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竜の亡骸は始まりの島で翼を広げる  作者: 白布ツグメ
東の国編 竜医の章
3/22

紅紫の図書館(壱)

またブックマークが増えてる! がんばりますよ!

 女の子の家に帰って来た。始終腕を掴まれていた。ここまではただの仲のいい二人組みだ。傍から見れば実際そうなのだろう。


 可愛らしい声で「逃さないからね♪」などと言われた。百合だろうか? GLだろうか? 断じてない。だって”(あなたのことは徹底的に働かせるから)逃さないからね。”という意味なのだろうから。


 ホラーである。


 ああ、そういえば、と玄関で彼女に聞く。

「おr——じゃなくて、私の名前は何てしたの? 確か名乗ってなかったはずだけど。」

「ああ”なつなしみずき”にしといたわ。言っとくけど、深い意味は無いわよ。名字は私のに合わせただけだし、名前はテキトウよ。」

そんな理由までは聞いてないんだけどな…… 態々《わざわざ》言われると、裏があるんじゃないかって思えちゃうんだけど。

「分かった。みずき、ね。で、漢字の方は? 」

なつなし…… 夏梨とでも書くのか? みずきは、水木、かな。

「へえ? 漢字は分かるんだ。スゴイスゴイ。」

おい、何で感心してるんだよ。分かるに決まってるだろ。そりゃ、常用漢字すべて書けるかわけじゃねえけど。というか、その棒読みはなんなんだよ。

「——”なつ”は季節の夏で、”なし”は無いっていう字よ。みずきは考えるのが面倒臭かったから仮名ね。」

「仮名………… ああ、平仮名。」

「はあ? 片仮名に決まってるでしょ! 平仮名にして欲しかったの? その辺は女の子なのね。」

「え、あ、いや…… そういうわけじゃないけど。」

責めるみたいに言わなくても良いじゃないかよ。その辺は女の子、つてどいうことだよ。

「そう。なら良いわよね。」

女の子は無関心に、半ば呟きのように、言った。


 夏無ミズキ、ミズキ、ミズキ……ね。新たな名前を反芻した。


 夏無ね…… 名字だけで個人を特定されそうな、聞いたことも無い名字だな。この辺だと一般的なのか?


 にしても、”水木”じゃなくて”ミズキ”と来たか。せめて”みずき”の方が人名っぽいだろうに。


 女の子に連れられて、1階にある”作業場”というところに来た。理科室に置いてありそうなデカい机が1基、それと薬品棚と思われる物がところ狭しと並んでいた。その数は理科準備室の倍以上はある。

「うわぁ……」

「何驚いてるのよ。とっとと説明しちゃうわよ。」


 女の子は「これが1番から100番の棚で——」とか「あそこが通用口で——」とか言って、部屋のあちこちを指差した。


 そして「そうそう、これ、一応、作業着ってことで。」と言って、俺に割烹着を渡してきた。「私のお下がりよ。ありがたく使いなさい。運が良かったわね、私が取って置いてて。」などという余計な言葉も付け添えて。




 次の日、早速、俺は仕事場に出されてた。女の子曰く「今日は客が多いわよ。本当はあなたみたいなド素人、使いたくはないんだけど…… まあ、いないよりはましね。昨日の分は取り返してもらうから。」とのことである。


 任された仕事は接客。「え、あなたにこっちの作業なんか任せられるわけないじゃない。」だそうで、調合の方はやらせてもらえなかった。


 所謂いわゆるコミュ障ってほどじゃないが、人と接するのはあまり好きじゃない。できれば内側の作業にして欲しかったと思う。とは言え技術・知識共に無いのだから致し方無い。


 今は店の前を竹箒で掃いているところだ。なにせ店の目の前は砂が敷いてあるだけの道路だ。そこを大量に人間やら馬やら——何故か車は一台もいない——が行き交うのだから、砂埃が舞うこと舞うこと。お陰様で、ものの30分で店の前は砂まみれになってしまう。


 ラッシュアワーなのかな? これが1日中じゃたまったもんじゃないぞ。


 因みに、実は、まだ始業していない。営業前のお掃除を1時間以上やらされている。「掃除したってすぐ汚れるんだから、直前に一回やれば良いでしょ。」と言っても「この時間帯は特には人通りが多いから、掃除が大変なのよ。いくら開業前とは言っても、突然雨でも振られて店先がどろどろになってても問題でしょ。」と言って話を聞かない。


 一見、客のことを考えてるみたいだけど、俺をこき使いたいだけじゃないのか?


