燃ゆる空の中(上)
前回の更新から1年近く経過してしまい申し訳ございません。実はこの話は既に投稿していると勘違いしていて次の話を書いていました。ということで明日も更新します。
ミズキをイヴァンに預けて、爺さんのところに向かう。昨日、既に荷物は渡してあるから、私だけが行けば良い。
こういう日に限って、馬鹿みたいに晴れている。雲一つ無い青空とは、正にこのことで、実に悪夢の様である。曇ってくれていれば、少しはマシであっただろうに……
なんて、空に文句を付けていた所で何も変わらないのだから、とっとと行ってしまおう。風が無い分ら今日の航行は比較的まともそうだし、全体としては、収支は合っていると思おう。
基地についたら、真っ先に爺さんのところに向かう。同業他社に会うのはその後だ。できれば会いたくない。むしろ死ぬまで会いたくない。まあ、とはいえ、同じ職場・同じ業種な以上、そんなことはできないから致し方無い。時には諦めることも大切なのだ。自分に言い聞かせる。
こんな時だというのに、爺さんは相も変わらずいつもの竜舎管理室にいた。もう少し、中佐としての威厳ってものはないのかしらね。
「さすが、重役は違うわね。」
嫌味っぽく言う。挨拶である。他意は無い。
「おや、来たのか。他の竜医にはあったのかい?」
私が来るのは分かっていた、とばかりに爺さんは待ち構えていた。
「後で良いわ。どうせ良くは思われてないでしょうし。」
できることなら、このまま会わずに済めば良いのだけれど。
「ふむ…… 君らしいな。」
「で、今回の担当はどの子なの? 先に会わせてちょうだい。」
「そういうことだろうと思っていたのじゃが、まさか本当にそうだとはな。」
爺さんが勝ち誇ったように言う。
「何よ?」
「いや、これと言って何かあるわけじゃぁない。」
何か思うところでもあるのだろうか。きっと、碌でも無いことに決まっている。
爺さんから許可証と竜の一覧を貰って、竜の方に行く。他の竜医はいない。静かなものだ。
竜舎の中は昼だというのに薄暗い。足元には藁が敷かれて、ふかふかとしている。費用を抑えるためだろうか、建物の強度に大きく関わる主要な部分は石材で作られているけれど、他は木材で作られている。鉄格子がついた小さな四角い窓からは、日の光が入り込んで、床を四角く切りに抜いている。
若干の獣臭さを感じつつ、竜の元に向った。私に任された竜は特に扱いが面倒くさいやつらのようだ。そういえば、こいつらの治療は私以外に回されたという話を聞いたことが無い。
むしろ、こいつらがいるから私に仕事が回ってきたのかもしれないわね。というか、絶対そうよね。
全部で4頭、他の竜医に比べると数は少ない。爺さんが配慮してくれたのかしら。他の竜医との変な蟠りは避けたいから、頭数は揃えてくれた方がありがたいのだけれど。まあ、こいつらのことはこの辺の竜医じゃ有名みたいだし、納得してくれることに期待しましょう。
――それぞれ、1刻ずつくらいで回って、確認する。4頭とも、1度は担当したことがある竜だから、顔を見せる程度で済んだ。どいつも中々難儀な性格なのだけれど、認めた相手にはとことん誠実なやつらだ。
私があまり顔を出していなかったことに拗ねているやつもいたが、竜が負傷しない限り竜医の出番は無いのだから勘弁してほしい。
かと言って、私に会うがために自滅されても困るから、偶には会いに行くことにしよう。そんなことのために、毎回毎回、竜騎兵が死んだんじゃ国が保たない。
事情を話せば爺さんは認めてくれるに違いないだろう。苦笑いしながらも、どこか楽しそうに許可を出す爺さんの顔が浮かぶ。
それから、爺さんのとこに戻って許可証を返す。乗り気はしないが、竜医のところへ向かうことにした。
