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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第3章 文化祭 後編
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第98話 自主製作映画はお好きですか? 10



 バスの中は電車程人が少なくなく、ある程度の人が乗り込んでいた。


「これは……」


 バスの中で、空いている席が見つからなかった。

 

「参ったな」


 赤石は立つことを余儀なくされた。


「あら、大丈夫かしら赤石君」

「悠、大丈夫か?」

「苦労をかけるね」


 六人は須田、高梨、赤石、暮石、山本、三矢の順になって立った。


「あ、ヤバい俺小銭ねぇわ。ちょっと俺両替してくるわ」

「行ってこい」


 須田は財布を持ち、バスの前方へ、両替をしに行った。


 プー。


 バスが止まり、次のバス停へと着いた。

 次々と人が乗り込み、車内はせせこましくなった。


「駄目だ……酔いが」

「赤石君、我慢なさい。今吐いたらあなたかなり長い間後悔することになるわよ」

「百も承知」


 人が乗って来たのと同時に、赤石の前の座席に座っていた人が降りた。


「赤石君、座ると良いわ」

「苦労をかけるね」


 赤石は空いた席に座ろうとするが、


「……」


 足を止めた。


「どうしたの赤石君、吐くわよ」

「いや、妊婦さんがいるわ」


 赤石と高梨は後方を見た。乗車してきた人の中に妊婦がおり、席を探していた。


「でもあなたも調子悪いじゃない。ここは違う人に変わって貰った方が良いわよ」

「いや、なんとかなるだろ多分。行きよりは距離が短いし、多分大丈夫」

「本当かしら」


 高梨と赤石が言い合っていううちに、妊婦が空いた席に気付いた。


「あ……すみません」


 妊婦は赤石が空けていた席に近寄り、腰をかけようとすると、


「うぃ、空いてたわ、あぁ」


 後方から妊婦を押しのけて、乗車してきた男が座った。


「……」

「……」


 妊婦が悲壮な表情をして、男を見た。


「あ? なんだよ、見てんじゃねぇぞ」


 男は妊婦を悪罵し、イヤホンを付けた。


 カシャカシャとイヤホンの音が外に漏れる。


「何見てんだよ、お前。先に座ったもん勝ちだろうが?」

「す、すいません……」

「さっさとどっか行けや。うぜぇんだよ」


 男は妊婦の足を蹴り、妊婦は痛苦の声を漏らす。


「ったく、クソうぜぇわ」


 男はガムを噛みながら、妊婦から視線を外した。


「…………」

「…………」


 車内に重い沈黙が流れる。

 妊婦は悲しみに顔を歪めながら、その場で蹲った。


「あ? てめぇ痛がってんじゃねぇぞ。演技してんじゃねぇぞクソが。俺が悪いみたいになるだろうが!」


 男は声を荒げ、ダンダンと足を踏みならしながら、妊婦を悪罵する。暮石は男から視線を外し、関わり合いを持とうしなかった。


「てめぇらも見てんじゃねぇぞ!」


 男に視線を向ける客たちに怨嗟の声をまき散らし、大きく舌打ちをした後完全に黙殺を決め込んだ。


 高梨は男の行動を蔑むような表情をした後、


「あなた」


 声をかけたところで、赤石が高梨の行動を遮った。


「おい」


 赤石は男のイヤホンを引っ張り、耳から外した。


「ってぇな、クソが! なんだてめぇ、やんのかこら!」

「どけよ」


 赤石は男を見下ろし、言った。


「んだてめぇガキ! 調子乗ってんじゃねぇぞ! クソうぜぇんだよ!」

「人の言葉を覚えてから横暴に振舞えよ。コミュニケーションしろや」

「はぁ!? ふざけんじゃねぇぞてめぇ!」


 男は立ち上がり、赤石に殴りかかった。


「おい」


 殴りかかった男の手は、両替から帰って来た須田に止められた。


「暴力振るうなよ。表出ろ」

「はっ……はぁ!? 調子こいてんじゃねぇぞ!」


 男は須田に殴りかかるが、体格差と鍛え抜かれた筋肉量から、須田は男の殴打をいなす。


「出ろ。風紀を乱すな」

「う、うっせぇんだよクソゴミ! どけ! 放せやクソが!」


 男は須田の拘束から逃れようとするが、耳も貸さず、須田は男を締め上げる。


「ぐっ、うっ……」

「出ろ」


 次のバス停に停まったことで扉が開き、須田は男を外に放り出した。


「ク、クソが! 覚えてろよこのクソ野郎!」


 男は汚れた服もそのまま、その場から立ち去った。


「……」

「おぉ……!」


 乗客から万雷の拍手が送られる。


「す、すいません、ありがとうございます」


 妊婦は空いた席に座り、どうにか事なきを得た。


「す……すごい……」


 暮石は赤石と須田を交互に見ると、赤石に耳打ちした。


「凄いね、赤石君と須田君。私絶対関わっちゃいけないと思って目逸らしちゃった……。本当、私駄目だね」

「俺も関わりたくなかったけど、統がいたから大体何しても大丈夫だろうな、と思って無茶したわ。虎の威を借る狐だな。統がいて良かった」

「須田君が……」


 暮石は須田を見た。

 須田はにかっと笑い、赤石の肩を叩いた。


 正義感。

 暮石の胸の中には、その言葉が渦巻いていた。


 八谷の事件の時にも感じた、正義感。赤石は、正義感が強い。仮に須田がいなかったとしてもどうにかして男をこらしめてたんだろうな、と想像できた。


 自分は目をそらしたのにも関わらず、赤石君は目をそらさなかった。そして、高梨もまた男に声をかけようとしていた。


「赤石君、統貴がいて良かったわね」

「全くだ」


 高梨も赤石も、自分とは異なった、何も言わないけれど、何物にも代えれないような正義感が、ある。

 赤石たちを見ていると、自分がとても矮小な、卑賎で醜い生き物であるかのように思えた。そして、赤石も須田も高梨も尊敬した。


 やっぱり、間違っていたのは赤石君じゃなくて、私だったんだろう。そう、思うようになった。






「じゃあお疲れ、皆」

「お疲れ」


 バスの長距離移動を何とか終え、赤石と暮石たちは互いに別れの挨拶をしていた。


 赤石と須田は家が近いため、共に帰る。


「いやぁ、悠、格好よかったなぁ! バスの中でも悠は格好よかったぜ!」

「いや、格好よかったのはお前だろ。お前がいなかったら俺は何も出来なかったわ。喋るその辺の石ころくらいの役割しか果たしてねぇよ」

「いや、あそこで声をかける勇気が凄いわ。いやぁ、悠みたいな奴が俺の近くにいて良かったわぁ」

「止めろ止めろ、ベタ褒めするな。照れる」


 赤石は須田からぷい、と視線を外した。


 高梨も。

 その時のことを追想した。

 高梨も止めようとしていたな。

 やはり、高梨は絶対的な正義を失っちゃいない。そのことを確信した赤石は、今後の文化祭に向けて意志を固めた。




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[良い点] その正義感って前提は正しいのか目を背けているのか?
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