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竜の亡骸は始まりの島で翼を広げる  作者: 白布ツグメ
東の国編 竜医の章
10/22

林苑に聞こゆ(弐)

また1週間経ってしまった…… 申し訳ないです。

 朝起きたら、見覚えの無い部屋にいた。いや違う。見覚えはある。いつもと違う光景が広がっていたのだ。


 暫く何が起きたのか分からず、ぼうっとしていた。


 間取りは私の部屋に殆ど同じ。内装は地味。物が少ないと言う方が的確だろう。私の部屋がごちゃごちゃしている、ということも、また事実なのだけれど。


 ここがミズキの部屋であることは明白であった。


 次第に意識がはっきりとしてきて、数刻前のことを思い出してくる。

「あ……」

思わず口に手を当てた。大きな声を出しそうになるのをこらえる。


 そうだ。私。さっき、寝ぼけてミズキに…… 顔が熱くなる。誰も見ていないのが幸いだっただろう。

「弱いとこ、見せちゃったかな。」

恥ずかしさと後悔をごまかすように、窓の外に目を向ける。分かりきってはいたけど、バカみたいな快晴だった。


 「ちょっとは私の気持ちも考えなさいよ。」と空に怒りをぶつけてみる。他にぶつけられる相手がいない。


 覚えているのはミズキに抱きついた、ってことだけだけど、他に何かやらかしているかもしれない。寝ぼけていたとはいえ、あんなことをした、あの時の私を殴りたい。


 ……もう、このことは覚えてないことにしときましょう。知らぬ存ざぬを通す。それしかない。


 だけど、間違えたのが”こっちの部屋”の方なのは不幸中の幸い。これに関しては本当に運が良かった。


 安堵の息を漏らす。


 もういっそ、二度寝してしまおうかしら。


 …………って、時間!


 ほっとしたら現実に引き戻された。


 慌てて、時計を見ようと廊下に飛び出す。そしたら、下の階から店の掃除をする音が聞こえた。それに一安心する。ミズキがやっといてくれたのなら、始業に支障は無さそうだ。


 懐かしいな。昔はこうだったのよね。


 一安心ついでに、しばし、感傷に浸ってしまった。


 っと、またぼうっとしてた。このままミズキに任せてしまうのは良くないわね。むしろ、私が仕事しないと、店が回らないもの。


 息を吸い込んで腹に力を入れる。

「――え、ちょっと、ここ、あの子の部屋じゃない! あ、後、1刻しかない。え…… ミズキ、ミズキー! 」

叫んでみた。普通に、店に行っても面白くないかな、という遊び心である。もともと騒がしい地域だから、こんなもんでは近所迷惑にはならない。


 できるだけ、急いでる感を出して、店に行く。息を切らしながら、ミズキに話す。そしたら、鍵が無いとのことである。


 ああ、それなら、私の部屋だ。


 記憶辿るまでもなく、すぐに分かる。 


 部屋に戻って、着替える。そして、鍵とミズキの着替えを持って店に戻る。

「悪い。じゃあ、後はやっておくから。そうそう、これ、着替えよ。人目に付かないところで適当に着替えちゃって。」

とミズキに着替えを渡す。

「あ、うん。」

その服を取って、彼女は廊下に行った。


 さて、と。


 店の鍵を開ける。途端に砂埃が舞い込んできた。予想していたとはいえ、折角、ミズキが掃除してくれたのに、と思ってしまう。当然、こんなことで一喜一憂していたら、こんな場所で商売はやっていられない。慣れたことだから、思うだけで、感情の上下は伴わない。


 一応、店の中を見回す。問題は無さそうだった。陳列している商品が心なしか少なくなってきている気がしたから、補充しておいた。まず買う人がいない商品ではあるのだけど、見栄えが悪かったから。


 開業まで、まだ、少しあった。


 店のおもて、道の方を向いて腰掛けて、一息つく。

「ミズキ、遅いわね。」

ポツリ。

「……それと、やっぱり、あの子には、学校に行ってもらわないと。」

昨晩のことを思い出して、またポツリ。


 ぼうっとしていた。


 外は、人が行き交い、砂埃が巻き上げられ、騒がしく、いつもの朝だった。どうやら中の方は、まだ、朝の静けさを保っている様子である。


 この静寂もいつまで続くのかしらね。続かれると、店が潰れてしまうのだけど。


 せわしくも閑静な朝の雑踏を楽しむ。


 カチリと時計の針が動く。それに合わせるように、ふと、ため息を一つ。


 にしても、ミズキ、遅いわね。


 心配をし始めた方が良いのかどうかを、心配をし始めたとき、階段を降りる音がした。あら、いつの間に2階に行っていたのかしら。別に悪いことではないのだけれど、気付かなったわね。


 足音が後ろで止まる。

「着替えたわよ。」

「あら、そう。」

私は声の主に席を譲る。


 彼女は少し考えるような素振りを見せる。

「ねえ……」

私の顔を覗き込むように見た。ちょっと、気味が悪い。

「どうかした? 」

「……いえ、何でもないわ。」

いやに歯切れが悪いわね。かといって、追求する権利も義務も、私には無いか。

「じゃあ、私は奥にいるから。」

手をひらひらと振って、作業場に向かう。

「ええ、何かあったら呼ぶわ。」

後ろからそんな声がした。


 ――そうだった。聞くの忘れてたわ。ミズキ、昨日は何を食べたのかしら? それより食べれたのかしら? まあ、何かあるなら言ってくるでしょうけど…… あ! ミズキに朝ご飯食べさせてない。昼ご飯の前に、何か作ってあげた方が良いわよね。


