新しい日常
時間に追われる。
毎日同じことを繰り返し、つまらないルーティンワークしかこなしていないと言うのに、あっと言う間に時間は流れていく。
学生服を着ていた頃の自分を懐かしく思いながら、俺はまた同じ一日を始めようとしていた。
蛇のようにくねりながら、勢いよくホームに滑り込む電車。
眩しい朝日の中で、学生達が笑いあいながらその車内に取り込まれていく。
それを見習うように、俺も中へと足を踏み出した。
また今日も同じ一日のはじまりだ。
俺や学生達をのみこんで、ゆっくりと走り出した電車に揺られながら俺はまた毎日ぼんやりと思うのだ。
俺はこのまま、ただ歳をとり、つまらない毎日を過ごして終わるのか?
こんなつまらない毎日が俺の人生の全てなのか?とーー
(嫌だ…)
厨二的だと笑われるかもしれない。
そうだとしても、何でもいいから、俺の人生を変えてくれる何かが起こってくれることを毎日期待している。
何かを起こす勇気すらなかったから、漫画やアニメの超展開にとても憧れていた。
仲間の為に血みどろで戦ったりは出来ないけれど、特別なヒーローになりたかった。
そんな『何か』が起こる可能性など、ないと思って諦めていた。
そう。
あの日が、来るまでは。
がたん。
心地良い振動が体を揺らす。
ぬるま湯のような、抗い難い眠気が俺をぼんやりと包み込んでいた。
夢を見ていたような、見ていないような。
『次は~○○駅~…』
夢の世界との境界線をいったりきたりしていた俺の意識は、いつものアナウンスで一気に引き戻される。
次の駅で降りなくてはいけない。
決死の覚悟で眠気を振り切って瞼を開けると見慣れたいつもの風景があった。
くすんだ赤色のシート。
新聞を読むサラリーマン。
振動に合わせて揺れるつり革。
向かいの窓から見える田田の風景。
窓の外は柔らかな日差しに照らされて、とても暖かそうだった。
田舎地方の電車というのは、朝の通勤ラッシュの時間帯でさえも穏やかな雰囲気で、テレビで流れるぎゅうぎゅう詰めの映像なんてまるで別世界であるかのように、ゆっくりと時間が流れていた。
「いつまで寝てんだよ」
呆れのような、笑いを含んだ声が左上から落ちてきて、頭を持ち上げてみれば幼馴染の顔。
黒髪にスタイリッシュなフレームの眼鏡をかけたいかにも物静かな様子の男子高校生。
右の目元にある泣きぼくろが冷たい雰囲気を感じさせるが、今は柔和に歪められた口元がそれを中和していた。
俺はいつの間にか、眼鏡男子ーー黒崎 海の肩にもたれかかって眠っていたようだった。
「よだれ、出てるぞ」
俺は、枕がわりにしていた海の肩によだれをこぼしてないか確認し、自身の長い髪を整えて、あくびをひとつ。
さらさらと指をすり抜けていく髪の感触が気持ちいい。
女の子の髪ってこんなさらさらなんだな、なんてどこか遠くで思いながら、背伸びをした。
「悪い、」
この眼鏡男子、こと黒崎 海は俺の幼馴染だった。
小さいころから何をするにも一緒で、世間一般にはイケメンと呼ばれる部類の男子である。
王子様、という感じではないが静かで穏やかな物腰がどこか上品さすら感じさせる。
一緒の車両に乗り合わせたどこかの女子高生が羨ましそうにこちらを見てくるが、俺と海とはそんな羨む関係性ではない。
(まぁ、俺が女だったら好きになってたかもな、)
俺は抑えきれないあくびを噛み殺しつつ、胸の内でそう呟いた。
海は贔屓目なしに見たって格好いい。
見た目もそうだが、他の能力にしたってこんないい男いないだろうってレベルのハイスペックぶりだ。
初期設定からしてチートなのだから、世の男共が嘆く理由もよくわかる。
なんて世の中は不公平なんだ。
そんな海ですら、俺にとっては親友どまりだ。
恋仲なんて、とんでもない。
なんせ、俺は女が好きなのだから。
「ちょっと。女の子なんだから足くらい閉じなさいよね」
ぼんやりと窓の外に思いを馳せていると、もう聞き慣れてしまったお小言がとんできた。
海の静かな声とは違う、賑やかな声色。
俺が返事をするよりもはやく、海のいる側とは反対側にわざと勢いよく女子高生が腰をおろした。
栗色の髪がふわふわと風にまう。彼女の朝の努力を象徴しているゆるふわパーマが可愛らしい。
くりくりとした目にも、俺はよくわからないが涙ぐましい努力があるらしい。
短く捲り上げられたスカートからはほっそりとした白いふとももがのぞき、いわゆる萌え袖といわれる丈のカーディガンが彼女の華奢な体格を覆い隠していた。
一条 まどか。
海と同じく、彼女も俺の幼馴染だった。
「大体、なにこのジャージ!」
「ちょ、ひっぱんないで」
未だはきなれないひらひらプリーツスカートの制服。膝上でカサカサ擦れる感覚が不快で、俺はいつもスカートの下にジャージをはいていた。
ひらひらのスカートの裾からは緑のジャージが顔を覗かせているものの、これも悪くないと思っている。
「かっわいくない!」
「放っとけよ」
「…2人とも、静かに」
まどかと俺がいつものやり取りを繰り広げていると、海が呆れてため息をついた。
騒いでいるのはまどかだけなのに、なんで俺まで…と不満に思わないでもなかったがサラリーマンが迷惑そうにこちらを見ていたので大人しく口をつぐんだ。
「もう。せっかく可愛い顔してるのに、宝の持ち腐れだよ!」
気に入らない、とでも言うように唇を尖らせるまどかに俺はつい笑みがこぼれてしまう。
くるくる良く回る表情、子供っぽい仕草。
まどかの方がよっぽど可愛いと思う。
「2人ともそれくらいにしろよ。もう着くから」
「ちょっと海~」
子供っぽく拗ねて見せるまどかに、海がふんわりと笑った。
停車するタイミングを見計らって立ち上がった海が、幼い子供にやるようにまどかの頭をぽんぽんと撫でると、途端にまどかは大人しくなる。
昔から、海はまどかの扱いが上手だった。
海に促されて、まどかも跳ねるように立ち上がる。
そのまま、2人は吸い込まれるようにドアの外へと足を踏み出した。
俺はその2人を追うように外へ。
ホームには同じ制服を着た生徒達の姿。
「はやく〜!」
同じ制服の人間達が行き交うホーム内で、海とまどかが俺に向かって手を振っていた。
手をぶんぶんふるまどかとクールに佇む海の対照的な姿に笑みが浮かぶ。
キラキラと差し込む朝日に負けないくらいの、眩しい光景だった。
アニメやドラマでしか存在しないと思っていた、リア充の光景だ。
イケメンと美少女と幼馴染って、出来すぎた設定だよ。
毎朝、こんなたわいもないやり取りをしながら学校に行って、3人で騒いで、笑う。
こんなドラマのワンシーンみたいな、幼馴染の関係性が俺の日常だった。
そう、俺が女子高生になってからの、『新しい日常』だったーー




