紅紫の図書館(弐)
また増えてる! アクセス数も多くて、驚くばかりです。
話題を変えるためだろうか。女の子は俺の持っていた紙を半ば無理やり取った。「じゃあ、これを出せば良いのね? 」とピラピラとそれを振った。
「ああ、頼む。」
男が言う。
「領収書もいるわよね? 」
「いつも通りだ。」
「分かったわ。2ロッド60ケント。」
「こいつに払えば良いのか? 」
男が俺のことを指差す。
「ええ、そうしてちょうだい。領収書は私の方で書いとくから。」
それだけ言って、女の子は店の奥に戻って行った。
ロッド? ケント? 何だそれ。きっと金の単位なんだろうけど…… ここは日本じゃないのかよ。”円”を使えよ。せめて”ドル”にしてくれ……
なんて思っていたら、男が硬貨をカウンターに置いた。
「ん? 」
思わず、疑問符が口から飛び出した。
見たこともない硬貨だった。長方形の板みたいな物だ。材質は……鉄かな。五という文字と”ミリツム商会”という文字が書かれている。偽造防止と思われる複雑な模様も刻まれていた。単位は思いっきり横文字なのに、硬貨は江戸時代のやつみたいだな。
「知らないのか? 」
男が言った。
「すみません。」
ここで謝るのはおかしい気がするが、そうしておいた。思えば昨日から謝ってばかりいる。
「ああ……」
男は悟ったような声を漏らした。
「——始めの客が俺で良かったな。代金ちょろまかすようなやつだったら、後であいつに殺されてたかもな。一応聞いておくが、100ケントが1ロッドなのは分かるよな? 」
「今知りました。」
即答である。
「え…… まあ、分かったなら良いか。拾い物とは聞いていたが…… で、金額の表記になるが、この五っていうのは5ロッドって意味だ。それで——」
男は懐からさっきと似たような物を出す。さっきより小ぶりで、数字の部分が”・〇壱”となっている。
「これが1ケント。商会が換金用に発行しているやつだから、厳密には、1ケント硬貨じゃないが、大体、この形で流通してる。」
「なるほど、分かりました。」
いや、いまいち分からない。商会? これは1ケント硬貨じゃない? どういうことだ。
とりあえず、まあ、この男は5ロッドとやらを払ったのだろう。1ロッド100ケントってことなら、さっきのは2.6ロッドってことか…… お釣りは2.4——2ロッド40ケントか。
「えーっと、お釣りは……」
お釣り用の金が入っていそうな入れ物を探す。
「確か、前と変わってなければ、足元にないか? 」
男に言われた。
足元を覗き込む。確かに、そこには、大きく”お釣り・売上”と書かれた引き出しがあった。
そこから”弐”と書かれた硬貨を1枚と、”.〇弐”と書かれた硬貨を2枚出す。どれもちょっとずつデザインが違った。よく見たら、硬貨に書いてある商会の名前が違う。
そういうことか。”換金用”っていうのはよく分からないけど、各商会がオリジナルの硬貨を発行しているのか。なんとも面倒なシステムだ。
これは後であの子に聞いてみる必要がありそう、か。
そう思いながら、その引き出しに入れられている他の硬貨も見てみた。入っているのはさっきのミツなんたら商会のやつを含めて3種類ほどだった。
これ以外にも硬貨はあるのか? そしたら、あの子に聞いてみた方が良いな。
そんなことを考えていたら、男に声をかけられた。
「おい、大丈夫か? 釣りの計算ができないのか? 」
心配されてしまったらしい。確かにこの調子じゃ計算をできないと思われても仕様が無いのかな。これでも高3なんだけどな。
「いえ、大丈夫です。ところで、お釣りって、同じ商会の硬貨で返した方が良いんですか? 」
頭をカウンターの下に突っ込んだまま聞いた。
「まあ、3大商会のやつなら大丈夫だろ。他は……客に拒否されるかもしれないな。とりあえず俺は3大商会ので頼む。」
3大商会…… 多分、あの三つのことなんだろうな。さっきの3種類の硬貨を思い出す。やはりそれ以外のもあるということか。
「分かりました。じゃあ、これで。」
俺はお釣りを渡した。
