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竜の亡骸は始まりの島で翼を広げる  作者: 白布ツグメ
東の国編 竜医の章
12/22

林苑に聞こゆ(肆)

更新、とんでもなく伸びてしまい、申し訳ありません。8月中旬まで、更新周期が不安定になりそうです。

 ミズキと夕食に行って帰ってきたら、イヴァンがいた。ミズキから話を聞いていなければ、その場で立ち尽くしたかもしれない。こいつが、この時間に突然来るというのはそのくらい珍しいことなのだ。


 ――今思えば、昨日、私が家にいなかったのは、運が良かったわね。だって、まともな対応できるわけ無いもの。特にミズキがその場にいたら。


 なぜ来たのか。それは想像がついた。これも話を聞いていたからだろう。


 ミズキには感謝しないといけないかしら?


 彼女に目をやる。大人しく立って、事の成り行きを見守るようだった。どうもこの子は、見た目の割に大人っぽい。


 うーん、分かっていたとはいえ、やっぱり、家には上げたくないのよね、あ・い・つを。まあ、店の方なら良いかしら。できればそれもしたくないのだけれど…… 仕方が無い。予想はしていたこと。対策をしなかったのは私の問題。


 ミズキに部屋へ行くように言って、イヴァンの方には外で待っているように言う。


 家に入って、内側から店の戸を開けた。


 片付けていた丸椅子を引っ張り出す。あくまで、ここは店であって応接室ではない。はたから見れば座談会だろう。ただ、今回に限っては、それもあながち間違いじゃない。

「お茶とかは出せないけど、良いわよね? 」

「ああ、構わない。もともと長居するつもりは無い。」

イヴァンが座って、フードを外した。

「一応聞いておくけど、どうしたのかしら? 」

私の予想と違ったら追い出してやろうかしら、などと考える。

「……ミズキの、学校のことだ。」

そいつは少し考えるようにしてから言った。

「ま、そうよね。」

私も腰掛ける。


 一度、店と家を隔てる襖に目をやった。大丈夫、ミズキはいない。念のため、席を立って、襖を閉め直す。


 ミズキを信用していないのかしら。いいえ、そんなことはないわ。それにもしかしたら――


 その疑問を振り払うべく、話を続ける。

「で、どうなのかしら? 」

そう話しながら席に着く。

「できないことはない。」

やや無愛想な言い方をされた。

「”できないことはない”というと? 」

歯切れの悪い答えに若干イライラしながら聞く。とは言え、答えの想像は大体ついていた。

「ああ。確実に、となると、軍がやっている――」


 やっぱり。そういうことよね。


 言い終わるのを待たずに、重ねて言う。

「それは駄目よ。言ったでしょ。私はあの子を軍に関わらせる気は無いって。」

この前、図書館でした話しを覚えていないのかしら。

「分かっている。だが、そうなると、後半月(はんつき)はかかるぞ。それまで隠し通せるのか? 」

舌打ちをする。

「チッ…………やってやるわよ。」

「厳しいのは重々承知、というわけか。」

イヴァンがあからさまにため息をく。

半月(はんつき)ならなんとかなるわ。」

「手続きを含めると、1ヶ月はかかるが? 」

「……他に手は無いんでしょ? 」

「まあ、な。」

「なら仕様が無いじゃない。船が出ていってしまえば、また暫くは大丈夫なのだし。まさか西と戦争が、なんてこともないでしょう? 」

「……分かった。なら、そうしよう。」

微妙な間を空けて言い、腰を上げた。


 椅子を片付ける。イヴァンを見送ろうと、外に出た。

「ああ、そうだった。」

あいつが振り向きざまに言う。

「言い忘れでも? 」

と言いう私は、何を言いたいのか大体分かっていた。そもそも、本当に話したかったのは、ミズキの学校のことじゃないんでしょ? わざわざ言うまでもないとは思うけど。

「そうだ。」

「…………それは、また、今度で良いかしら? 図書館なんかで。」

学校のこと以上に、ミズキに聞かれるのは良くないと思う。私は予め用意していた回答をした。

「……それもそうだな。」

イヴァンが2階に目を向けた。どうやら私と同意見のようである。とりあえず、さっきの会話中にその話を出さなかったということは、認識はあいつとほぼ一致しているのだろう。


