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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第3章 文化祭 後編
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第104話 花送りはお好きですか? 6



『明日の二時、シロツメクサの公園に来てくれないか?』


 帰宅した赤石は、すぐさま高梨に『カオフ』で連絡した。


『ごめん……もう、ちょっと遊ぶのは……』


 だが、赤石の予想通り、返って来た言葉は拒絶。取りつく島もなかった。

 赤石は感情の消えた瞳で、もう一度連絡する。


『これで最後にするから。どうしても最後に言いたいことがある』


 そう打ち込むと、スマホの電源を切った。


 結局、毎年緑から貰っていたチョコレートは、もらえなかった。高梨と三矢が付き合っているという事実がまるでプレゼントかのように、どんなビターなチョコレートでも間に合わないかのような、どす黒い、苦いチョコレートを、貰った。


『分かった。じゃあ、明日の二時にシロツメクサの公園で』


 暫くして、高梨から連絡が返って来た。


「……」


 赤石は無言で、明日の準備をした。高梨との話し合いに必要な、様々なものをバッグに詰め込み、明日を待った。






「……」

 

 赤石は予定よりも何時間も早く、公園に着き、高梨を待っていた。


 集合時間を少し過ぎた辺りで、高梨がやって来た。


「……ちょっと遅れる癖は変わってないな」

「…………うん」


 高梨は顔を俯けたまま、返事をする。どういう表情で向き合っているのか、何も分からなかった。


「緑」

「……うん、何」

「こっちを向いて」

「……」


 高梨が顔を上げ、赤石と見つめ合った。

 

(あぁ……やっぱり、やっぱり可愛いなぁ)


 いつ見ても、高梨に好意を持っていた。


 最初は、赤石と高梨の二人だった。いつも二人で遊んで、二人だけの関係だった。だが、いつからか、そこに三矢が入るようになった。

 いつの間にか赤石と高梨の間に入り込み、いつの間にか三人で遊ぶことがお決まりになったかのようになっていた。高梨が誘ったのが初めだったのか、突然三矢が入り込んで来たのかは、今となっては赤石の記憶にはなかった。


「なぁ、緑」

「……うん」

「お前と洋一って……付き合ってるのか?」

「…………」


 高梨は、赤石をしっかりと見据える。

 一分、二分、三分。時間だけが、どんどんと過ぎていく。


「…………」

「…………」


 二人の間に、妙な沈黙が降りる。


 そして、


「……うん」


 そう、言った。

 高梨が頷き、そう、言った。


(ああ……)


 赤石は、目を潤ませる。


(ああ……)


 何度も、思う。


(やっぱり、そうだったんだ。やっぱり、付き合ってたのか……噂なんかじゃ、なかったのか……)


 赤石は、高梨を見る。高梨は視線をそらし、地面を見つめる。


(ああ……ああ……ああ……)


 言葉が、出て来ない。

 漏れ出た言葉は容易く溶け、言葉という形をとることが出来ない。


「緑……」


 赤石は高梨をしっかり見据え、


「おめでとう…………」


 パチパチと、拍手した。


「おめでとう、おめでとう……」


 パチパチパチパチ。

 パチパチパチパチ。

 パチパチパチパチパチ。


 ただただ、赤石の乾いた拍手だけがその場に鳴り響く。


「でも」


 拍手を止め、赤石が言った。


「でも、俺たちはこれからも一緒に遊べるんだよね?」

「…………え」


 緑は、視線を泳がせた。


「緑、言ったよね。このシロツメクサの指輪が私たちの友情の証だ、って。あれが壊れない限り私たちの友情は永遠だ、って。っていうことは、これからも俺たち三人は友情があるんだよね? 一緒に遊べるんだよね?」

「それは……」

「遊べない訳ないよね? 今まで三人で遊んできて、突然洋一が彼氏になったから遊べないなんて、そんなこと言う訳ないよね? そんな訳ないよね? ありえないよね? 絶対そんなわけないよね?」

「…………」


 高梨は、何も言わない。


「ねえ」

「……」

「ねえってば」

「……」

「ねえ! そんな訳ないよね! これからも一緒に遊べるよね!」

「…………」


 高梨は、何も言わない。


「返事しろよ! 返事しろって言ってるだろ!」

「…………」


 高梨は、何も言わない。


「ふざけるなよ。…………ふざけるなよ、おい」


 赤石の体が怒りで、ぷるぷると震える。


「ふざけんなって言ってんだよ!」


 空に吠え、高梨に吠える。


「ふざけんなよ! 洋一が彼氏になったからもう一緒に遊べませんだ!? ふざけんなよ! なんでそんなことが言えんだよ、なあ! おい言えよ! 教えろよおい!」

「……」


 無言。


「なんとか言えっていってるだろうが! ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなあああああああああああああ!」


