第100話 花送りはお好きですか? 2
『花送り』は。シロツメクサが満開に咲き誇っている大公園から始まった。
「おい洋一、待てよお前! こら待てって!」
カジュアルな服で着こなした赤石が、高梨と三矢を追いかける。
「ぶっははは、おらついて来いよ夏木!」
「何やってんのよ夏木! 全く……足遅いんだから……」
高梨が長い髪を耳にかけながら、追いかけて来る赤石を待った。
「ったく……お前ら……本当……早い……って」
はぁはぁと肩で息をしながら、赤石はもう駄目だー! とうなだれながら、大の字になって地に伏した。
「本当、夏木は体力ないなぁ」
「うるせぇよ緑! ったく、お前も早いなぁ、走るの」
「何言ってんのよ、当たり前でしょ? 夏木が遅すぎるだけだから!」
ぷんぷん、と高梨が頬を膨らませる。
「あっはははははは! 言われてやんの、夏木ぃ!」
「うるせ! 黙っとけこの馬鹿!」
「もう~、駄目だよ夏木、そんな汚い言葉使っちゃ!」
高梨は肩をそびやかし、赤石の口元に人差し指を当てた。
「ばっ、お前、止めろよ馬鹿!」
「あ~、夏木照れてる~」
「照れてる~」
「照れてねぇよ、全然!」
高梨と三矢は二人して赤石を小馬鹿にする。
「うっさいうっさいうっさい! あー、もう、むしゃくしゃするわ!」
「あははは、冗談冗談、はい夏木」
「……ん」
赤石は頬を軽く染めながら、高梨が差し出した手を取った。
「ちょっと緑、夏木に甘すぎんじゃねーの! 夏と緑が相性いいからって甘やかしすぎなんだけどー!」
「うっせぇばーか!」
赤石は三矢に舌を出した。
「でも私たち相性いいもんね? 夏と緑だよ、最高じゃん!」
高梨は赤石の横に立ち、三矢にピースする。赤石は高梨の存在を感じながら俯き、横目で高梨をちらちらと見る。
「あぁ、ちょっと! どこ見てんの夏木! この変態!」
「ち、違うって! 止めろよ緑、この馬鹿!」
赤石を押し倒してぽかぽかと殴る高梨に、並々ならない感情を抱く。
「こらこら、お前らこんな公園でそんなはしたない真似すんじゃねぇぞ? 痴話喧嘩なら違う場所でやれよ」
「痴話喧嘩じゃねぇから! こんな奴なんとも思ってねぇから!」
「あぁ、ひどい夏木! 私だって夏木なんてなんとも思ってないから!」
べー、と赤石と高梨は互いに舌を出す。
「ほらほら、次は違う遊びしようぜ?」
三矢は赤石と高梨とは逆方向に歩き出した。
「あー、洋一ちょっと待ってって! もう、早いって!」
先に歩き出す三矢を追いかけ、高梨は手を取った。
「えへへ、つっかまーえたー! 夏木ぃ、早くこっち来なよぉ!」
「わーかってるって」
赤石は多少不服そうな顔をしながらも、高梨と三矢の下へと駆け寄った。
赤石と高梨、三矢はシロツメクサの群生している場所に車座になって座った。
「あーちょっと、洋一汚いってぇ! 私ワンピースだよ? お尻汚くなるじゃん!」
「うるせっ! お前の尻なんか最初から汚ねぇだろ!」
「あー、ちょっともう最低! なんとか言ってよ夏木!」
「同感だよ!」
「ちょっと夏木も洋一も馬鹿ぁ!」
高梨は赤石と三矢の肩をぽかぽかと叩いた。
「あ~あ、こんないい天気でこんなに走り回るならもうちょっと走り回る用の服着てくればよかったなぁ~」
「あははは、ワンピースなんて着てっからだろ、緑」
「本当、ってか、そのワンピースちょっと露出多いし……」
赤石は高梨から目を逸らす。
「あぁ~。夏木また私の胸見たでしょ⁉ もう本当変態なんだから、夏木は」
「そ、そんな薄着だからダメなんだろ! だ、だって胸見えそうだし!」
「もぉ~、本当夏木変態! ねぇ洋一!」
高梨は三矢の手を持つ。
いちいち三矢と高梨が絡むたびに、赤石は機嫌を悪くする。
