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相沢 莉子







「はぁ、」



鏡の前でため息をひとつ。

サラサラの黒髪ロング。

化粧気のないながらも、長いまつ毛に縁取られた二重。真っ白でニキビの1つもない、柔らかな肌。

スレンダーな体に不釣り合いなバスト。



…うん。

スカートの下にはいた緑のジャージがナンセンスではあるが、今日も俺、こと相沢 莉子(あいざわ りこ)は文句なしの美少女だ。



「なに自分の顔見つめてるの」

「まどか」



うっかり、ともすれば自分の顔に見入ってしまいそうな俺は、隣から聞こえた声に慌てて意識を引き戻した。



「そんなに気合い入れてどうするの?どうせ断るんでしょ?」



俺の覗き込んでいた鏡と並列して取り付けられている鏡を見つめながら、まどかが笑う。

彼女は、何をしてるんだか俺にはわからないが、一生懸命に鏡を見てまつ毛をひっぱったりしていた。

まつエクがどうだのと言われたが、俺には到底わからない話だった。



「いや、別に気合いを入れてたわけじゃなくて…」

「今度の相手がイケメンとか?」

「今度の相手?」

「告白の相手よ。こくはく!」



自分の顔に見とれてたなんて痛いことは言えなかったので、言葉尻を濁せば、まどかがにやにやしてこちらを見てくる。

彼女は女の子らしいというかなんというか、恋愛話がとても好きだった。

相手が俺や恋愛に関心のなさそうな(うみ)相手ではそうそう展開される話ではないのだが、たまにこうしてお節介をやかれるのである。



「高校に入ってから、告白されっぱなしだもんね」



女子っていうのは、お洒落なカフェできゃあきゃあ言いながら恋愛話をするものだと思いこんでいたが、井戸端会議に場所は関係ないらしい。


女子の中では重要なルーティンワークと化している連れション文化に付き合い、少し寂れた学校のトイレの洗面所でその話題は返り咲いた。



そう。

俺は高校に入ってからというもの、人生最大のモテ期に突入しているのだ。


…主に、男から。



「でも、俺は…」

「わかってるって。女の子が好きなんでしょ?」




まどかの笑い声に、俺はこの姿になってから幾度としれないため息をつく。


誰に言っても信じてもらえないが、俺は、相沢 莉子(あいざわ りこ)は、間違うことなく、男なのだ。


正式には男だった、と言うべきか。


今となっては生物学的にも立派な女性だが、心は今も男のままだ。



「俺は、男だったのに…」



ある日突然、長い夢からさめるように、目がさめると俺は女子高生になっていた。



初めは、夢の中のような感覚だった。


うすい膜がはっているような、ゆらゆらと揺れる意識の中で、俺であって俺ではない俺が、この相沢 莉子(あいざわ りこ)の体をうごかしていた。


毎日、毎日、そういう夢を見ていて、俺は莉子(りこ)の中から世界を見ていた。



そしてある時、本当に突然、ふっと頭の中の霧が晴れるみたいに、俺は相沢 莉子(あいざわ りこ)になっていた。

自分でも驚くくらいに自然と。

記憶や思い出はそのままに、突然、俺は莉子(りこ)の中に入り込んでしまったのだ。



「あれが、夢だったのか俺にもよくわからないけど…」



俺は確かに男で、毎日スーツを着て会社へ通う毎日だった。

こんな美少女なんかではなく、ごく平凡な、告白されるなんて夢のまた夢、みたいな男。

決していい人生ではなかったが、悪くもなかった、と思う。



今となっては、そんな俺の人生こそが夢だったのかもしれないと思ってしまうくらいだった。




「でも、今は女の子でしょ」

「まぁ…」

「だったら、楽しまないと!」



彼氏作って遊びに行こう!と笑うまどかに、俺はため息をついた。

だから、俺は女の子が好きなんだって。


彼氏を作る気ならとっくに作ってるよ。



「あ、そっか。じゃあ、可愛い彼女が出来るといいね!」



まどかは私に彼氏が出来たらダブルデートだね!なんて無邪気に笑った。

その笑顔に俺はときめきながらも、また1つため息をつく。

女の俺に彼女が出来るかどうかはわからないが、こんな美少女になれるなんて滅多にない経験なのは確かだ。

楽しまなくては損だとは思う。



「あ、授業始まっちゃう。行こ」



予鈴が鳴り、腕時計を確認したまどかが慌てた様子で俺の手をひく。


まどかや(うみ)は俺が以前は男だったことを話しても、茶化すことなく受け入れてくれた。

受け入れた、というか…性同一性障害として理解してくれたようで、前の俺に関しては半信半疑、といった感じのようだった。

無理もない。

前は男だった、と言われても2人にとってみれば何の証拠もない、ただの妄言でしかないのだから。


とはいえ。


性同一性障害で理解してくれているはずなのに、まどかは俺に対して少し無防備すぎる気がする。


引かれた手にドギマギしながら、俺はまたひとつため息をついた。









莉子(りこ)の様子が変わったのは高校に入ってからだった。

前から、さばさばしていたし、女の子らしい性格ではなかったけれど、目に見えて変になったのはある日突然だった。



まどかはお気に入りのシャーペンを手の中でくるり、と回して斜め前に座る莉子(りこ)の頭を眺めた。可愛いハート型のチャームが小さく音をたてたが、シャーペンは器用に手の中におさまって、少し満足する。



(最近、ぼーっとしてるな、っては思ってたけど)



思い返してみれば、最近の莉子(りこ)はぼんやりしていた。話しかけても上の空みたいで、まるで夢の中にいるような、そんな感じだった。

それがなくなったのは、新学期が始まる頃だっただろうか。

急に慌てたように、自分の姿を確認して、態度がぎこちなくなった。

まどかが話しかけたり、触れたり、それだけで顔を真っ赤にして俯く。

挙げ句の果てには俺は美少女になってしまったのか…と呟くのである。



(普通、自分で美少女っていう…?)



その時の莉子(りこ)の顔が、絶望半分の嬉しさ半分、という様子だったのでまどかは励ました方がいいのか喜んだ方がいいのか悩んだ記憶がある。


その後、色々と事情を説明されたのだが、正直、まどかは信じてはいなかった。

何か様子が変なのはわかるが、見た目にも何も変化が生じていないので信じ難かったからである。

そして、何より、冷静で聡い幼馴染が特になんのリアクションも起こさなかった、というのもその原因の1つだった。


まどかは、何よりも(うみ)をとても信用していたのだ。



(うみ)が何も言わないんだもん、今までと同じで大丈夫…だよね?)



そっと、(うみ)へと視線を移してみれば窓際の席をキープしている彼は退屈そうにあくびをしていた。

あまり隙を見せない彼のその姿を見れたことに気分を良くして、まどかは再び前へと向き直る。



(…うん。莉子(りこ)が女の子を好きでも大丈夫。今まで通り、だよ)



この幼馴染の関係が壊れることなんてない。

まどかは、ただそう信じて1人小さく頷いた。







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