きっと、竜医は大部屋に纏めて入れられているのだろう。これはいつものことだ。そして、どうせ流派ごとに屯しているのだろう。つまり、私は除け者って訳になる。これもいつものことだ。
事実、もう、そんなのには慣れている。実害が及ぼされないならそれで良い。
予想通りの大部屋だった。確か、前に爺さんが会議室だと言っていた気がする。この町の竜医を全員、掻き集めたのだろう。竜医は全部で10人、いや20人ってところだ。
一際大きい塊――6割程度がそこに属している――はシュエ派の連中だろう。この辺じゃそれなりに大きい流派だと聞いている。
部屋に入った途端、私に視線が一斉に集まった。各々、私が自分達の流派の人間でないことを確認すると、直ぐに視線をもとに戻す。誰か来ているかはそれぞれの流派で把握しているんだろうから、一々確認しないでほしい。
自分達の流派が絶対的正義であって、他には興味が無い、そういう典型的な竜医達で助かった。下手に私に興味を持たれると、対応に困る。
部屋の隅の方に腰掛け、本を開く。窓から日が差し込むお陰で、中々良い光源を確保できた。
どこの流派にも属していないことを察すような、変に頭の回るやつがいないのは喜ぶべきだろうか。竜医の質を疑うべきだろうか。
まあ、どちらでも良い。
結果として私が面倒ごとに巻き込まれないのなら、それが一番だ。
4刻程度の時間が過ぎる。その間、竜医達は忙しく準備をしていた。何度も部屋の内外を行き来していたし、部屋の中は、何かを話し合っているのか、実に姦しかった。
部屋に兵士が入ってくる。私よりちょっと年上ってくらいだ。平均よりやや若い。
そいつがもうすぐ出発する旨を伝えた途端、部屋の騒音は最大に達しする。
「煩い……」
私はその騒音で掻き消されるのを良いことに、呟く。
この状態に空間に長居はしたくない。
さっさと部屋を出て、船に向かった。
船は、紡錘形の浮袋を囲むようにして偽装が取り付けられている。浮袋の下に巨大な箱があり、そこで生活することになる。その箱の両脇には竜が飛び立つための台が縁側のように設置されている。なんでも、飛行船とかいう乗り物の浮袋を流用しているらしい。
竜は既に運び込まれた様で、兵士と思われる人間がぞくぞくと乗り込んでいた。
警備の人間に竜医であることを話したら、確認のために別の建物に行かされた。どうせ、出発を伝えたところで竜医はすぐには来ないだろう、と早めに伝えたらしい。ついさっき案内の兵士が竜医の方に向かったと聞いた。
どうにも馬鹿にされている気がするが、あいつらを見てしまうと、それも否めない。
私は案内の兵士が来る前に部屋を出てしまったというわけだ。
本人確認の後、許可証を貰う。いつものやつだ。
その許可証を首から下げるための細い鎖――チェーンと呼ぶらしい――をもらって、すぐに身に付ける。私が死んだときの身元特定に使われるらしい。
それから、改めて、船に乗り込む。
出発前とあって、船内は慌ただしく動き回る兵站兵と思わしき兵士達ではごった返していた。
それを尻目にかけて、許可証をもらった所で聞いた私の部屋を探す。船の部屋は流派ごとに割り振られているらしい。つまり、私は一人部屋ということだ。なにせ無所属なのは私しかいないのだから――
部屋に私の荷物があることを確認したら、特にすることは無くなる。戦闘でも起きない限り竜医は暇なのだ。まあ、私の場合、機嫌を損ねられるだろうから、時々あいつらに会っておかないといけないけれど。
1刻は過ぎただろう。部屋の前の廊下が騒がしくなる。声の高さからして女だ。竜医達が来たのだろう。あれから随分時間がかかったものだ。
できれば関わるのは避けたいな、と改めて思いつつ、寝台に横になる。ハンモックなんて言われているらしいその寝台は中々寝心地が悪い。
この遠征が何事も無く終わる――まずあり得ないけれど――ことを願って暫しの睡眠を取ることにした。