゃ私と仲良くする理由にならないの? 理由がなかったら男と女は仲良くしちゃ駄目なの? 損得関係で結ばれてないと私と赤石とは仲良くなれないの?」
問いかけるように、問いただすように、咎めるように、赤石の目をのぞき込む。
「私は赤石の本心が聞きたい。あんたの本心が聞きたい。本当に駄目なら、もう関わらないから」
「……」
「今まで無視してたのは…………ごめんなさい。でも、私は赤石を想って動いただけなのよ。本当に、聡助との仲を取り持ってもらおうとか、そんな考えじゃ、なかった。だから、赤石、私と仲直りして」
「……」
赤石は八谷を見る。安易な言葉。
「……」
神奈との接触の際にやって来た八谷。八谷の全てを打ち砕き、関係のない自身の悪意をぶつけた。
「……」
だが、それでも、八谷は自分との仲を戻そうとしている。
「……」
八谷は腰を折り、手を差し出した。
「赤石、私と仲良くなってくれるなら手を取って。あなたの本心を教えて。ごめんなさい、私が悪かったわ」
「……」
赤石は一歩、後退した。
怯える。形のない何かに、怯える。手を、手を取ってしまっていいのか。本当にそんなことをしていいのか。
「……」
「……」
刹那、
「おーーーーーーい、恭子―――!」
「……」
「……」
櫻井の声が、二人の耳に届いた。
「おーーーーい、恭子―――、どこだーーーー? 皆待ってるから聞こえてるなら出てこーーい」
「……」
「……」
赤石は動きを止めた。
「……」
「……」
八谷は下を向いたまま、動かない。櫻井の声が聞こえているが、動きはしない。
「恭子ー、どこだー?」
「……」
赤石は八谷を見た。
「行けよ」
「……行かない」
「櫻井が呼んでるだろ」
「……」
返事をしない。
「行けって言ってるだろ!」
「行かない」
動かない。
「……」
どれだけ取り繕っても、何があっても、何の意味もない。
「……」
赤石は八谷を見下ろす。
所詮八谷は櫻井の取り巻き、自分と仲良くしようだなんて、意味がない。
どうしてそんなことをする必要があるのか。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
櫻井が憎いのに、どうして櫻井を愛する八谷と仲良くしなければいけないのか。
「演劇のリハーサルやってんだろ。早くしないと迷惑かかることになるぞ」
「…………」
八谷が返事をしないため、話が進まない。
「……っ」
がりがりと頭をかく。苛立ちが募る。櫻井の取り巻きが話しかけて来るな。早く行け。感情がそう訴える。
「行けよ。……じゃあな」
「……」
赤石は自身の底から湧き出てるどす黒い澱を出来るだけ押しとどめ、それでも自身の感情に従い、八谷との融和を拒否した。
「……」
「……」
踵を返す。
八谷は、動かない。
「……」
「……」
階段を上る。
八谷は、動かない。
「おーーーーい、恭子―――、いたら返事してくれーー!」
「……」
櫻井の声が、遠くで聞こえる。
八谷は姿勢を崩さないまま、動かない。動こうと、しない。
「恭子――、そろそろリハーサルやらないと時間がなくなるぞー!」
「……」
櫻井の声はいつも、耳障りだ。
赤石は歪んだ心で、歪んだ表情をしながら、
「ちっ……」
舌打ちをして、八谷から距離を取るように逃げ出した。




