第96話 自主製作映画はお好きですか? 8
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
電車は一定の揺れのまま、走り続ける。
赤石は外を見ながら、高梨の話をただただ聞いていた。前の席では須田と三矢がトランプゲームをしており、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「それにしても、意外だったわね」
「何が」
赤石を見る高梨の顔が、車窓に映る。
「赤石君が乗り物酔いが激しかったなんて」
「そう……か?」
「そうよ。あなたにこんな分かりやすい弱点があるとは知らなかったわ。そういえば赤石君」
「何」
「今度私と一緒に遠くまで電車で旅しましょうか?」
「なんでだよ。誰も得しないだろ」
赤石は苦笑した。
「一緒に旅をしましょうよ、赤石君。統貴を連れて須田散歩をしましょうよ」
高梨は赤石をぶんぶんと揺さぶる。
「揺らすなって。吐く」
「気持ち悪い……!」
「不条理すぎる」
高梨は軽蔑するような顔で赤石を見た。
「乗り物酔いが激しいってだけで人生の半分は損してる気がする。お前の人生の半分それかよ、って言われたら間違いなくそうだと思う」
「劣等種は大変ね。現代に適応してなさすぎるわよ」
「劣等種とか言うな」
赤石と高梨がそんな小言のやり取りをしていると、電車は駅に停まった。
「次の次の駅で到着よ。頑張りなさい、赤石君」
「報告どうも」
駅からまばらに人が入って来る。
「街外れは行く人も乗る人も少ないわね」
「おい止めろ高梨、街はずれとか言うな。怒られる」
高梨は電車に乗って来た方向を見た。
「あ」
「あ?」
高梨は声を上げた。
高梨の目線の先に、今しがた電車に乗ってきた暮石の姿があった。
「あ……えっと……その……」
暮石は高梨と赤石とを交互に見ると、一時戸惑った。
「デート……?」
「はぁ……仕方ないわね、バレちゃったかしら」
やれやれ、と高梨は首を振った。
「おい止めろ高梨。誰も得をしない嘘を吐き続けるな」
「嘘よ、暮石さん。前の席に統貴……須田とモブクラスメイトがいるでしょう?」
「誰がモブクラスメイトや!?」
高梨の話を聞きつけた三矢が突っ込みを入れる。
「あ……本当だ。ってことは、今日は映画を撮りに来たの?」
「そうよ」
「……そうなんだ」
暮石は赤石を見た。
「えっと……ところで、赤石君……だよね?」
「はい」
「どうして外ばっかり見てるの?」
「赤石君は乗り物酔いが激しくて人生の半分を損してるらしいのよ」
「いや、主眼はそこじゃないだろ」
「赤石君は乗り物酔いが激しくて、外の景色を見てないと吐いちゃうらしいのよ」
「えぇ、大丈夫?」
暮石は心配そうな顔で赤石を見た。
「どうぞ、人間の劣等種と罵ってあげるといいわ」
「そんなことしないでしょ!」
笑いながら、高梨に言った。
「赤石君、暮石さんがいるわよ。ちゃんと顔を見て挨拶なさい」
「……はあ」
赤石は顔色の悪いまま、暮石を見た。
「初めまして、赤石です。何をしようとしてたのかは知らないけど、前回の節はどうもお世話になりました」
「い、いえいえこちらこそ」
赤石と暮石は互いに頭を下げた。
「固いわね。そんな企業間のやり取りみたいなことしないで」
「企業間のやり取りを見てるお前しか伝わらなさそうな言い方だな」
「あははは」
楽しそうに、暮石は笑う。
「面白いいんだね、高梨さんと赤石君って」
「どこかだよ」
「具体的にどっちの方が面白いか教えてくれないかしら」
「敵対心をちらつかせるな」
「あははは」
暮石は高梨と暮石を交互に見ながら、手を叩いて笑う。
「いや、ちょっと赤石君も高梨さんも怖い人のイメージがあったから、意外で……」
「赤石君は怖い人じゃなくてヤバい人ね。暮石さんも関わらない方が良いわ」
「人の交友関係をぶち壊すな」
暮石は赤石を見た。
「赤石君……」
「はい」
「あの……」
頭を、下げた。
「ごめんなさい」
「……?」
思い当たりが全くなかったため、突然の謝罪に赤石は当惑した。
「あの、八谷さんがいじめにあってる時、あの時私たち何もしなかったから……全部赤石君に任せちゃって……その……絶対にともが悪かったと思ってたんだけど、怖くて……全部赤石君に任せちゃって、ごめんなさい」
「ああ……いいよ別に」
何に謝罪しているかを、赤石は理解した。
八谷の件に関して自責の念を持っている人間がいたのか、と少し感心する。案外大勢自責の念は持っているけれど、関係ないクラスメイトにも悪罵したことが原因で謝るにも謝れていないのかもしれないな、と思った。
「良かったわね、赤石君。あなたまだクラスでの立ち位置は死んでなかったわよ」
「そうだな」
素直に、そう思った。
「じゃあ暮石さんも座りなさい」
「あ、うん。ありがとう」
「自分の部屋みたいに言うな」
暮石は高梨の向かいの座席に座った。
「暮石さんが来てくれてちょうど良かったわ。赤石君が吐いたら暮石さんが手で吐瀉物を受け止めてくれないかしら」
「えぇ、手で!?」
暮石は驚き、少し体を引き、
「が……頑張ってみます!」
拳を固めた。
「頑張るな」
「汚らしい……」
「不条理」
赤石と高梨は互いを見やった。
「ところで暮石さん、あなた何しに電車に乗ってるのかしら?」
「あ、今日休日だしちょっと一人旅をしようかな~、と」
「そう……じゃあ暮石さん、あなた映画製作の手伝いをしなさい」
「えぇ!? この格好で!?」
暮石は歩きやすい格好をしたシンプルな自分の服装を見た。
「むしろいいじゃない。小間使いさせやすいわ」
「いや、高梨無理に誘うなよ。暮石さんにも予定が……」
「いいよ!」
「いいのかよ……」
暮石は目を輝かせながら、二つ返事で了承した。
「私も赤石君とか高梨さんとか須田君とかと仲良くなりたかったんだ。別に急ぐ用事でもないから私手伝うね」
「そう。感心するわ。じゃあまずは赤石君の吐瀉物拭きからやってもらおうかしら」
「俺で面白がるな」
暮石が映画製作に加わることになった。