「べ、別にどうでもいいし」
「あぁ~、言ったなぁ~! ここで私下着一枚になっても何にも思わないんだぁ、夏木はぁ!」
「ばっ、馬鹿! 止めろって! 公園だぞ!」
「公園じゃなかったら良いんだぁ~、へぇ~」
「そ、そんなの言葉の綾じゃないか!」
にやにやと赤石で遊ぶ高梨は嬉しそうな顔をする。
「だからお前ら痴話喧嘩は止めろって」
「「痴話喧嘩なんかじゃ、ない!」」
赤石と高梨は揃って三矢に返答した。
赤石と高梨と三矢がシロツメクサの近くで談笑している後ろで、カメラに見切れない程の大きさで、須田と暮石が共にシロツメクサを使って冠を作っている場面が映された。
「ねぇ夏木、シロツメクサの帽子作らない?」
「シロツメクサの帽子?」
赤石は高梨に近寄られたことで頬を染めながら、下を向く。
「そ! シロツメクサの帽子! ほら子供の頃やったじゃん、こういうの!」
高梨は両手で帽子の形を空に描きながら、赤石と三矢に説明する。
「そんなのお前だけだろ」
「もぉ~、本当洋一ダメダメなんだから! ね、夏木!」
「う、うん、そうだよな!」
赤石は話を合わせ、高梨との話が盛り上がっている風を装う。
「じゃあ、つっくりっましょー!」
高梨は立ち上がり、片手を上にあげ、えいえいおー! と一人声高に宣言した。
「ばっ、馬鹿緑! お前パンツ見えるって!」
「は!? ちょ、ちょっと最低夏木! 狙ったでしょ! もう下から見ないでよ!」
「うっせ! お前が勝手に立ったんだろうが!」
高梨は頬を染めて、赤石を叩く。
「で……何色だったんだ?」
三矢は赤石に訊いた。
「ば、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! 洋一の変態、馬鹿、アホ! そんなの訊くところじゃないでしょぉ!」
「大人の黒だったぞ!」
「ばっ、ちょ、嘘! そんなの履いてないから! 桃色だから! 最低夏木! もう知らない!」
高梨はふん、と鼻息荒く後ろを見た。
赤石と三矢はおいお前謝れよ、と互いに肘で小突き合う。
結果、
「「ごめんなさい、緑さま」」
赤石と三矢はその場で土下座し、高梨の機嫌を取った。
「もう! 次やったら本当警察だからね、警察!」
「でも緑の行動は軽率だったよな」
赤石が三矢に言う。
「上手いこといえなんて言ってないからぁ!」
赤石と三矢は互いに、笑いあった。
「帽子を作っろう、ふっふふっふふーん!」
高梨がご機嫌な鼻歌を歌いながら、シロツメクサの帽子を作っていた。
「駄目だ、俺手先器用じゃないから全然できん」
三矢は早々に放り出して、その場に寝転がった。
「あぁ~、もう~、本当駄目なんだから洋一はぁ! こういう手先使うやつ全然駄目じゃん、ねぇ夏木!」
「本当、洋一もうちょっと頑張らないと駄目だぞ!」
赤石は順調にシロツメクサの帽子を作っていた。
「やっぱり夏木は上手だねぇ。手先が器用なのかな?」
高梨は赤石ににじり寄り、赤石は顔を染めながらいや、その、と小言を繰り返す。
「ちょっと私にも教えて?」
高梨は赤石の手を触り、体を寄せた。
「こ、ここは、こうやって、やれば、いける……から」
赤石は顔から火が出そうなほどに羞恥し、顔を真っ赤にして高梨に手ほどきした。
「あぁ! 夏木、センスいいねぇ~」
うりうりぃ、と言いながら、高梨は赤石を小突く。
(なんて、なんて幸せなんだろう、この時間は……)
そこで、後録りした赤石の声が赤石の心情の形をとって画面に再生された。
(緑がこんなに近くにいて、俺が緑に作り方を教えて、二人で遊んで……本当に、なんて幸せなんだろう)
赤石はその幸せを一身で噛みしめながら、高梨に手ほどきしていた。