 そんな疑問が浮かんだ。


 そもそも、彼女は何もしていない。ただ俺に指示を出しているだ。やはり嫌がらせにしか思えない。


 そうそう、この薬屋は中世ヨーロッパをイメージしたファンタジーなんかで出てくるようなやつとはかなり違う。薄暗い店内に所狭しと怪しげな薬が並べられていて、店の奥にあるカウンターに店主が座っている、という光景とはかけ離れている。


 調剤薬局というのが第一印象だった。家全体の構造としては、京町家という表現が一番語弊がないだろう。昭和初期の薬局ならこんな感じなのかな、という感じだ。


 店に入ってすぐ、目の前にカウンターがある。代表的な物に関しては冊子になっているが、基本的にはカウンターで要件を伝えて調合してもらう、というシステムだ。西洋薬というより漢方薬のような物が多い気がする。薬品棚にも、いかにもな薬品より草とかキノコとかが多かった。


 振り返れば、女の子がカウンターで頬杖を付いて暇そうに、俺の方を見ていた。最高に冷めた目線を送ってくる。


 壁にかけられた時計は辰の正刻を指していた。8時だ。この女の子の趣味なのか何なのか、店の時計は”和時計”というやつである。文字盤には子丑寅……酉戌亥という十二支とそれぞれに干支に1〜4までの数字が振られている。1日を12等分して、更にそれを4等分しているのだ。30分刻みの時計ということになる。


 時計の中には大量の歯車がひしめき合って、ゆっくりと規則的なリズムをチク……チク……と取っていた。


 店は9時——巳の刻——になったら始業である。それまでは町の雑踏を眺めながら、ひたすら店の掃除をすることになるだろう。実に非生産的だ。

「ねえ、普段は、この時間はどうしてるの? 」

暇そうにしてるから訪ねてみた。

「掃除してるわよ。今日はあなたがやってくれてるから私は暇ね。」

へえ、普段もしてるんだ。本当か?

「手伝わないの? 」

すると彼女は即答した。

「何で手伝わないといけないのよ。」

こいつ……

「——あ、そうだ。」

突然、パンと手を鳴らすと、女の子は店の奥——作業場へと行った。


 逃げたな……


 ——時計の鐘が鳴った。見れば、針が”巳”を指すところだった。

「さて、始めましょうか。」

女言葉に慣らすことも兼ねて呟いた。


 まず、店の入り口である引き戸に”開業中”の札を掛ける。それから店に戻り、カウンターに座った。レジの代わりなのか算盤そろばんが置いてある。それとメモ用と思われる、紙と鉛筆があった。


 客はすぐに来た。カウンターに付いてからまだ5分も経っていないと思う。


 長身の、ひょろりとした男であった。年齢はいまいち分からない。麻のような材質の、黄褐色のマントを羽織っている。放浪者という言葉が似合いそうな雰囲気で、金はあるようには思えない。ポニーテールにした後ろ髪が印象的である。

「ん? 」

男は小さく声を漏らす。


 一旦、その男は表に出て店の看板を見上げてから、また入ってきた。

「まあ良いか。」

また独り言? 俺に話しかけてるんじゃないよね? ちょっと怖いんだけど…… 何もされないことを願おう。

「おい、そこの。」

今度は人を招くように手を一振りした。

「私ですか? 」

ついに俺に話しかけてきたか。そう思いつつもできるだけ愛想良く言った。


 その男は表情一つ変えずに「ああ、そうだ。」と言って、マントの中に手を入れる。


 1枚の紙切れを出してきた。

「これを頼む。」

その紙切れをカウンターに置く。

「あ…… はい、かしこまりました。少々お待ち下さい。」

その紙を受け取ってカウンター裏のスペースに置いた。


 それには、音は日本語であるが、意味が分からない文字列が並んでいた。例えば”オテズマデブブム”という文字列は発音できるだろうが意味が分からないだろう。そんな感じである。


 とりあえず、あの女の子に渡せば良いかな。

「おーい。」

店の奥に向かって叫ぶ。

「どうしたのー? 」

奥から彼女の声がした。

「お客さん。」

「何がいるのー? 」

足音が近づいてくる。

「紙に書いてあるからそのまま渡したいんだけど。」

「分かった。今行く。」

そんな会話をする。


 ガラ、と戸が開く音がする。女の子がカウンターの奥から顔を出した。その時、男の表情が少し変わった気がした。

「あら。」

女の子が驚いたような顔で驚いたような声を発した。

「知り合い? 」

まあ、そうなんだろうな。答えは予想できるけど聞いてみた。興味本位だ。

「ええ、そうよ。久しぶりね。いつぶりかしら? 」

「1ヶ月ぶり……になるな。こいつはどうしたんだ? お前、店を辞めたのかと思ったぞ。」

「昨日雇ったの。拾い物よ。」

女の子はぶっきらぼうに言う。おいおい、拾い物ってなんだよ。

「へえ、お前が? 珍しいこともあるんだな。それもまた随分と大きなものを。」

ああ、この男も…… だから、人を拾い物扱いするなって。

「ええそうね。気まぐれってやつかしら。名前が無いと不便でしょうから、ミズキ、としておいたわ。」

「ミズキ……ね。そういうことか。」

男が俺の方を見て、納得したように頷く。ん? その名前って訳有りなのか?

「ええ……まあ、そういうことね。」

女の子はその男にちらりと目配せをした。まるでこれ以上その話はするな、と言うように。


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