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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第3章 文化祭 後編
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第92話 自主製作映画はお好きですか? 4



「悪いな櫻井、高梨を連れて行くのは勘弁してくれないか」


 赤石が櫻井を見据え、そう言った。


「何で……」


 櫻井は不機嫌な表情を隠すことなく、赤石を睥睨する。


「こっちにもこっちの事情があってな。高梨がいないと困るんだ。ここで連れていかれるのは困る」

「な……」

 

 櫻井は返答に言葉を詰まらせながら、


「それはそっちの都合だろ? 俺は皆で演劇をやりてぇんだよ」

「それもそっちの都合だろ」


 赤石は視線を外さない。


「こっちはヒロイン役がいなくて困ってるんだ。高梨が立候補してくれた手前、そう簡単に演劇班には帰って欲しくないな」


 正直に、思っていることを、そう言った。


 以前の赤石なら絶対にしないことをし、言わないことを、言った。

 以前の赤石なら、連れて行かれる高梨を黙殺し、櫻井を扱き下ろし、それでも自分からは、何もしなかった。


『自分が無力だからでしょうが!』


 高梨は、言った。


『人を羨む前に、まずは自分がどう振舞うかを考えなさいよ!』


 そう、言った。


『人に好かれる努力が出来ないなら……聡助君が羨ましいなら、あんたは人を好きになる努力をしなさいよ! 人を好きにならないのに人に好かれる聡助君に嫉妬するのが醜いって言ってるのよ!』


 声を荒げ、高梨らしくない振る舞いで、声音で、声量で、声を詰まらせ、必死の形相で、そう言った。

 高梨にそう諭された。


 ずっとずっと曖昧で、人を拒んで斜に構えたような性格で、人を食ったように嘲笑い、それでも赤石は傷つくことを恐れて何も出来なかった。


 そういう自分を変えようと思った。

 少なくとも高梨に対しては、友達だと公言した高梨に対しては真摯に、真っ当にぶつかってみたいと思った。


 もしかするとそれは櫻井の心の奥底にある醜い欲望と似たものなのかもしれない。

 櫻井と同じように女を集めてハーレムでも築こうとしているかのような行為なのかもしれない。それでも、それでも今この場面で高梨を止めることが出来ないのなら、赤石は二度と変われないような、そんな気がした。

 純粋で一途な決意。


 ヒロイン役のいない今、高梨に出ていかれれば困る。

 自主製作映画は完成しない上に、何より、自分にあれだけの熱量を持って声を荒げた高梨の想いを裏切ることになる。そんな気が、した。


「なんでだよ赤石……」


 櫻井は失望のこもった目で赤石を見た。


「別にヒロイン役が高梨である必要はねぇんじゃねぇのか? 誰か他の人にやってもらえばいいだろ? 演劇班そっちも色んな人がいるんだしさ」

「まあ実際、他の人でも問題はないだろうな」


 一拍。

 

「でも、今まで誰もヒロイン役に立候補してくれなかった。俺の脚本のヒロイン役をやりたいと思う人がいなかった。やりたくない人にヒロイン役を押し付けるようなことはしたくない」


 そして決然と、そう言った。

 それは詭弁かもしれない。高梨を引き込むための詭弁なのかもしれない。だが、詭弁でもいい。赤石は櫻井から目を離さない。


「それに櫻井、お前の所じゃ高梨は離せない役柄なのか? ロミジュリの演劇で高梨はジュリエットか他重要な役どころなのか?」

「それは……」


 櫻井がごにょごにょと口ごもる。

 そんな訳が、なかった。赤石はヒロイン全員を立てることが出来るような脚本を書いていない。

 誰か一人がロミオに選ばれるジュリエットとして描かれ、他は大して重要でもない役所に設定してあった。それこそ端役の中でも重要度こそ競われるものの、ジュリエット以外は人選が変わったところで大きく影響はしない脚本だった。


「高梨、どうなんだ?」


 返答の返ってこない櫻井を黙殺し、赤石は高梨の目を見る。

 高梨は面白そうな、興の乗った様な表情をし、口元をわずかにほころばせ、微笑み、赤石を見た。


 赤石君、あなたは変わろうとしてるのね。


 そう聞こえたような気が、した。そう高梨に言ってもらいたいとも、思った。

 

「別に私は重要な役どころではないわね。ジュリエットは水城さんが、ロミオは聡助君がなるから、私はここに来たんだけれど」

「た……高梨……」


 櫻井は声を震わせ高梨を見る。


「こっちは誰もやりたくないヒロイン役に立候補してくれた高梨。そっちは特に役所のない高梨。だから今回は高梨をこっちに引き込ませてくれ」

「そんな……」


 櫻井は捨てられた子犬のような目で、高梨を見た。

 赤石は高梨の手を引っ張り、教室の中に引き込んだ。なされるがままに高梨は体を預ける。


「悪いな櫻井、今回は映画製作に高梨をメンバー入りさせてくれ。こっちも結構スケジュールがまずい」

「でもこっちもスケジュールヤバいぞ……」


 ほんの抵抗のように、櫻井は呟いた。

 お前が練習もせずに取り巻きと喋ってたからだろうが、という言葉をぐっと飲みこむ。


「じゃあ悪い、櫻井。そっちはそっちで頑張ってくれ」

「……」

 

 最低限櫻井への気遣いだけを忘れずフォローし、赤石は櫻井を追い出した。


「…………分かった。皆に伝えとく」


 櫻井は落ち込み、うなだれ、とぼとぼと帰った。


「……」

「……」

 

 教室の中が静寂に包まれる。


 赤石は高梨から手を離し、高梨に向き合った。


「悪かったな、高梨。強引にこっちに引き込んで」

「男を誑かす魔性の女の気持ちだったわ」

「それはあんまり変わってない気がするけどな」


 特に中身のない軽口を交わす。


「でも、お前が嫌なら櫻井の所へ行ってもいいんだぞ?」


 と、高梨の自由を制限しない、という名目で赤石は言った。


「赤石君、あなた……」


 高梨は不服そうに口をとがらせ、


「それは私が聡助君のところに戻った時にあなたのプライドが傷つけられるのを恐れての発言かしら」


 そう言った。


「いや、別にそんなつもりは……」


 言いながら、途中で詰まった。

 そういうつもりは確かになかった。が、もしかしたら自分の心の奥底にそういう気持ちがあったのかもしれない。そうも、思った。


「なかったけど……もしかしたらそういう一面もあったかも……な」

「ふふふ」


 高梨は楽しそうに笑った。


「お前は……」


 お前は、お前はいつも人の心の奥底を見透かしたような顔をして、人に言い辛いことを平気で言っていくな。

 言うべき言葉ではないか、と思い直す。


「いや、なんでもない。じゃあ高梨、ありがとう、よろしく頼む」


 それだけ言って、赤石は踵を返した。


「赤石君!」


 その赤石の背中に、高梨が声をかけた。

 高梨は目元に柔らかさを残したまま、口を開いた。


「あなた、変わろうとしてるのね……」


「……」


 変わろうと、しているのか。


「…………そうかもな」


 曖昧な表情のまま、赤石は振り返った。


「よし、じゃあ今後のスケジュールと今までにあったことをもう一度話すぞ」

「恥ずかしがり屋さんね、ふふ」


 赤石と高梨は互いに席につき、話し合いを再開した。




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[良い点] ほんまにラスボス感あるな
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