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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第1章 ラブコメ ヒロイン活動編
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第9話 櫻井聡助はお好きですか? 4

2025/04/27(日)セルファー → ツウィーク



「悪い恭子、ちょっとこれ持っててくれね?」

「え? えぇ、分かったけど、うん」


 櫻井は八谷に自身の学生鞄を手渡し、駆けて行った。

 櫻井が急に不在になったところで、八谷は赤石に注意を向けた。赤石が何一つ言葉を発さず、自分たちの背後をついてきたことに、遅ればせながら気付く。


 赤石はおとがいに手を当て、少し俯きつつも険悪な顔をしていた。


「あんた何神妙な顔してんのよ」

「あ?」


 八谷は赤石に話しかけ、話しかけられると思っていなかった赤石は少し目を剥き、顔を上げた。


「何よあんた、私が話しかけるのがそんなにおかしかったわけ?」

「いや……少し、考え事をしてただけだ」


 その考え事が、櫻井は下心に満ち溢れた自己中心的な正義を振りかざす男である、ということは八谷には言えない。


 八谷は赤石の隣になるよう少し歩調を落とし、並走する。

 赤石は何も言わないので、八谷は櫻井の向かった方へと顔を向けた。


 櫻井は、自転車の横で立ち止まり不安気に左右を見渡している女性の下へと駆けていた。


 何の見返りもなく人の手助けをする櫻井を見て、八谷は薄く頬を染める。

 どうして彼はこうも優しいんだろう、と、自身の恋心が更に一際育つことを自認する。


 八谷は赤石に声をかけた。


「見なさいよ赤石、あれが聡助なのよ」

「……」


 赤石は八谷に言われるよりも前に、自転車の前で困惑している女性と、その女性の話を聞いている櫻井の姿を捉えていた。


「あれが聡助なのよ、赤石。何の見返りもなく人助けできる、根が優しすぎる、あんたとは大違いね」

「それは全くその通りだな」


 赤石も櫻井の様子を見て、完全に同意する。

 自分にはあんな真似は絶対に出来ないと、自認していた。


 確かに、困っている人を見れば助けようとするような人間は自他ともに認める聖人だろう。根が優しいだとか、そういう風な評価を受けて然るべきだ。


 ただ、それをいつどこでも行えるなら。


 今、赤石と八谷の目があるからこそやっているような人助けであり、普段そのような状況に遭遇しても助けない可能性はある、と、そう考えていた。


 どこまでも執拗に、腹黒く、人の善意を信じることが出来ない赤石は、今の櫻井の行動すらも、八谷の好感度を上げようとしている厚意なのではないかと、邪推する。


 だが、今回だけでそう決めつけるには余りにも早計なので、八谷の言葉に同意せざるを得ない。


 櫻井はどうやら女性の自転車問題を解決したらしく、手を真っ黒にさせて戻って来た。


「いやぁ、悪い悪い。恭子、ありがとな」

「いやそんなことはいいんだけど、聡助、手が真っ黒じゃない!」

「あぁ……なんかあの女性、自転車のチェーンが外れたらしくてさ、チェーン触ってたらこんなに真っ黒になっちまったわ、あはは。困ってる人がいたらやっぱり放っとけないだろ?」

「あははじゃないわよ! ほら、手出して」


 八谷は櫻井の手を持ち、鞄からハンカチを取り出し、櫻井の手を拭いていた。


 見れば見るほど偽善に見えてしまうな、と多少自責の念を持ちながら、赤石はその様子を見る。


「ごめんごめん、恭子。このハンカチ、洗って返すわ」

「いいわよ、大丈夫だって! ほら聡助、帰ろ?」

「…………そうか、じゃあ帰るか」


 櫻井と八谷は先ほどよりも距離を縮め並走し、赤石はその後ろを歩く。


 その後三人は学校の最寄りの駅につき、櫻井と八谷とが都市部の駅で降り、赤石はその次の駅で降りた。




 赤石の本来降りるべき駅は、櫻井と八谷とが降りる都市部の駅だった。









「おはよう、赤石!」

「……? あ……あぁ、おはよう」


 翌日、教室へと入って来た櫻井は、赤石に挨拶をした。


 昨日の一件で櫻井は赤石に対する距離を縮めたと実感したのか、唐突に挨拶をする。

 

 赤石はそれでも櫻井を批判的に見る。

 赤石自身、女に積極的に話しかけるような人間ではなく、そのことが昨日の一件で証明されたので、今後女を誘い出すための口実として利用されるのではないか、と。


 櫻井は赤石に挨拶をした後、例によって自分の席に戻り、取り巻き達と談笑をした。


 赤石はやはり昨日の櫻井の偽善者じみた行動に得心がいかず、櫻井に少なくない不信感を抱いていた。

 だが、ようやく八谷と櫻井との関係性も終わり断ち切れると安心したところで、赤石は自身のペースを取り戻した。


 



 その日一日をつつがなく終え、特に何かしらの行動をとることもなく、いつもと同じように赤石は家へと帰宅した。




 サクライ   

  昨日は恭子と赤石と飯を食いに行った。

  赤石と恭子が仲違いしてたみたいだけど、仲直りさせることが出来て良かった。

  (写真を表示する場合ここをタップ)



「…………」


 SNSアプリ『ツウィーク』

 日々の日記やその日その時思ったことを文にして投稿するアプリであり、その利用者は数億を超える。

 赤石も例に漏れず『ツウィーク』を利用している。


 赤石は自室で、所在なさげに『ツウィーク』の皆の投稿を見て回っており、そこで櫻井のアカウントを見つけ、櫻井の投稿したものを遡っていた。


「…………」


 昨日の赤石と八谷との仲違いの様子が、櫻井のアカウントによって投稿されていた。反射的に写真をタップすると、赤石の感知しない間に撮ったであろう料理の写真が写された。

 向かいにいる赤石のハンバーグと、櫻井、八谷のナポリタンとカルボナーラ。


「…………」


 取り留めのない、どす黒い感情が赤石を支配する。

 心に、大きなしこりを作る。


「なんでこいつは……」


 なんでこいつは、こんなことをしてるんだ。

 呪詛が、悪態が、毒舌が、僻みが、文句が、口を開くたびに漏れ出る。


 そして、同級生のアカウントを見つけたからといってその投稿を遡り見ている自分にも、嫌気がさす。


『赤石と恭子が仲違いしてたみたいだけど、仲直りさせることが出来て良かった』


 『仲直りして』ではなく『仲直りさせることが出来て』。文字を見るたびに、吐き気がする。


「偽善者」


 櫻井を表すのに、偽善者という言葉しか浮かばなかった。

 

 赤石が頼んだわけでもないのに自分勝手に八谷と自身とを仲直りさせ、それも赤石のことを放逐していたにも関わらず、あたかも自分の手柄であるかのように、SNSで拡散する。

 善意を、他者にひけらかす。いや、ひけらかすために仮初の善意を行ったのかもしれない。

 櫻井のその投稿には、その取り巻きと思われる女たちからの返信も来ていた。


 初冬

  サクライ変態!


 しおりん

  昨日そんなことしてたの⁉


 確証はないが、恐らくは取り巻きの五人のうち二人が返信をしていた。

 その二人に櫻井は返事を返し、何度かそれが続いていた。


「…………」


 赤石はスマホを手から放し、ベッドに放り投げた。


「…………」

 

『仲直りさせた』


 その文言が、赤石の胸を貫く。


 赤石はこの時、完全に櫻井のことを決めつけた。


 偽善者である、と。


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