佐々木 智則
そういえば。
すっかり忘れていたが、この世界はなんだかご都合主義のようで。
莉子の周りにイケメンを集めようとする習性があるのを忘れてた。
俺がそれを思い出したのは、笑顔でぶんぶんと手をふる智則の姿を見つけた時だった。
「莉子先輩~!」
「呼んでるけど…」
呆れたような、呆気にとられたような顔でそう言ったのはまどかだ。
移動教室の為に渡り廊下を移動していたところ、体操着姿の智則が駆け寄って来たのである。
智則はまどかと海の姿を確認すると、慌ててお辞儀をして、すぐさま自己紹介をした。
こういう礼儀正しいところは好感が持てる。
「有名な先輩方とお話しが出来て嬉しいです!」
「別に有名じゃないし!」
素直に褒めてくれる智則に、悪い気はしないのかまどかの機嫌は上昇気味だ。
少しこそばゆい気もするが、智則は純粋にそう思うからこその言葉なのが見て分かるので尚更である。
「何より海先輩は俺の憧れでしたし!」
「ああ、そう…」
智則が興奮した様子で海に詰め寄ったが、海は僅かに顔をしかめただけだった。
誤解のないように言っておくが、海は気分を害した訳ではなくただの照れ隠しである。
俺達幼馴染にはそれがわかるのだが、智則が気にするかも、という心配しも杞憂だった。
智則はいい意味で空気が読めないらしく、気にした様子どころか気付いてもいない。
「ところで何か用事…?」
「ああ!いや、この前のーー」
「ちょ、ちょっと待った!」
智則に呼び止められた時点で嫌な予感はしていたのだが、それは的中したようだ。
この前の、というワードが出たかどうかのタイミングで俺は智則の言葉を遮った。
本人達の名前を伏せていたとはいえ、ピンポイントな相談内容を2人の目の前で話されるのは不味い。
「その話はまた今度で…」
「…え?あ、はい」
空気が読めない智則とはいえ、さすがに俺の様子がおかしいのは分かったようで大人しく口を噤んだ。
おそらく、人のいい智則のことだから相談事の進捗でも聞きたかったのだろう。
近年稀に見る好青年だ。
「2人でこそこそしてなに?どういうこと?」
心の中で智則に両手を合わせていると、2人での内緒話が気になるのか少し不機嫌そうな顔をしたまどかが入って来た。
さっきまで上機嫌だったくせに、本当に女の子というのは機嫌がよく変わる。
「い、いやぁ…なんでもない…ですよ」
気をきかせたつもりなのか、智則が誤魔化してくれようとしたのだが…素直な性格のせいかフォローはかなり下手くそだった。
智則の下手なフォローにまどかはますます不審げな顔をするし、海はため息をこぼした。
鋭い海の事だから、もしかしたらこいつは色々理解しているかもしれない。
「そもそも、いつ莉子と知り合ったのよ」
智則に対する疑わしさが勝ったまどかの尋問が始まった。普通、女の子というのはイケメンに優しいものだが普段海でイケメンへの耐性をつけているまどかには智則のイケメンパワーは通じないようだった。
「こ…この前です」
「ふーん?それで?」
まどかの勢いに、智則が後退った。
見るからに困り顔だが、残念ながら俺にはフォロー出来ないぞ。
しかし、まどかの次の言葉に声を発したのは智則ではなく俺だった。
「…もしかして、莉子を狙ってるんじゃないでしょうね?」
「はあああ!?」
智則は、昔から周りに空気が読めないと言われていた。
自分ではそうでもないと思っているのだが、ことある事に周りの友人がそう指摘するのだ。
確かに、自分の発言の後の周りの空気が妙な時が時々ある。
だが、それ以前にどう空気を読んだらよかったのかがわからない。
そもそも、読めないものを読めというのが間違っている。最近はそう開き直ることにした。
「ええっと、狙うというと…」
だから、智則は戸惑った。
先輩であるまどかはどういうわけか知らないが、智則を不審に思っているらしい。
そして、当事者である莉子はこの前の相談事を内密にしたいようだった。
…今日ばかりは空気が読めた。
この状況を打開するには自分の機転のきいた回答が必要なのだ。
「莉子のこと、好きなの?」
問い詰めるまどかの目が怖い。
YESと答えるのが正解か、NOと答えるのが正解か…智則にはわからなかった。
しかし、過去の経験談で言えば女の子相手に迂闊な返答は出来ない。
理由はわからないが、過去に似たような質問をされて答えあぐねていると女子に泣かれて散々な目にあったのだ。
だから、とりあえず単純に本心を答える。
「はい、好きです」
「ちょ、え、はあ!?」
途端に莉子が戸惑ったような顔をしたので、智則はすかさずフォローを入れた。
「でも、俺は海先輩の方が好きです!」
…憧れの先輩として。
力いっぱいに宣言した智則の最後の方の言葉は、どこからともなく聞こえた悲鳴にかき消された。
その悲鳴の正体は偶然この現場に居合わせたとある女子生徒なのだが、その話は一旦置いておく。
「…そ、そういう…感じなの…?」
さっきまで敵意をむき出しにしていたまどかが、さすがに怯む。
その様子を見て、自分の発言が機転のきいた回答だと信じて疑わない智則は誇らしげに頷いた。
「…モテるな、海」
「…嬉しくない」
莉子の言葉に海はため息をつくばかりだった。
その様子をどう解釈したかは知らないが、智則は続けて何の他意もない笑顔を浮かべる。
「あ、まどか先輩も好きですよ!」
「…節操なし!」
やっぱり、智則は空気が読めなかった。




