第105話 花送りはお好きですか? 7
そして、登校日になった。
「…………」
赤石はふらふらと体を揺らしながら、幽鬼のように廊下を歩いていた。赤石の姿を見たクラスメイトが、即座に道を開ける。
「…………」
まだ、やることがある。
まだ、やることがあった。
やらなければいけないこと。やるしかないこと。
赤石はフラフラと歩きながら、高梨のいるクラスへと向かった。
ガララララララ。
扉が力強く、開けられる。
「え、何……?」
「ちょっと、怖い……」
女子生徒が集まり、赤石を奇異な目で見る。
「蒼井緑!」
「…………」
高梨が、そのクラスにいた。
高梨は無言で赤石を見る。
「え、何、なんかちょっと怖い……」
そして、近くの女子生徒に抱きついた。
「え、緑、夏木君と仲良かったんじゃないの?」
「いや、なんか突然告白されてストーカーになって……怖い、誰か助けて……」
「嘘……やばいじゃん……」
女子生徒は集まり、赤石を恐怖のこもった目で見る。
「よくそんなことが言えるな」
赤石は、『カオフ』で交わした高梨とのやり取りを印刷し、黒板に張り付けた。
「これが、蒼井緑の正体だ! こいつは、自分の恋路の為に人を利用して、蹴落として、それをなんとも思ってないクズ女だ!」
そう声高に宣言し、黒板を叩く。
赤石が印刷した『カオフ』の画面には、今度遊ぼうと連絡した後半年以上も経った画面があった。
「こいつは洋一と遊びたいがために俺を騙して、俺を利用して、俺の全てを奪ったクズだ!」
「…………」
「え……嘘でしょ、緑?」
「嘘だよ……ね?」
「嘘に決まってるよ! なんであんなこと言うの、夏木君! 私悲しいよ……」
高梨は手で顔を隠し、さめざめと泣いた。
「あんなの……あんなの嘘だよ……私あんなこと言ってない……あんなの偽装できるし、そもそも夏木君がストーカーになったから私怖くて……」
嗚咽しながら滂沱と涙を流し、周りの女が高梨を慮る。
(よくも……)
(よくもそんなことが言えるな……)
赤石は高梨を見ながら、そう思った。
高梨が、怖くなった。
確かに、赤石の持って来たものでは明らかに不十分だった。遊ぼうと約束してから数カ月が過ぎただけの画面であり、それで高梨のしたことを裏付けるものではなかった。
「……」
偽装も出来る。仮に本当だとしても言い逃れが出来る。赤石は、窮地に立たされた。
が、
「まだある」
赤石は、手元からボイスレコーダーを取り出した。
高梨はそれを見て、途端に表情が変わった。
「誰か、夏木君を押さえて!」
「え……でも……」
「いいから早く!」
近くの生徒が赤石を押さえる前に、赤石は再生した。
「…………」
「…………」
高梨の声で、録音された音声が再生される。
足で踏みつけるな、と状況証拠を口述していたことで、赤石が踏みつけられていることが分かる。
「……緑ちゃん、これ……」
「…………」
「…………」
その場で、高梨の悪罵だけが大きく響いた。
『てめぇなんか操り人形に決まってるだろ!』
「…………」
「…………」
ただただ無言で、高梨の悪罵だけが、大きく、大きく鳴り響いていた。
そして、高梨のしたことが明らかになってから、クラスメイトは明らかに高梨を避けるようになった。そのあおりを受け、洋一もまた、避けられるようになった。痴情のもつれを眼前で見せられた生徒たちには、刺激が強かった。
その張本人である赤石もまた、クラスメイトから避けられるようになった。
洋一と高梨は次第に学校に来なくなり、不登校になった。赤石もまたクラスメイトの絆が断ち切られ、孤独になった。
誰も幸せにならない結末が、そこにあった。
「…………」
赤石は無言で登校し、無言で授業を受け、無言で帰る。
空虚な日々。
帰宅した赤石は、天日干しにして保存していたシロツメクサの冠とシロツメクサの指輪を取り出した。
「……」
様々な角度から、それらを眺める。
枯れた指輪を薬指に着け、枯れた冠を被り、件の公園へと向かった。
「…………」
ぽちゃ、と音がした。
赤石はシロツメクサの冠を、水に投げ捨てた。
そして、
「…………」
名残惜しそうに指輪を見ると、シロツメクサの指輪も投げ捨てた。
「…………」
流れていく指輪と冠を、見送る。
(知っているか)
赤石の心情が、はっきりと、紡がれた。
(シロツメクサの花言葉は、)
シロツメクサの指輪が、浮いている。
(私のことを想って)
そして、
(そしてもう一つは、)
シロツメクサの指輪が、水中に沈む。
シロツメクサの冠が水上でぷかぷかと揺らめいでいた。
赤石は悲しそうな目をしながら、シロツメクサの花を見送った。
「さようなら」
(復讐)
そして、空上にカメラが移動し、空を映した。画面の中心に、再度『花送り』のタイトルが、表示された。
ブーーーー。
「…………」
「…………」
事前の自主製作映画が、終わった。
「……」
「……」
生徒たちは互いに顔を見合わせ、苦い顔をした。
どう転んでもハッピーエンドではない、胸糞の悪い物語。自分に自覚があるものはその分、嫌な思いをした。
誰も幸せにならない物語を脚本とし、誰も幸せにならない結果だった。
「……」
生徒たちは、ぼそぼそと何かを言いながら、教室を出た。これを文化祭の日に流すのかよ、や最悪だったわ、など、評価はさんざんな結果となった。
「……ロクな話じゃなかったな」
赤石は片づけをしながら、三矢と山本に話しかけた。
「ほんま、ロクな結末やなかったわ。なんでこんな話なったんや……?」
「なんでだったかな……どうしてこんな話になっちゃったんだろうなぁ……評価も何もかも、最悪だったな……こんなの、撮る前から分かってたことなのにな……」
「せやなぁ……」
「まあ、これはこれで良かったと拙者は思うでござるよ。観たことを後悔するような映画だったでござるが、これはこれで一つの形として良かったんじゃないでござるかね」
「そういうもんかなぁ……」
と、言ってみても、上映することは変わらない。今更撮り直すことは出来ない。
「まあ、皆で決めた脚本や、今更あーだこーだ言ったりせんとこや!」
「まあ、過ぎたことはもう仕方ないよな……。俺はこれで納得してるし」
「文化祭で出すにはあまりにもエッジが効きすぎた話ではあるでござるが、これはこれで話題になるでござるよ、きっと」
「炎上商法みたいな」
「あっはっははははははははは! まあ、良かったやんけ、これで! 当日を俺めっちゃ楽しみにしとるわ、あははははは!」
「あははははは!」
赤石たちは片づけをしながら、笑った。
高梨が脚本の道筋を限定したことは、誰も分かっていない。