男はそれを受け取ると、懐に入れた。店内の椅子——カウンターの横辺り——に腰掛けたら本を読み始めた。
そしたら、二人目の客が来た。この客は口頭で薬の名前を言ってきたから、慌ててそれをメモした。その後、女の子を呼んで、そのメモを渡す。すると、金額を言ってくるから、先に精算を済ませてしまった。
そんな作業を1刻(30分)ほどしたら、一人目の客——例の男——の薬ができた、と女の子がやって来た。すでに店内には5人客がいる。
「イヴァン、できたわよ。」
女の子が言った。
へえ、あの男、イヴァンって名前なのか。名字? ではないだろうな。きっと下の名前の方だろう。仲良いみたいだし。
袋をイヴァンとやらに渡すと、すぐに女の子は戻って行った。
客はひっきりなしに来た。時計が”午”を指すまでには50人近く来た気がする。薬屋というせいなのか、客の数は時間帯で変わるということはなかった。売上は50ロッドくらいだろう。高いのか低いのかは良く分からない。女の子にそのことを話したら、眉をピクリと動かして「あら、やっぱり、今日は中々良いわね。」と言ったから、きっと良いんだろう。
午二つ時——11時30分——時計が鳴った。気がつけば女の子がカウンターの前に立っていた。
「一旦、休みましょう。」
手には鍵を持っていた。見れば、表の戸はすでに閉まっている。
いつの間に閉めたんだよ!? つか、休む気満々だな……
どうやら女の子は時間に正確なようだ。
まあ、休みが無いよりは、よっぽど良いか。かなりホワイトな職場なのかな。
昼食を食べるために、女の子と一緒に店の奥へ行った。
昼食は餃子のようなものだった。餃子をおかずにしてご飯を食べるのではない。その餃子みたいなのが主食なのだ。
”作業部屋”の机の上に、大皿でそれが置かれていた。無造作に山積みにされている。まだ湯気が立ち昇っていた。
こんなの、いつ作ったんだろう。
「ねえ、いつの間に、こんなに作ったの? 」
早速聞いてみた。このくらい、聞いても怒られないだろう。「へ? ああ、そこで買ってきたのよ。」
女の子は店があるのであろう方向を指差した。ああ、なるほど。買ってきたのか。
「——さっさと食べましょう。午後はもっと忙しくなるわよ。」
心底嬉しそうに女の子は言う。確かに売上は伸びるんだろうけど、そう嬉しそうに言わないでほしい。こき使われてる身にもなってほしい。
「さっきより? 」
「当然じゃない。今日から1週間は船団が寄港するのよ。確か…… 到着は正午だったかしら。そろそろ着いた頃じゃない? 」
「そうね。もう、正午は回ってるから。」
よし! 完璧な女言葉だろう。かなりあの女の子の影響を受けている気がするけど、それ以外にサンプルが無いのだから仕方無い。
あ、そうだそうだ、お金のこと、聞いておかないと。
「あの、お金のことなんだけど。」
「何かしら? 」
彼女が声のトーンを下げる。
「3大商会って何? 」
「え…… 知らないの? 」
今度はトーンが上がる。そして、女の子は餃子をポトリと落とした。え、そこまで衝撃的なことなの?
「あの…… 変な金は受け取ってないでしょうね? 」
「”変な”っていうのはちょっと分からないけど、”お釣り・売上”って書いてあった箱に入ってる種類のやつしか受け取ってないはずよ。」
「ああ、じゃあ、大丈夫よ。今後もそうしてちょうだい。」
彼女がほっ、とため息をついた。
良かった。とりあえず、今のところやらかしてはいないということか。
結局、午後は午前の倍くらい客が来た。船って言ってたけど、この辺に港でもあるのかな? そんなことを思う。
夜になって店を閉じた。電気が通ってないのか、明かりはランプである。一通り、店仕舞いを確認したら、中庭に面したあの部屋に向かった。
女の子が座っていた。
「ねえ、話があるのだけど。」
女の子が唐突に話し出した。
「何よ、あらたまって。」
女の子は一息入れる。おいおい、何だよ。今更、出てけ、と言われても困るからな。なんて思ったが、女の子はそんなことは言わなかった。
「明日、図書館に行かない? あなたに教えたい事があるの。」
それだけ言うと、女の子はご飯を食べ始めた。