決断と決別
更新、遅くなり申し訳ありません。鬱回はこれで終わりです。次話も少しその傾向はあるかも…… それはともかく、あからさまなのはこの辺りで終わりです。
"女の子"とどう付き合っていけば良のか。何がいけなかったのか。考えていたら夜になっていた。なぜ、あんなことになったのか、検討がつかない。
一体、俺が何をしたと言うんだ。
その気持ちはいつしか女の子への怒りにも似た何かとなっていた。それがどんなに的外れなのかを分かっていても、この気持ちを持って行く先はそこ以外に無かった。俺はこの問題を他人の所為にして、その問題から逃げたのである。
結果、話すきっかけが更に減った。本当は普通にしていれば良かったのかもしれない。けれど、今、彼女に話しかけたら、喧嘩腰になってしまう、そんな気がした。
そうして、その日は必要最小限にも満たない——生活にそれなりの支障が出るくらい——の会話しかしなかった。
翌朝、目が覚めたら、窓の外から柔らかいノイズが聞こえてきた。
本日は雨らしい。
風も無い。サー、と雨の音だけがしている。
時刻を確認しようと起き上がる。その時、部屋の戸がノックされた。
あまりにも唐突だったから、ビクリとした。この家には俺を除いて一人しか人間がいない。つまり、戸の向こうにいるのは"女の子"である。思考が進むにつれて、遅延性の驚きがやってきた。
聞き慣れた声がする。
「ミズキ、ちょっと良いかしら? 」
震えがちな声は、いつも高圧的な女の子らしくない。あんなことがあったのだから、当たり前っちゃ当たり前だ。
どうしたら良いのか、戸惑いつつも俺は答えた。
「あ、うん。」
ここで彼女を拒絶したら、二度とまともに会話をすることは無いのではないか。そんな不安からの答えだったのかもしれない。間抜けと言われれば、否定はできない応答だ。そのくらい動揺しているのである。
彼女はそれに対して何も返答しなかった。
こちらから戸を開ける勇気は無くて、その前で立っていた。彼女はどこかへ行ってしまったのではないか。そんなことを考え始めたとき、戸が開いた。
彼女の表情には不安と緊張が滲み出ていた。それを見て、どういう訳か安心してしまった。
「どうしたの? 」
できるだけ心配しているように言った。
果たして俺は彼女を心配しているのか。嫌な疑問が残る。いや、本当に心配している対象は自分だろう。人間、自分が一番可愛いのだ。
そして彼女はそれにも答えず、俺の方に向かってくる。
――時が止まったような静けさが漂った。
——その後、何が起きたのか、暫く分からなかった。
「………………ど、どうした、の? 」
恐る恐る、聞く。
彼女の細い腕が俺の背中に回されていた。俺の視界は彼女の腹部から胸部で埋め尽くされている。つまり彼女に抱かれていたのだ。
彼女の方が身長が高い。肩の下辺りに、彼女の上腕が触れた。額の上で、彼女の吐息が聞こえた。「ごめんね。こんなお姉ちゃんで、ごめんね。」と呟く声が聞こえる。
きっと彼女は泣いている。そんな気がした。
そっと、彼女に抱き付く。とはいえ、身長は俺の方が低い。彼女の脇腹に腕を回す、という構図になる。
そしてそのまま彼女の胸に頭を埋めた。鼓動の音と共に、彼女のぬくもりが伝わってくる。
決して、思い詰めている女の子を見て、守ってあげたいとか慰めたいとか、そういうことを思ったのではない。
俺は小さく、「お姉ちゃん。」とだけ言った。それは彼女の胸を防音壁にして、彼女の耳には届かなかったのかもしれない。でも、その方が良い、という思いがあった。
それから、女の子泣き声が聞こえてきた。
大泣きというやつではない。もしかしたら泣いていないのかもしれない。だが、呼力の入り具合とか呼吸の仕方とかが、その音を泣き声なのだと思わせるのだ。
どれだけの時間が経ったのか、彼女が口を開いた。今度ははっきりと聞こえる声で言う。独り言でないことは分かった。
「ねえ、私はあなたのお姉ちゃんなのかしら。」
泣きそうな声である。泣いているのかもしれない。
「え……」
俺は言葉を詰まらせた。
今までは、あくまで姉妹の振りであった。そのはずだ。そして、ここで”はい”と言ったら、俺は彼女を姉と認めることになる。感情の面ではそのことに全くもって異論は無い。けれど理性、いや仕様も無い打算が異論を唱える。
”一応姉妹”程度の距離感の方が融通が聞くのではないか。あえて焦らした方が今後彼女に要求を通しやすいのではないか。いざこざに巻き込まれないためにも、今は認めない方が——
