ワルイ先輩
学生としての1日が終わる。
もう何度目か知れないチャイムの音を聞いて、俺は息を吐き出した。
女子高生だろうが、男子高生だろうが、授業が苦痛なのは変わりがない。
「ねぇ、莉子。今日、新しく出来たクレープ屋さん行かない?」
深呼吸がてら背伸びをしていると、斜め後ろの席からまどかがうきうきとした様子で声をかけてきた。
まどかは甘い物が大好きで、よくパンケーキ屋だのアイス屋だのに付き合わされる。
じゃーん、なんて効果音とともに出されたチラシは帰り道を少しそれたところに出来たという新しいクレープ屋さんの割引広告だった。
「いいけど…夕飯食べれなくなっても知らないぞ」
「別腹ですー」
確かダイエット中だと聞いていたような気もするが、まぁ、本人がいいと言っているならいいのだろう。
さすがの俺でも年頃の女の子に太るぞ、なんてジョークは言えなかった。
この手の女子は繊細だからな。
まあ、女心なんて理解はできないのだけれども。
「ねぇー!海も行くでしょー?」
まどかが少し大きめに声をかけると、窓際に座っていた海が小首を傾げた。
意外なことだが、海は結構甘党だ。
コーヒーにも砂糖とミルクをいれるし、そうしなければ飲めないという。
まどかの甘いもの巡りに付き合えるのも、海という戦力がいるからに他ならない。
俺自身は甘いものが得意でもないため、もっぱら2人が食べるのを見守る係だ。
(しかし、砂糖とミルクがないとコーヒー飲めないって可愛いとこあるよな)
気持ちはさながらお兄ちゃん、といったところか。
海やまどかの賑やかな姿を見ていると、とても癒される。俺は正直、それだけでお腹いっぱいだった。
「新しいクレープ屋さん!」
「ああ…、でも」
太るぞ、と言った海がまどかに殴られているのを眺めながら俺は笑ってしまったのだった。
「げ、」
声をあげたのは、まどかだった。
「?なんだよ」
例のクレープ屋に向かう途中、いつも通り3人でテンポよく会話を交わしていると、まどかが急に立ち止まった。
クレープ屋を目の前にして、嫌そうな顔をしている。
「…クレープ、今度にする?」
「なんで?」
新しいクレープ屋はポップな色合いの屋台で、下校時間と重なったこともあってか女子高生の姿がかなり見受けられた。
行列にはなっているものの、まどかが多少の行列でクレープを諦めるのは変だった。
「あ、まどかちゃん」
「うわ見つかっちゃった…」
俺と海が怪訝そうな顔を見合わせるのと、まどかの名前が呼ばれるのとはほぼ同時だった。
声をたどって視線を向ければ、そこには、
(またイケメン…)
そこには、絶滅危惧種であるはずのイケメンがだるそうに立っていた。
「貴之先輩…」
羽賀 貴之。
彼もまた、海とは違う種類のイケメンだった。
これで高校生か?と疑問を持たずにはいられない艶気、とでもいうか夜の匂いを纏う人だ。
海が鏡のような水面なら、この人は猛烈に燃え狂う炎、みたいな正反対の気質。
ナチュラルにウェーブがかった髪、少し彫りが深く日本人離れした整った顔立ち。
着崩された制服。
流し目をされただけで、息がとまってしまうくらいの色気を伴った男だった。
こんな人間見たことない。
(おいおいおいおい…。こんなの漫画の中のキャラだろ…)
現実離れ過ぎる。
欠点をあげるなら、多少目つきが悪いくらいだろう。
「知り合いか?」
「同じ委員会の先輩、の…彼氏?」
「トモダチ」
確かまどかは体育委員か何かだった。
時々委員会の集まりとかで昼休みにミーティングに参加しているくらいで、特に何をしているかよくわからなかったのだがその交流を介して貴之と知り合ったのだという。
まどかが嫌そうな顔をする理由はよくわからないが、この羽賀 貴之という人に関してはさすがの俺も名前くらいは知っていた。
