第103話 花送りはお好きですか? 5
赤石は学校に着くと、真っ先に高梨の下へと向かった。
「緑!」
「あ……夏木ぃ」
赤石から声をかけると、高梨も反応し、手を振った。
「おおーーい、夏木ぃ」
高梨は手を振る。
が、それだけ。近づいては来ない。赤石は小走りで、高梨の下へと向かった。
「緑、最近どうしたの? また遊ばない? ほら、洋一も誘ってさ!」
「……」
赤石の問いかけにも、気まずそうな表情で顔を背けるだけだった。そこに、三矢が現れた。
「あ、洋一! こっちこっちー!」
三矢に気付いた高梨が、手を振った。
「おお、緑、夏木! 久しぶりだな! どうしたんだよ、こんな所で」
三矢は赤石の下へと歩み寄った。
「いやぁ、最近緑の付き合いが悪くてさ。また一緒に遊ぼ、って話をしてたんだけど……」
「……」
「……」
高梨と三矢はどこかバツが悪そうな顔で互いを見る。
「そ、そうだ! 今日は一緒に帰らない? 最近会ってなかったから積もりに積もった話があってさぁ!」
「そ、そうだな! なぁ、緑! 今日は夏木と一緒に帰ろう!」
「そうだね! じゃあ放課後、また!」
赤石たちはそうして別れ、一緒に帰る約束をした。
(あれ……なんだか付き合いが悪くなったような気がしたんだけど、気のせいだったのかな……?)
赤石は不思議に思いながら、自分の教室に帰って行った。
放課後、赤石と三矢、高梨の三人は共に帰っていた。
「それで昨日こんなことがあって~」
「あはははは、ばっかじゃねぇの、お前」
「本当そうだよ~」
昔のようなやり取りが繰り返される。
(ああ、これだ……。この空気だ。昔の空気が、帰って来た。やっぱり俺の気のせいだったんだ)
赤石はほっとし、三矢たちとの雑談を楽しんだ。
「じゃあ緑、また明日な~」
「じゃあね~」
「ばいば~い」
途中で高梨が帰途を変え、赤石と三矢の二人で帰ることになった。
「…………」
「…………」
無言。話が、弾まない。
「そういえば最近緑付き合い悪くなったと思ったんだけど、気のせいだったかもなぁ……あははは」
「あはは……そうかもな」
「……」
「……」
話が、全く弾まない。
(あれ、洋一ってこんなに話しにくいやつだったっけ……?)
三矢の状況に、不信感を覚える。
「あのさ、また俺ら三人で遊びに行こうよ!」
「そうだな」
「例えば~、またタコパとかしたいよな~」
「そうだな」
「あ、鍋パとかもしたいかもな~」
「そうだな」
「……」
「……」
何を言っても、同じ言葉しか返ってこない。
なんだ。
(なんだこの違和感は。高梨がいる時は普通に話せるのに、二人になった途端、唐突に話しづらくなる。なんなんだ、この違和感は)
今まで感じたことのない何かに、怯える。形のない何かが、赤石を追い詰める。
「あ、あのさ、またいつ遊ぶか今決めないか?」
「え……」
三矢が、黙り込んだ。
ポツ、ポツポツポツ。
雨が、降って来た。
まるで三人の心の距離が開いたかのように、曇天の空模様を呈していた。
ザーーーーー。
小雨は突如として、驟雨に変わった。
「うわ、やべ!」
「やっべぇ!」
赤石と三矢は小走りで、雨宿りをしに行った。
「あいつ大丈夫かな……」
ボソ、と三矢が呟いた。
「え?」
「あいつ……緑、大丈夫かな? あいつ傘持ってなかったし、まだ家ついてないよな……」
「そ、そうだな! 確かに心配だな!」
空元気で、赤石は三矢の問いに答えた。
が、内心尋常ではなく焦っていた。
(なんで突然緑の心配なんて……今まで心配なんてしたこともなかったのに、どうして突然……)
その時、赤石の不安は形を持って顕現したような、そんな気がした。
結局、赤石と三矢は話が盛り上がることなく、帰宅した。
それから数週間が経った。
結局、高梨との約束は果たされることなく、次第に赤石と高梨との距離は離れていった。
(あぁ……なんで突然遊ばなくなったんだろ……)
自問自答するも、答えは出ない。
(もしかして、受験だから忙しくなったのかな……いや、そうに違いないよな。だって、もう二年の二月だし……)
二月一四日当日。バレンタインデー。
赤石はこの日、思いもしなかったプレゼントを貰うことになる。
「そういえば知ってたぁ? 緑ちゃんと洋一くんって……」
クラスで、ひそひそと話し声が聞こえる。学年が上がり、赤石は三矢と高梨とは別のクラスになっていた。
「付き合ってるらしいよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
絶句。
バレンタインデー当日、思いもしなかった言葉を、聞いた。思いもしなかったプレゼントが、送られた。
血眼で、先の話をしていた女子を見る。
「おい!」
「きゃっ!」
赤石は話をしていた女子を、力いっぱいつかみ、問いただした。
「今の話、本当か?」
「え……何、どうしたの夏木君……怖いよ。本当だよ。っていうか、まだ知らなかったの?」
「…………え」
まだ、知らなかったの。
何度も何度も頭の中でその言葉が反芻される。
まだ、知らなかったの。
まだ、知らなかったの。
まだ、知らなかったの。
「…………」
薄々、そういうものを感じ取っていたのかもしれない。
自分からその事実に繋がりそうな情報を遮断していたからかもしれない。
すでに、高梨と三矢が付き合っていることは、学校中で周知の事実になっていた。
まだ、知らなかったの。
「…………」
赤石は俯き、瞳孔を開けたまま思考の波に飲まれた。
「仕方ないよ……だって前まで緑ちゃんと洋一君と夏木君で遊んでたのに、突然夏木君だけのけものにされたんだから……」
「そうなんだ……何があったのかな」
「何か痴情のもつれだったら怖いね……」
赤石はそんな女子生徒の言葉も一言一句耳に入らず、今までの出来事を思い出していた。




