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竜の亡骸は始まりの島で翼を広げる  作者: 白布ツグメ
東の国編 竜医の章
7/22

薬屋と汚れ役(上)

 階段を上る。自分の部屋に行き、手ぬぐい、下着、それと巾着を出した。


 ミズキの下着も私ので良いわよね? それと手ぬぐいは…… そうだ、この前買ったのがあるわ。


 1階に降りて、作業場に置いてある新品の手ぬぐいを1本取った。


 あの子に出会ったの、これを買った帰りだったわね。もう1週間前経つのね…… あっという間だわ。


 擦り傷だけだから良かったものを。


 今は服に隠れている膝の傷を思った。


 作業場を突っ切って、店のおもてに出る。二人分の下着を巾着に入れた。

「ん、荷物よ。」

ミズキにか巾着と新品の手ぬぐいを、ぐいと突き出す。

「はい、はい。」

彼女はそれをかったるそうに受け取った。


 机には私が書いた漢文の解説書があった。


 読んでくれているようで、書いた身としては何よりね。小さく笑った。ミズキに見られたら恥ずかしいから、すぐに表情を戻したが。


 ミズキに「行きましょう。」と言って、玄関へ向かう。


 先に靴を履いて、戸を開ける。振り返えったら、ミズキは靴を履いている最中だった。どことなく、それが”昔の記憶”と重なった。

「靴べら、あるわよ。」

私は、できるだけ冷たく言った。

「あら、そうなの。」

「いるの? いらないの? 」

「履けたから大丈夫よ。」

ミズキは不機嫌そうに返した。


 銭湯へは徒歩5分程度。ミズキはずっと私の半歩後ろを付いてきた。

「ここよ。」

私が止まる。


 ミズキはその建物を、物も言わず、暫く見上げていた。

「ミズキ? 」

何かあったのかしら。ミズキに続いて、また人が落ちてくるの? 溜まったもんじゃないわね。今度はあなたが当たりなさいよ。

「ああ、ごめんなさい。思ってたより大きいわね。」

何だそんなこと。確かに、そこらの村とか街とかの銭湯よりは大きいだろう。

「そう。銭湯は使ったことあるのよね? 」

彼女にはここの常識が通用しないことが多すぎる。一応、確認しておかないと。

「無いわ。」

ああ……

「分かったわ。使い方も一緒に教えるわ。」

私は半ば呆れていた。


 銭湯に行かないなんて…… この子、それなりの金持ちか、それとも相当貧乏だったのかしら?


--------


 銭湯は俺が思っていた物より遥かに大きかった。旅館か何かかと思ったぐらいだ。図書館と言い、ここのスケールは大きすぎる。


 それ以上に驚きなのは、入り口から見る限り、その銭湯の人口密度は俺が知る銭湯のそれとほぼ同等なのだ。もの凄い人数が利用してるってことになる。


 建物に入ったら、まず受付を済ませた。一人5ケント(0.05ロッド)だそうだ。それから靴を下駄箱に入れる。木の札を抜くタイプの鍵だった。俺は女の子と同じ下駄箱に入れた。札の番号は”肆佰陸よんひゃくろく”だった。


 女の子と一緒に……女子更衣室に行った。


 さっきから心臓がバクバク鳴っている。


 大丈夫……だよね? 捕まったりしないよね?


 不安になって、スカートに手を突っ込んだ。大丈夫だった。とりあえず、俺は女ということで間違えないようだ。

「よし。」

意を決して服を脱いだ。

「早くしなさいよ。」

既に裸になっている女の子が、隣から冷たく言い放つ。


 そういえば、裸を見るのは初めてだな。……当たり前か。


 つい、隣にいた裸の彼女をまじまじと見てしまった。病的なまでに、というのが似つかわしい、真っ白な肌だった。どこまでが衣服の下だったのか分からないくらい、全体的に白い。

