第95話 自主製作映画はお好きですか? 7
「別になんともなってない」
「あら、そう」
含みを持たせた声音で、高梨は返答する。
一体何が目的なのか。何故そんなことを訊いてくるのか、何かしらの思惑が……。
物事の紙背を考えようとしたが、中断した。友達の言う事の裏を考えない。そう、決めた。
「どうしてそんなこと訊くんだ」
赤石は高梨に、純粋な疑問を投げつけた。
「そうね、最近聡助君と一緒にいても、八谷さんだけどうも元気がないみたいなのよね。赤石君、何か知らないかしら?」
「……」
赤石は高梨を見た。
定期的に櫻井とその取り巻きの様子を伝えてくる高梨を胡乱な目で見る。葉月の時も同様に櫻井の周りの状況を伝えて来た高梨にきな臭い物を感じざるを得なかった。
「いや、なんで俺に……」
「あなた、八谷さんと喧嘩してそのままなのかしら」
「…………」
互いに視線を交錯させる。
ここでいう高梨の喧嘩というのは神奈とぶつかった時のことではあったが、実際八谷との喧嘩が行われたのはそれより後だった。八谷は赤石とは取り合おうとしなかった。
それは自分に非があり、喧嘩という形をとっているのかも分からなかったが、もう八谷との仲は簡単に修復できるようなものではないと、そう思い込んでいた。
八谷とはその後話してみたが、もう俺には関わって欲しくなかったみたいだ。
そうは、言えなかった。言いたくなかった。高梨に言う必要性も、言う義理もないような、露悪的な気がして、その事実を教えることをためらわせた。
それに、八谷との関係性を他人に教えることが、単純に嫌だった。
「高梨は……」
赤石は口を開いた。
「そういう高梨はどうなんだよ。お前こそどうしてんだよ。大体、なんで櫻井のいる演劇班から俺らの映画製作班にやって来たのかを、俺は知りたい」
そして意図的に、八谷の話題から逸らした。八谷の話題に言及されないよう、話の道筋を高梨に限定した。
「あら、そんなこと知りたいのかしら」
高梨は自身の唇に嫣然と指を這わせ、蠱惑的な表情をした。
その表情が何を表すのかは、赤石には分からなかった。
「最初から話すべきかしらね。実はね、私最近聡助君とその他大勢と買い物に行ったのよ」
「知ってる」
演技の練習という免罪符で櫻井が誘っていたな、と思い出す。取り巻きをその他大勢と言い表すのは何とも高梨らしいな、と思った。
「そこでこんなことがあったのよ」
高梨はそうして、櫻井と共に行ったデートで起きた実際の出来事を語り、自身が葉月に対して提案した数々の出来事もつぶさに話した。
「…………」
滔々と滑らかに話す、全くもって何の違和感も自責の念も持っていない高梨の話を聞きながら、高梨をじっと見ていた。
『そこで私は言ったのよ、公衆の面前で恥をさらすようなことは止めなさい。ボタンを留めると良いわ、ってね』
高梨はその発言に何も感じていないかのような口ぶりで話す。数々の高梨の正論が、ぎしぎしと紡がれていく。紡がれ、つまびらかにされる。
ああ。
赤石は話をする高梨をじっと見る。
ああ、お前は、やっぱり変わっていなかったんだな。
そう、思った。
高梨が実際に葉月に苦言を呈したのは、間違いなく正論なのかもしれない。
服を淫らに着こなすな。
ペットをSNS映えするかどうかで見るのは止めろ。ペットは、あなたの所有物なんかじゃない。
それは、全く間違いのない正論であり、間違いなく正しい言葉だ。正しくて正論で、絶対的な正義だ。
だが、正義であることが、正論を言う事が必ずしも正解という訳では、ない。
水清ければ魚棲まず。
正論をふりかざされることで自身の欠点を見直し、立ち直れるような人間ばかりではない。正論で相手を是正するようなことは、つまり是正される相手の覚悟や性質にも大きく左右される。
正論をふりかざすには、相手にもその正論を受け止めるだけの器量と自覚が必要だ。その器量も自覚もない場合は、口答え出来ないような自身の欠点をつまびらかにされただけであり、大抵は怒り狂うだけだ。
正しくて、正論であっても、その正論をふりかざすことは正解ではない。
赤石はそう、思う。
服を淫らに着こなすな、ペットを所有物だと思うな。
それらの発言は正しくても、そう思ったとしても、口に出さないというのが、正しい処世術。トラブルに巻き込まれないための常套手段。
高梨は中学生の頃からずっとそうだった。自分の正しさを信じて、先生にさえも己の正論をぶちまける。
先生は結局自身の欠点を悪罵されているだけだと泣きわめいたのだろうが、高梨はずっと変わっていなかったんだな、と思った。
恐らくは自分の考えが足りないだけで、高梨は常に正しかったんだろう。八谷の時も、葉月の時も、神奈の時も。何か高梨なりに正しいと思う指針があったのだろう。少なくとも、神奈の件で高梨は正しかったと、そう自覚している。
変わっているかと思ったけれど、やはり変わっていなかったんだな。
高梨は話を終え、赤石に感想を求めた。
「ということがあったのよ。どう思うかしら、赤石君」
「そうだな、お前の言ってることは正論だと、俺も思うよ」
それは偽りのない赤石の本心。正論であることは、肯定する。
「それで、学校で演劇の練習をしている時に、どういうことか私が皆から恐れられたのよ」
「恐れられた……?」
八谷の事件が赤石の頭を駆け巡る。あの時の切っ掛けはクラスの風潮と盗撮写真のセットが原因だった。
「嫌われる訳でも無下にされる訳でもなかったわ。ただ、私の実家がお金持ちであることを皮切りに、あることないこと噂されてたわね」
「……」
高梨が演劇班の生徒たちから恐れられる光景が目に浮かぶ。盗撮写真の時の出来事に高梨が関わっているのかもしれない、と漠然と赤石は思っていたが、違うのか。もしくは、高梨による自作自演なのか。
もし自作自演じゃないのなら、高梨の件については目星があった。
「葉月さんが水城さんや八谷さんを私から引きはがしていたわね」
葉月だ。
葉月は高梨に正論をぶちまけられ、気を悪くした。その意趣返しにしたというのならば話は分かるが、なんとも稚拙で芸がないな、と思った。
八谷の時とは打って変わって芸がない。
高梨の悪い噂を流して取り巻き達を自分のテリトリーに引き込む、単純な発想。八谷の時も同じく葉月が犯人なのかと疑うが、答えは出ない。
葉月の意趣返しは一時的なもので、致命的ではない。
高梨の件に至っては間違いなく葉月が犯人だろうな、とあたりを付ける。
「それで、いたたまれなくなって赤石君たちの班にやって来たのよ。それに、赤石君ヒロインが決まらなくてあたふたしてるって聞いたことも決め手だったわね」
「そうか、それはどうも」
赤石は高梨に軽く頭を下げた。
高梨を通していつも櫻井の周りの状況が耳に入ってくる状況にいささか不安と安心を同時に感じながらも、その後も高梨の話を聞いていた。