結局、俺は小心者だった。実に卑怯者だった。
「——私は……」
そこまで言って言葉を止めた。
「そう、そうよね。ごめんなさい。変なこと聞いちゃったわね。私達は形の上での姉妹よね。」
彼女の声がした。
——俺は彼女に答えを言わせたのである。彼女に答えを考えさせたのである。
俺は最低だろうか? ああ、最低だろう。
これで、俺と彼女は一応姉妹という関係が続けられる。更に俺は一言も姉妹ではない、と言っていない。彼女が言わせたのだ。
最高に最低な手段である。
ここまで来ても、俺には成り行きに任せるくらいしか能が無いのだ。色々と可能性を考えても、それを実行する勇気が無いのだ。
彼女は俺から手を離す。
彼女の方を見たら、部屋から出て行くところだった。後ろ姿しか見えない。
「今日は午後からにしましょう。」
女の子が戸を閉めながら言った。
戸が閉まる音ともに沈黙がやってくる。雨音がやけに大きくなったような感じがする。
ベッドに寝っ転がり、天井を見上げる。顔にかかった前髪を払い除けた。
大きく溜め息を吐いた。
窓から見える空には、雲がずっしりと居座っている。灰色の雲底には凹凸が殆ど無くて、のっぺりとしていた。
ずるずると重い時間が流れ、体感では1刻が経つ。
女の子がいたらちゃんと話そう、という決意と、いないで欲しい、という愚かな願いを胸に、廊下に出る。
愚かな願いの勝利であった。
薄暗い廊下には人影が無く、時計の駆動音だけがあった。
隣の部屋——女の子の部屋——の前に立つ。
ノックしようとして躊躇した。けれど、確認しておきたくて、ノックをすることにした。
反応は無かった。
意を決して戸を開ける。
しーん、というオノマトペが相応しいだろう光景が広がっていた。
そこには誰もいなかった。
ああ、やっぱり。
彼女がいなかったことに若干の安心感を覚えつつ、部屋を出る。
更にその隣の部屋に行く。多分、そこは倉庫だ。まず、彼女はそこにいないだろう。
案の定、ノックをしても反応が無かった。戸には鍵がかかっていて開けられない。試しにドアに耳をつけてみたけど人の気配は無かった。
1階に降りることにした。
なぜ彼女を探しているのか。
そんな疑問を、階段を踏みしめながら、感じる。
それには答えは見いだせないまま1階に来てしまった。”何となく”では説明ができない、使命感にも似た何かがあった。
ここ1ヶ月の間に、こんなにも彼女に依存していたのか、と実感する。考えてみれば、俺の生活は彼女ありきだった。なのに俺は彼女を裏切ったのだ。
感情が二転三転していた。怒ったり心配したり悲しんだり、と。
とにかくあの女の子を探さなければならない。
その思いだけは確かだった。
1階の全ての部屋を探して周った。道に面した店側から最奥の土間まで、全てだ。ところが、彼女は見つからなかった。
ただ一つ探していない所があるとすれば……2回の倉庫である。
もう一度、あの部屋に行ってみよう。
そう階段を登ろうとした時、上から足音がした。見れば、女の子がいた。
「あ……」
「あの、ね。」
そう言いながら彼女が階段を下ってくる。
「うん。」
「学校って、興味ある? 」
「ある……かしら。」
何の脈絡も感じられない質問。そんな答えしかできなかった。
「1ヶ月くらい先になるんだけど、行ってみない? ちょっと遠いから寮に入ることになるけど。」
ああ、"厄介払い"ってやつか。ピンときた。
「そうね。行ってみたいわ。」
彼女にこれ以上迷惑をかけたくはない。払われることにした。
「そう、良かった。」
彼女の顔色が少し明るくなる。
ああ、やっぱり。そうだったのか。
チクリと胸を刺す物を感じる。ただ、それが間違ったことだとも思えないのである。
黒い塊が残る。そんな感じだろうか。釈然としない、消化不良な感情を残しつつ、彼女との生活は再開した。
午前中、彼女は出かけるそうで、昼までは留守番となった。二人でも広いと感じる家に一人というのは、中々寂しいものではある。しかし今日に限っては、一人の方がまだましな気がした。
昼には彼女がいつもの高圧的な態度を取り戻していて、形骸的ではあるけれど、いつものようなやり取りをする。
店の営業には特に支障は出ず、とはいえ雲の晴れない1日が過ぎていった。
そして、彼女との関わり方は、分からず終いなのであった。
実は0時過ぎにアップしようと思っていたのてすが、忘れていました。12時間遅れです。土曜日なので許してください(笑)