「な、なによ。ジロジロ見てないで、さっさと脱ぎなさいよ。」

女の子が赤面する。そんな表情もするんだな。思わず微笑みそうになった。

「ああ、ごめんなさい。」

軽く謝って、さっさと服を脱いだ。


 服は彼女とロッカーのような物に入れた。彼女と同じ所である。その方が鍵を管理しやすいのだと。


 鍵は女の子が預かってくれた。「あなたに預けたら不安で仕様が無いわ。」とのことらしい。案の定っちゃ案の定である。


 さて、健全な男子諸君だったら、美少女と一緒に裸で風呂なんて最高だと思うだろ? でも、俺はこの体になってから、そういう物に興奮しなくなっているんだ。


 見た目が幼くなったら、性欲に当たるものも幼くなったみたいだ。まだ男の裸をまじまじと見てはいないが、おそらく――性的な意味では――何も思わないだろう。


 ま、あの女の子の妹として振る舞う文にはその方が都合は良い。


 そんな風に思って、俺は気にしていない。


 ――女湯は人でごった返していた。当然だが、皆が皆、あの女の子がみたいな美少女ってわけではない。皆が美少女なら、美少女って言葉は生まれない。


 そりゃまあ、赤ちゃんからヨボヨボの婆さんまで各種女性がいた。これだけの人が集まればそうなるだろう。


 もしかしたら、婆さんは昔は美少女だったのかもしれない。赤ちゃんは美少女になるのかもしれない。しかし今はそんな面影はないし、美少女しかいない世界なんてありえないから……ね?


 ま、男湯も同じだろうな。美少年だらけの男湯なんて、それはそれで気持ち悪い。




 風呂から上がって、デカい畳敷きの部屋に行く。

「ミズキ、飲みたい物、ある? 」

その部屋には売店のようなところがあり、飲み物を販売していた。

「いや、特に。同じので良いよ。」

考えるのが面倒臭かった。

「そう、じゃあ、テキトウに選んじゃうわね。」

その時、女の子の後ろに一人の男が現れた。


 年齢は60か70くらいだろうか。白人っぽいという前提を付ければ、どこにでもいそうなお爺さんである。シワの目立つ顔にはほうれい線がはっきりと出ている。人懐っこそうな顔をした、白髪の、やや小柄な男性だ。そんなによぼよぼでもない。


 彼は女の子の方をポンポンと叩いた。

「あら…… そうだったわね。船が着いたってことは帰って来てるのよね。」

女の子は振り返り、その男を認めたようだった。

「”帰って”というよりは”寄って”のほうが正しいかな。部下がね、君がここに入って行くのを見た、と言うものでね。来てみたんだよ。」

「それはまた。」

「なーに、長く話すつもりはない。明日、あたりに行こうと思っていたのだがね…… また来てくれないかな? 」

「そうね…… ミズキ。」

え、突然、俺に話を振るの!?

「はい? 」

「後で、鍵、渡しちゃうから、先に帰っててちょうだい。道は分かるわよね? 」

「え…… ああ、うん、分かった。」

突然の展開すぎて、それしか言えなかった。

「という訳で、今晩行くわ。」

「うむ、了解した。いつも、迷惑をかけるな。」

お爺さんは人混みに巻かれて消えた。


 女の子が小さくため息を吐いた。

「あの爺さんはいつもいつも唐突なのよ。」

独り言だろう。

「――ああ、ごめんなさい。じゃあ、テキトウに買ってくるわね。」

女の子は売店の方に行った。




 家に帰る途中、女の子と別れる。口の中には、まだ、さっき飲んだ苺ミルクみたいな物の味が残っていた。

「じゃ、今晩は帰れないと思うから、鍵は閉めといて良いわよ。そうね…… 明日の辰の正刻(午前8時)ごろに帰るわ。」

女の子に鍵を渡された。


 家に帰る。


 当然、俺しかいない家は静かだ。


 玄関に置いてあったランプに火を点ける。光が廊下の奥まで届かない所為せいで、廊下の奥だけが不気味な闇を漂わせた。


 腹が鳴った。ああ、晩ご飯……食べてない。いまさら思ったって、後の祭りである。


 女の子に何を食べて良いか、聞いておくべきだったなぁ。なんて後悔をしながら2階へ上がろうとする。


 そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。


 一瞬ビクリとして、ドアの方を見る。ドンドンドンドンという差し迫るような音ではない。トントントン、トントントン、という感じの普通のノックである。

「あれー、いないかな―?」

聞き覚えのある男の声だった。


 えーっと…… そう、イヴァンだ!


 慌てて玄関に行き、ドアの除き穴から外を見る。俺の記憶にあるイヴァンと同一人物だった。

「どうかしました? 」

念の為、チェーンは掛けたまま、ドアを開けて聞いた。

「ああ、えーっと。」

「ミズキです。」

「ああ、そうそう、ミズキだ、ミズキだ。あいつはいないのか? 」

「明日には帰ってくるらしいですけど……」

「そうか…… じゃあ、また明日だな。」

イヴァンが言ったとき、また、腹が鳴った。

「夕飯、食ってないのか? 」

「……はい。」

「あの野郎…… 来い、俺もこれから食う所だった。」

チェーンを外し、ドアを開けて、外に出る。

「あんまり遅くなるのは困りますよ。」

「ああ、分かってる。」

ドアの鍵を閉めて、鍵を袖の中に入れる。

「――よし、じゃあ行くか。」

イヴァンが言った。

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