 ミズキには心の中で軽く謝りつつ、私は、私の仕事場へ向かう。


 そこが店に比べて奥にある所為か、さっき以上に静かに感じられた。カッカッカッと時計が駆動する音が聞こえる。あの雑踏が静かなのか、という質問は受け付けないとしよう。


 作業台に肘を突く。

「みずき……」

肘から伝わる、固くひんやりとした感覚。

「――これで良かっ――いえ、あなたは許してくれるのかしらね。」

ミズキは椅子に座って、漢文と呼ばれるものの勉強をしていた。


 何がどう、漢の文なのかは知らない。漢字って字体があるけど、それと関係があるのかしら? そういえば、昔、あの子が言ってたわね。大昔にあった国の名前なのだっけ。


 「ねえ、みずき、あなたならどうしたのかしら。」と、聞かれる当てもなく、呟く。

「……ごめんなさい。」

それが誰に向けられたものなのか、私自身、分からない。ただ、その言葉が口から出てきた。


 結局、ミズキが注文を受け付けるて、私を呼ぶまで、追憶に浸っていた。


 ――そうだ、ミズキ、お腹空かせているでしょうから、何か作ってあげないと。


 今日の商売を初めて3刻。唐突に思い出した。


 それと同時に、自分も殆ど何も食べていないことを認識する。


 いっそ、今から休業にしてしまいましょうか。


 とんでもないことを思いながら店の方を見る。常に一人二人は客がいる、という状態だった。


 これじゃ到底無理ね。


 初めから分かりきっていたことではある。けれど、思ってから、無理だと思うと、やはり少々残念ではある。


 店の方に行った。

「ミズキ、少し、席、外すから。」

襖を細く開けて、ミズキに話しかける。

「え? あ、うん。」

「よく言われる薬は今持ってきておくから渡しちゃって良いわよ。良く分からないのがあったら、待っててもらってちょうだい。」

「……うん。」

ミズキは驚いた様子ではあったけど、納得したようだった。


 ミズキに薬を渡して、台所に行く。今からご飯を炊く気にはならなかった。


 面倒臭い。


 財布を持って、外に出た。もう、いっそ、買ってしまおう。そんな魂胆である。


 いつもの餃に加えておかゆを買う。店番しながらだと食べにくかった? なんて思うが、既に買ってしまった物は仕方が無い。これで我慢してもらおう。




 夜、店を閉じる。今日はどこかに食べに行こうかしら、なんて思っていたら、ミズキが話しかけてきた。

「ねえ――」

「何かしら? 」

「――イヴァン? って何者? 」

「えーっと……それはどういう意味? 」

「言葉のままよ。」

「そうね……………………」

どう答えたものかしら。私は黙り込んでしまった。


 ミズキは、そんな私に苛つくわけでも、回答をもらうのを諦めてしまうわけでもなく、ただ、待ち続けていた。


 ゼンマイ仕掛けの時計は休むこと無く、時を刻み続ける。その音が、まるで私の答えをかしているようで、焦燥を感じる。


 「少し、良いかしら? 」と、席に着いて、目を閉じた。落ち着いて考えたい。


 どのくらい経っただろうか。目を開けた。


 半刻近いように感じたけど、全然、針は進んでいなかった。人の時間感覚なんてそんなものだ。

「その様子だと…… 昨日、何かあったのかしら? 」

質問に質問を返した。これだけ考えて出たのは、愚策中の愚策だった。

「ええ。話そうかどうかと思ったのだけど……」

それでもミズキは乗ってくれた。

「とりあえず、教えてちょうだい。」

「そうね。昨日、あの後、イヴァンが来たのよ。あなたがいないか、ってね。……それで私が出て……私が夕食を食べていない、って言ったら……何か、こう、凄く高級そうな所に連れて行ってくれて――」

「良いわ。ありがとう。」

ミズキの話を打ち切る。なるほど、状況は把握した。

「――イヴァンって言うのはね……そうね、この辺りの土地絡みの話になるのだけど……」

「地主ってこと? 」

「まあ、そんな所ね。それと、古い知り合いなのも事実よ。ただ、やたらめったら関わらない方が良いかもしれないわ。腹の中は良く分からないし。」

「……なるほど。じゃあ、今度はどういう風に対応すれば良いの? 」

「まあ、うちには上げない。これは鉄則ね。それと、できれば、着いて行って欲しくは無いかしら。多分、何も無いとは思うのだけど。」

「……ごめん。」

「良いのよ。言っていなかった私の問題よ。今度から気を付けてくれれば良いわ。」

「……うん。」

「ねえ、そうなると、連日で悪いけど…… 今日は食べに行かない? もう、作るのが面倒で。」

「あ、うん、良いわよ。それと、明日からは手伝う? 」

「そうね…… そうしてもらおうかしら。」

この話はこれで終わり。


 さっさと席を立ち上がって、財布を確認する。売上から適当に金を取って、玄関に行った。


 ごめん、ミズキ、私、また嘘をいたわ。あなたは許してくれるのかしら。でも……そう。例え許されなかったとしても……


 私は一足早く靴を履いて、ミズキが履き終わるのを待っていた。

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