 イヴァンの背中が見えなくなるのを、確実に確認して、店に入る。

「一雨、降りそうね。」

空には、星が全く見えなかった。湿っぽい、生ぬるい空気がねっとりと動いていた。


 明日は曇り? それとも…… 夜のうちに止んでいれば良いんだけど。


 その後、ミズキの部屋に様子を見に行く。ミズキは机に突っ伏して寝ていた。

「もう。」

ミズキを動かそうとする。しかし動かない。

「あら、意外と重いのね。」

ちょっと驚く。そしてすぐに突っ込みを入れる。いや、私の力が足りなすぎるのよ。毎日、座ってばっかりいるから、と。

「少しは運動した方が良いのかしら。」

……なんて言いつつ、そんなことをする気は更々無いのだが。


 風邪、引くわよ。布団を寝台から取って、ミズキに掛けた。

「みずき……」

ミズキの髪を撫でる。私のとは違う綺麗な髪だ。

「ん……」

その少女は寝言と共に私の手を払い除けた。

「あらあら。竜医の手は臭いかしら。」

自嘲気味に呟くと、手を引いた。ランプの火を消して、部屋を出た。




 朝、目が覚める。天気は曇だった。ギリギリ降らなかったという感じで、灰色の雲がどっしりと腰を据えている。


 下から物音がした。


 泥棒? まさか。


 部屋を出て、ミズキの部屋を叩く。応答は無かった。


 戸を開けば、そこは空室である。


 やっぱり。


 一旦、部屋に戻ってボサボサの髪を撫で付ける。


 1階に下りて、店の戸を開けた。

「あら。」

驚いた雰囲気を出して言ってみる。その方が自然じゃないか、と思ったから。

「今日、早く起きちゃって。」

ミズキ言う。


 それから、ミズキに水汲みの仕方を教えて、私は部屋に戻る。着替えて、髪を結んで、ミズキの着替えを用意した。


 台所に行って、ミズキに着替えてくるように伝えた。そして、朝ご飯を作り始めることにする。


 降らなくって良かったわ。


 竈に火を入れながら思う。なにせ雨の日は客が半減するのだ。


 ミズキとしては、勉強時間が減って残念かしら?


 客のいない時間帯、ひたすら本を読むミズキを思い出す。


 世間の子供はあんなに真面目じゃないわよね? あの子、そのうち体を壊すんじゃないの? 心配……しなくても大丈夫かしら。あの子、見た目の割に体力があるみたいだから。


 そんな多愛も無いことを考えながら、料理をしていた。


 ふと、背後で、戸が開く音がした。


 あら、着替え終わったのね。今度は何を手伝ってもらおうかしら。


 振り向こうとする。


 その時、突然、声がした。

「姉さん、何か手伝う? 」

その言葉に、一瞬、頭が真っ白になった。


 みずき……?


 そんなはず……ない。


 顔が冷たい。手が震える。


 だって……もう……


 持っていた包丁がカランと落ちる。


 私は、正体の分からない恐怖と、バカバカしい期待を抱いて、硬直する体を動かす。


 私の目はミズキを認識した。


 ミズキだ。そう、ミズキだ。それ以外であるはずが無い。けれど、その声は……まるで。


 何か言わないと。

「あ………… ミズキ、どうしたの? 」

そうして声になったのは、本当に本当に意味の無い言葉だった。


 ミズキが何か言っている。けれども言葉が頭に入ってこない。

「いえ、大丈夫よ。」

とにかくそう言って、包丁を拾い上げる。まだ手が震えている。


 消そうとしても、呪いみたいに、みずきの残像は無くならない。

「そうよね。私があなたの姉だって言ったのは、私自身だものね。」

自分に言い聞かせる。その残像を一刻も早く消し去りたかった。




 結局、微妙な雰囲気のまま、その日の仕事に取り掛かる。


 まさか、こんなに驚くなんて。まだあのことを引きずっているのかしら。あの子にはどこまでを伝えたら良いの?


 いや、過去のことを態々あの子に言う必要は無い。


 ミズキはミズキなのだ。


 とはいえ…… せめて竜のことくらいは話した方が良いのかしら。


 いや、でも、あの子はそれをどう思う? 侵略者である竜を私が――


 暇があれば作業場で考え込んでしまう。ミズキはミズキで何か考え込んでいるようで、今日は私が書いた教科書もどきには手を付けていなかった。


 ――そんな感じのまま、その日は終わった。


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