 ダンダンと足踏みをし、怨嗟の声を投げ出す。

 およそ人間のそれとは思えない感情が、発露する。


「ふざけんなよ! 今までなんで三人で遊んできたんだよ! 何の為に三人で遊んできたんだよ! なあ! なあ! 今まで洋一と二人で遊ぶのが気まずいから、だから俺を呼んでたのかよ! 洋一と遊ぶ口実を、俺に作ったのかよ! なあ! 答えろよ、なあ!」

「……」


 無言。

 まるで返事がない。


「二人で遊びに行きたくなかったんじゃないだろ。違うだろ? お前は……お前は元から洋一が好きだったんだろ?」


 涙を流しながら、赤石は尋ねる。


「元から洋一が好きで、二人で遊びたいけど、二人で遊ぶように誘って断られたら自分のプライドが傷つくからだろ、おい……」

「……」

「何とか言えよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 絶叫。喉から、腹から、心からの、絶叫。


「俺をだしに使ったのかよお前はぁ! 洋一と遊ぶために俺を誘ったのかよお前は! 今まで全部、全部全部全部全部全部全部全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部、全部洋一と一緒に遊びたいがために俺を誘ったのかよ!」

「……」

「何とか答えろって言ってんだろうがあああああああああ!」


 ダンダン、と土が掘削されるほどに、何度も何度も地団太を踏む。


「洋一と二人で遊ぶのが怖いから、洋一に告白されるまで俺を誘い続けたのかよ! 俺には何の感情もないまま洋一を誘い続けたのかよ! 俺はお前の都合のいい人形だったのかよ!」

「……」

「誘えば何でもほいほいついてきて、洋一のために利用される、俺は愚かで矮小な操り人形だったのかよ!」

「……」

「俺は……俺は……俺は今までずっとお前に利用されてきたのかよ……」

「……」


 力なく、その場にくずおれる。うなだれ、力が入らない。

 あうあうと、意味のない言葉が漏れ出る。


「なんで俺がお前に利用されなきゃいけないんだよ……こんななら……こんななら、最初からお前なんて知らなかったら良かった……全部……今まで全部、利用されてただけなのかよ…………あ、あああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 泣きわめき、自分を呪い、高梨を呪い、ただただ、空虚に叫ぶ。

 

 空っぽな。


 何もない、空っぽな、高梨に操られるだけの、人形。


「ああああああああああああああああああああああああああ!」


 叫ぶ。

 何度も何度も、叫ぶ。


「なんでだよ! ふざけんなよ! 俺は、俺は利用されて…………ぐっ、う、ううう…………」


 拳を地に振り下ろし、何度も何度も、何度も叫び、土を握りしめる。

 まるでつかみどころのない土に、何度も怒りをぶつける。


「はぁ……」

「…………」


 そこで、高梨がため息をついた。

 赤石は呆けた顔で高梨を見る。


(もしかして、もしかして俺の気持ちが通じたのか……!?)


 高梨を見る。


「はぁ……」

 

 高梨は再度ため息をつき、赤石を見下ろした。


「あぁ、うっざ」

「………………………………え」


 高梨の口から、言葉が出た。

 信じられない言葉に、耳を疑う。


「もう一度言って欲しい? あぁ、うっざ」

「え…………なんで……緑……」


 滂沱と涙を流し、己の体液で汚れきった顔で、高梨を見る。


「何度でも言ってやるよ、あぁ、うっざ」

「あ、あ、あああああ、ああああああああ……」


 言葉が出ない。何も、聞きたくない。耳をふさぎ、くずおれる。


「ああああああああああ、あああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 高梨の言葉が聞こえないように、聞きたくない言葉を遮断するように、叫ぶ。


