プロローグ
とある高校のとある二学年の教室の一角で今日も甘美な理想郷が形成され、数多の嬌声が教室に響き渡っていた。
その様子を怪訝に見る者、羨望を灯した眼差しで見つめる者、憧憬を抱くもの、悪意や敵愾心に染まった視線を注ぐ者、無関心な者、無関心を装っていながらもその方向をつい反射的に見てしまう者、様々な感情を抱いた学徒たちが、その者たちを眺めていた。
「あら聡助君、このシャーペンは私があげたやつよね。使っててくれて嬉しいわ」
「いや、こんな所でそんなこと言わないでくれます!?」
「聡助~、今日も格好いいよ~、大好きだよ~」
「はいはい、お前はいつでもそれだな」
「さ……しゃくらい君、これっ…………!」
「お…………おう、ありがとう。何でまたプレゼントを?」
「櫻井君おはよう、今日も天気良いね」
「あっ……水城……そうだな、天気いいな」
「ちょっ……あんた! 今しおりんの胸見たでしょ!?」
「みっ……見てる訳ねぇだろ! 何でお前は毎回毎回殴ってくんだよ!」
そこには一人の男と、五人の艶麗な女がいた。
ここはとある高校の二年生のとあるクラス――
そこで今日も姦しい空気が流れていた。
言うまでもなく、この五人の女は一人の男が好きである。
男は鈍感なのか鈍感であろうとすることで現状を保とうとしているのか、その女達の好意には一切気づいていない。
俗に言うラブコメの主人公、である。
そんなラブコメの主人公である櫻井と、それにまとわりつく五人の女を観察している一人の男がいた。
彼女はなし、成績は上位二〇パーセントには入るが、これといって目立つ人間でもない、ごく一般的な一人の男。
主人公の親友というわけでもなければ、友達ですらない。自分を人生の端役であると認識している男。
ラブコメの主人公然とした一人の男を見るにつけて、この男は常に疑義を抱いていた。
どうしてこんな奴がモテているんだろうか、と。
大してルックスが良い訳でもなく、かといって勉強が出来るわけでも運動が出来るわけでもない、自分たちと似たような一介の男子学生がどうしてモテているんだろう、と。
赤石悠人は、疑問に思っていた。
赤石は、非常に合理的であり、効率的であり、道理に合わないことを何よりも嫌う。
女を誑かし、ただ一人の女に定めるわけでもなく、かといって全員を無下に扱っている訳でもない、そんな不埒な男がモテる。
そんな道理に合わない状況を目にして、いつも疑問に思っていた。
これは、そんなラブコメの主人公と、その存在を疑問に思っているモブ男子学生の話。