「あの噂の先輩か!」
厨二的な設定ではあるが、『歩くマネキン』と言われる海の他に有名な二つ名を持った人間がいる。
この羽賀 貴之という人間もその1人で、その名もーー
「夜の帝王だろ?」
なんて名前つけてんだよ、と思わなくもないが確かにその二つ名は貴之に似合っていた。
もう、纏う雰囲気からして夜が似合う、というか、言い換えれば朝や昼が似合わない人種だ。
そして、この羽賀 貴之という人間には女性関係が派手だという噂もある。
友達と女を取り合うのも日常茶飯事で、そういう争い事では百戦錬磨らしい。
羨ましい。
「そういうお前は…ああ、女好きの莉子ちゃんか」
「…その言い方はやめて欲しい」
実は海や貴之が有名であるのと同じくらい、俺もこの学校では有名だった。
…何しろ、幾多の告白を断ってきた美少女の俺は『女が好きだ』と公言しているからだ。
お陰様で女子の一部からは警戒されている。
「ふーん、可愛いじゃん」
スッと、それこそ警戒をする前に、流れるような動作で貴之が俺の顎を持ち上げた。
これは、噂に聞く、顎クイってやつだった。
乙女ゲーありがちな、壁ドンに次ぐ胸きゅん展開である。
もちろん、俺は胸きゅんしないが。
男に顎を掴まれてる事実に、俺は鳥肌がたった。
やっぱり、俺は女の子が好きだった。
「ちょっと、先輩…っ」
「やめてもらえますか」
まどかが非難の声をあげるのと同時に、海が俺と貴之の間にわって入った。
さりげなく、俺とまどかを背中にかばう海のその行動に、生まれながらのイケメン力というのを感じる。
(またこいつはイケメンな行動を…)
呆れに近い、感心をせざるをえない。
「…ふーん」
前に出てきた海を、貴之は上から下までじろじろと眺めると、最後に顔を見つめて口の端を笑みに歪めた。
海の笑い方とは違う、少し意地悪気な、彼にとても似合う笑い方だった。
「俺、男には興味ねぇんだけど」
「俺もありません」
普通の男だったら怯んでしまいそうな貴之の雰囲気に、海は臆することなくさらりと言葉を返した。
何故なら、イケメンとは、あらゆる才能をもってして生まれた者のことを言うからである。
ここまで最高のイケメンステータスを持ち合わせている海だが、彼にはまだ隠されたイケメン要素があるのだ。
本当に、完璧すぎて俺が男だったら友達にすらなってないレベルだ。
「…まぁ、いいや」
しかし、海がイケメンステータスを見せつける前に貴之はあっさりと踵を返した。
なんだかんだで争い事の嫌いな俺は、ほっと一安心である。
まどかも安心したようで、ぎゅっと結んでいた唇をようやく緩ませた。
「あーびっくりした!」
「…全くだ」
海が小さくため息をつく。
小さくなっていく貴之の背中を3人で見送りながら、まどかが口を開いた。
「私、あの先輩苦手」
「なんで?」
まどかは昔から喜怒哀楽が激しかった。
正しいと信じたことはとことんまで信じたし、他人の軽はずみな言葉を信じたりもしなかった。
だからこそ、昔は男子連中と揉めたりもしたが、それは彼女なりの正義に反する場合だった。
まどかは意味もなく、人を嫌ったりしないのだ。
逆を返せば、人間関係において器用な方ではないということである。
しなくてもいい衝突をすることもままあった。
自分に不器用なのが海で、他人に不器用なのがまどかなのである。
「女関係、結構ヤバいの。先輩、すごい泣いてた」
まどかが他人を嫌う大抵の理由は、他人の為だ。
俺はまどかのこういう優しさが好きだった。
「なんにせよ、近づかない方がいいよな」
と、いうか貴之とは世界観が違いすぎて、今後交わるような気がしない。
接点もないことだし、気にしないのが一番だと思った。
その考えが、この出来すぎた世界では通用しないのを忘れていたのだが。