「そういう自分大好きちゃんな所とか、本当キモイよね」

「あ……あ」


 赤石は高梨を見上げる。


「お前さ、本当キモイよ。自分大好きちゃんよ」

「ぶっ!」


 赤石は高梨に蹴り飛ばされる。


「ああ、本当気持ち悪いわ、あんた」

「ああ、あああああ……」


 高梨は赤石の頭を踏みつけた。


「本当、気持ち悪いって言ってんの。私があんたみたいなキモイ男好きになると本当に思ったわけ? はっ、きっしょくわる」

「うううう……」


 泣きながら、涙が地面に零れ落ちる。


「足を……あたまからどけて……どけろ……!」

「はぁ? 黙れよ、きもいんだよ」

「あああああああぁぁぁぁぁ!」


 高梨は赤石の頭をぐりぐりと踏みにじる。


「最初からあんたなんてこれっぽっちも興味なかったんだよ! それを私がお前なんかに興味あるかのように勝手に手前の都合で解釈してよお、お前覚えてるか? 私に送って来た言葉?」

「は……」

「お前覚えてねぇのかよ、クソ無能が。『今度は洋一と二人で遊んできたらいいよ』って、送って来たこと覚えてねぇのかよ、あぁ?」

「あ、ああ、あああああ……」


 思い出す。『カオフ』であまりにも洋一洋一とうるさかった時、赤石が苛立ち、そんなに好きなら洋一と二人で遊んでくれば、と言ったことがあった。


「あの時はマジドン引きだったわ。本当、出来ねぇからあんたみたいなクズと一緒にいてやってんでしょうが」

「ああああ、ああ……」

「本当、あんた都合いいったらありゃしない。春休みの課題やってないからやってて、って言えば本当にやってくれるしね。私のいい操り人形だったよ、ご苦労様」

「う、うっ、ああ、ああ、ぐっ、がっ」


 言葉の形をとらない。

 何度も嗚咽し、吐き気を催す。


「あんたが最後に何も言わないまま私の都合のいい人形で終わるんだったら何もしないでおこうと思ったけどね、本当最後の最後に気持ち悪いわ、あんた。何が『俺はお前の都合のいい操り人形だったのか』よ。そうに決まってんでしょうが。あんたみたいな気持ち悪い男誰が好きになるのよ」

「う、お、おえ……」


 えずく。何度も何度も、胃の奥から嫌悪感や言いしれない悪感情が湧き出してくる。

 涙を滂沱と流しながら、赤石は土をむしった。


「俺は……」


 赤石は、言葉を発した。


「俺は、お前が好きだったんだよ!」


 土を握りしめながら、


「俺はお前が好きだったんだよ! ずっとずっとお前が好きで、お前と付き合いたくて、それで一緒に遊んでたのに、俺が利用されてたのかよ!」

「…………きも」


 高梨は足をどけ、赤石から距離を取った。


「うああ、うあああああああ」


 土を握る。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 土を掘削し、暴れまわる。

 

「うあ、うあああああああ!」


 握った土を、四方八方にまき散らす。シロツメクサも雑草も、何もかもをむしり取り、投げ捨てる。


「うああああああああああ! お、おえ……」


 胃酸が上がって来る。


「う、うあああ……うああああああああ……」


 土をむしり、涙がぼたぼたとこぼれおちる。

 土を握りしめ、何度何度も、何度も何度も何度も何度も地面を叩く。


「あああああ!」


 何度も。


「ああああああああああ!」


 何度も。


「ああああああああ!」


 何度も何度も何度も。


「うああああああああああああ!」


 醜い自分を、何もかもを厭悪し、何とすら戦っているかも分からないまま、土を握り、投げ捨てる。


「く、くそ……こんな……こんなもの……」


 赤石はリュックから、高梨に貰った手紙を取り出した。


「こんなもの……こんなものこんなもの……」


 そして、その場でビリビリに破り裂いた。原型が分からない程に、裂いた。


「畜生、畜生畜生畜生畜生畜生……」


 地面をドンドンと叩きながら、涙する。


「畜生畜生畜生畜生畜生畜生……」


 土を叩き、土を掘削し、どこかに投げ捨て、シロツメクサを摘み取り、投げ捨て、投げ捨て、投げ捨てる。

 自分の中の何かを投げ捨てるかのように。


「うう、うううううううう……」

 

 そして、止まった。

 土を握ったまま、拳を握ったまま、その場で脚を畳み、泣き崩れた。


「じゃ、もう行くから。二度と関わってこないで」


 高梨はそう言い残すと、その場を去った。


「うう……ああああ、あああああああ……」


 高梨に貰った手紙がその場に散らばっている。

 自分で掘削した土が、雑草が、シロツメクサがその場で秩序なく落ちている。


「うう、ううううう…………」


 どんどんと、何度も何度も地面を叩き、泣いていた。



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