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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第3章 文化祭 後編
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第91話 自主製作映画はお好きですか? 3



「高梨かい、お前演劇を放ったらかしてどうしてん、今頃」

「今頃とは失礼ね、三矢君。あなたたちを救いに来たんじゃないの」


 三矢と山本は顔を合わせた。


「赤石君、今ヒロイン役を演じる人がいなくて困ってるんじゃないのかしら」

「そうだな。今ミツの女装を話し合ってたところだ」

「止めた方が良いわね、それは」


 高梨はちら、と三矢を一瞥する。


「俺もそんなこと分かっとるわい!」


 三矢は高梨に近寄り、脚本を渡した。


「だから、私がヒロイン役をやってあげようと思って来たのよ」

「ヒロイン役を……?」


 赤石は怪訝な目で高梨を見た。

 

 どうして今さら。どうして櫻井の下の演劇班を離れて。

 いや、それ以上に。

 何があった。


 高梨は赤石の目を見ると、はあ、とため息をついた。


「女性が女性役をやらなくてどうするって言うのよ。ところで今更なんだけど、暮石さん、あなたは何をしてるのかしら、赤石君の横で」

「え、私?」


 突然に水を向けられた暮石が少し動揺した。


 ここでヒロイン役をやると立候補するべきか否か。


「いや……別になんでもないよ。大丈夫」


 だが、その思いはいとも容易く砕かれた。

 高梨がヒロイン役を立候補した以上、自分がヒロイン役を買って出る必要もなく、高梨と意見が拮抗することも望ましくはない。

 そこまで自分の意見を押し通す理由がなかった。


 暮石は一歩赤石から離れた。


「そう、なら問題ないわね。赤石君、私がヒロイン役をやってあげるから感謝なさい。演劇班には私が映画製作班に移動すると言っておいたわ。準備は万端よ」

「それはまたご苦労様だな」


 赤石は立ち上がり、三矢と高梨と話をする態勢に入った。


「まあ、ヒロイン役を誰も立候補しなかったのはおおむね予想通りね。あの脚本じゃ誰もヒロイン役をやろうなんて思わないわよ」

「いや、お前も脚本作りに関与してるだろ」

「せやで、高梨。お前も俺もアカも、皆の力を結集させて出来た脚本や。アカだけに責任を押し付けるんは酷やで」


 赤石と三矢が高梨と対峙する形になったところで、山本が入り込んで来た。


「まあまあ皆の衆、喧嘩は止めるでござるよ」

「何が皆の衆や、ヤマタケ」


 例によって、三矢と山本の小言が繰り返される。

 赤石は面倒そうな表情をしながらも、喜色を浮かべ、三矢たちの話に交じった。


 三人で今後の撮影スケジュールを立てだした赤石たちを他所に、高梨は嫣然と、昏く、微笑んでいた。


 脚本の内容をそれとなく操作したのは、高梨であり、その脚本が意味するところを知っているのは、高梨だけだった。







 一時間後――


 次の休日に公園での撮影をすることを決めた赤石たちは、その日の撮影が終わったことを告げ、解散した。

 クラスメイトたちは散り散りに帰り、三矢と山本は文化祭当日の放送を任されていたため、その準備に向かった。


 そして、教室には高梨と赤石が残った。


「赤石君、そういえば渡しておくものがあったわ」

「?」


 高梨は赤石に、文化祭に使うポスターを手渡した。


「これよ」

「……ありがとう」


 赤石は苦い顔をしながら、ポスターを受け取る。

 ポスターを見れば、嫌でも自分の愚かしさと向き合わなければいけなくなる。思い出したくない記憶が、ポスターを皮切りに追想される。


 八谷を拒絶し、神奈を悪罵し、ポスターの仕事も投げ出して逃げたあの日のことを。


「あの日赤石君が何も話をせずに帰っちゃったから、その時出てた案で仕上げたわよ」

「……ごめん」


 赤石は少し俯いた。そして、八谷との別離は未だ続いていた。

 高梨ははあ、と再三ため息をついた。


「あのね、赤石君。今さらになって後悔しても仕方ないでしょう。過去を後悔するんじゃなくて、未来を見据えて動きなさい。後悔しても過去は変えれないわよ」

「そうだな……」

 

 厳しい言葉を、投げかけられた。間違いなく正論ではあるため、赤石は高梨に向き合った。


「よし高梨、これからの話をさせてくれ」

「いいわよ。させてあげる」


 赤石はヒロイン役がいなかったことで男だけが出る撮影シーンだけが終わっている事、これからのスケジュールなどを高梨と話し合った。


「あ、あとついでに」


 赤石はポスターを持ち上げた。


「お前、絵上手いな」


 ポスターを横に、高梨を見た。


「それはありがたい言葉ね。でも私を褒めて褒め殺して惚れ落とそうとしても無駄よ。自分の力で何とかしなさい」

「なんでだよ。お前は櫻井の正妻って自称してるだろ」


 高梨はふふ、と笑った。


「櫻井君の正妻を自称してる人が、果たして櫻井君を好きなのかしらね」

「…………」


 どういうことか。

 赤石は高梨を見た。本当は櫻井以外に慕う人間がいるかのようなセリフ。そしてそのセリフを今発言する意味。


 途端、教室の扉が勢いよく開かれた。


「高梨、何でお前映画製作に行っちまうんだよ!」


 扉に手をかけたまま、高梨に声がかけられる。息を切らし、肩で呼吸する櫻井が真剣な表情で、高梨を見た。


「なあ高梨、お前なんで映画製作に行っちまうんだよ! 演劇に戻らないのか?」


 櫻井はずけずけと赤石と高梨の間に割り込み、赤石を押しのけた。


「映画製作のヒロインがいないみたいだから私が手伝ってあげようと思ったのよ。さすがに映画が出来上がらないのはまずいでしょう?」

「それは……そうだけど……」


 櫻井は俯く。


「でも……」

 

 言葉を詰まらせながら、


「でも、俺はお前に演劇班にいて欲しいんだよ!」


 声を荒げて、そう言った。


「俺はお前に演劇班にいて欲しいんだよ! 皆で始めたんだから、皆で終わらせてぇんだよ! ここで高梨が欠けると皆で終わらせれない。それは嫌なんだよ!」


 櫻井は思いの丈を、高梨にぶつけた。

 

 自身の思いの発露。一緒にいて欲しいという、自身の欲求。

 櫻井は隠すことなく、臆面もなく、高梨に宣言した。


「…………」


 そんな櫻井を、赤石は冷えた目で見ていた。


 ああ、余りにもラブコメの主人公然としているな、と。そう、思った。


 取り巻きの一人が他の男に取られそうな場面に颯爽と駆けつける主人公。まさにその一幕。

 だが、果たしてそんな行動が男らしいと褒められてしかるべきなのか。

 俺はお前に一緒にいて欲しいんだよ、お前がいないと、皆でじゃないと嫌なんだよ、と独善的な正義を振りかざし、取り巻きをがんじがらめにする。


 自分の要望を伝えながらも、飽くまで恋人として選ぶことはしないどっちつかずな対応。それで恋人として見初める訳でもない、不誠実な対応。


 何を独善的にそんなことを言っているのか。

 櫻井の視点から見れば、さしずめ自分が悪役なんだろうな、と思った。


 取り巻きをかどわかす悪辣な男。そしてその男の魔の手から救い出す主人公。読者は盛り上がり、よくやった主人公、お前は女を救った、と万雷の拍手をもってして称賛する。

 

 あんな男に捕まらなくてよかったな、主人公が助け出してくれてよかったな、と安堵する。そして、さんざ弄んだ挙句恋人に据えることもなく、盛大に、こっぴどく振り、あたかもハッピーエンドかのような雰囲気を醸し出しながら物語の結末が語られる。


「……」


 馬鹿らしい。

 

 赤石は櫻井の行為を前にして、鼻で笑った。

 

 実に、馬鹿らしい。


 ラブコメで、交際後の取り巻き達の姿が描かれることは少ない。それはどうしてか。


 こっぴどく振っておいてその後も友達として付き合うとしても、今の恋人を振り、取り巻きと付き合うとしても、どちらにせよ主人公を好きになることが出来なくなるからだ。


 ラブコメにハッピーエンドは存在しない。

 

 ラブコメの主人公がハッピーエンドを遂げられると思うな。


 赤石は強く、櫻井を射抜く。


「とにかく高梨、俺は皆で演劇を終わらせたいんだ! 高梨、帰って来てくれ!」


 櫻井は高梨の手を掴み、駆けだした。


 がらら、と扉を開ける音が聞こえる。


 だが、高梨はそこで一時停止した。


 否、停止させられた。


「櫻井、それは勘弁願いたいな」


 赤石が高梨の空いた手を、掴んでいた。



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