お姫様じゃないけど
小さいころは、何でもキラキラしてて綺麗だった。
世界は素敵なもので作られていて、毎日が冒険とわくわくと…いろんな希望で溢れている。
自分は物語の主人公で、お姫様だと…そう思ってた。
そうじゃないと気付いたのは、割とすぐの事だ。
「正直さぁ、まどかってあの2人に釣り合ってないよねー」
「あーわかるわかる。ちょー必死だもんね」
トイレの為に席を外したタイミングだった。
それを狙っていたかのように、さっきまで仲良くしてたはずの女の子達が嘲笑する。
ハンカチを取りにもどろうとしていたまどかは、暗い感情のこもったその声に足を止めた。
…教室に、入れない。
「2人の機嫌とろうとしてぶりっ子してんのがうざいわ」
「なんであの2人はまどかなんかと仲良くしてんだろね」
あの2人、というのが幼馴染の2人のことであるのは言われなくてもわかった。
あの2人、莉子と海はどこに行っても人気者でキラキラしてて、みんなの憧れの的だった。
(…機嫌とりなんか、してない…っ)
奥歯を噛み締める。
一緒にいる2人がすごいから、いつも自分は劣等感を感じていた。
周りから比べられて、釣り合わないなんて言われることもいつもの事だった。
…こんなやっかみも、いつもの事だった。
ダイエットしようが、メイクをしようが莉子には敵わなくて。
習い事をして、勉強を必死で教わっても海には敵わなくて。
惨めな思いはしたくなかったから、他にも友達を作ろうと愛想良く、気を使って、笑っていた…はずだったのに。
仲良しだったはずなのに。
「可哀想だからじゃん?」
「あー納得ー」
泣いてはいけない。
泣いたら負けだとわかっていた。
けれど、どうしようもない怒りと悔しさに意思とは反して涙が滲んだ。
自分が物語の主人公ではないことくらい、もう痛いほどわかっているのに。
(…可哀想じゃ、ないのにっ)
自分は惨めじゃないと、言い聞かせてきたのに。
こうして言葉にされると、それは何よりも鋭く心に突き刺さった。
楽しそうにけらけらと笑う級友達の声に、まどかは立ち去ることも、教室に入ることも出来ずに、ただただ扉の前に立ちすくんだ。
ポロポロと溢れる涙を、どうしていいかわからなかった。
「まどか」
「…っ!海」
ふっと、人影がさして聞き慣れた声がいつも通りの冷静さで名前を呼んだ。
本を片手に佇むその姿は、まさに絵本から抜け出してきた王子様のように整っていて、余計にまどかの涙を誘う。
ずるい。
生まれた時から、何もかもが贔屓されたままで。不公平だ。
まどかだって、出来るなら物語の主人公に…お姫様に生まれたかった。
こんな、惨めな脇役じゃなくて、王子様と結ばれて幸せになれるお姫様に。
「…聞いてた?」
教室からもれてくる会話を、聞かれてしまっただろうか。
こんな惨めなところを見られたくなかった。
まどかは惨めさと恥ずかしさで顔が熱くなる。
海には同情されたくなかった。
…海にまで、可哀想だと思われたくなかった。
「聞こえた」
ほんの少し、困ったように顔を歪めた海はすっとハンカチを差し出した。
きちんとアイロンがけのされた、薄い青のハンカチ。
まさに「海」の色だ。
「…莉子、みたいに…お姫様みたいな子になりたかった、な…」
可愛くて、強くて、優しくて。
そんな完璧な女の子になりたかった。
物語の主人公になりたかった。
努力しても、それは届かないけど。
「あいつ、お姫様みたいに大人しくしてる奴じゃないだろ」
「え?」
海がため息を滲ませるのと、教室の中から大きな物音がしたのは同時だった。
机が大きな音をたてたようだったが、中で何が起こってるか覗き込む勇気はない。
「まどかは君達みたいに陰口たたかないよ」
教室から聞こえてきたのは、憧れてたお姫様の、声。
驚いたように教室内が静かになる。
さっきまで騒いでた女の子達が、息をつめていたようだった。
「弱いけど、必死だけど、いつでも真っ直ぐだから」
言葉が出なかった。
せっかく引っ込んだ涙がまたじわじわと滲む。
「まどかは格好いいよ」
お姫様じゃないけど、傍にいたいと思った人達が自分の価値を信じてくれてる。
自分は、なりたかった主人公じゃないけど、…でも、お姫様が、莉子が、それでいいと言ってくれてるような気がした。
「…お姫様じゃなきゃダメなのか?」
海からハンカチを受け取る。
綺麗なハンカチを汚すのは気が引けたが、これ以上はメイクが崩れてしまう。
まどかは、すん、と鼻をすすって海へと向き直った。
「だって…強くて可愛いでしょ」
「…まどかはまどかのままがいいと思うけど」
お姫様なんてつまんないだろ。
海はそう言って、笑った。
こんな状況なのに、海が笑ってくれるのが嬉しくて…まどかもつられて笑ってしまった。
「…やっぱり、まどかは笑顔じゃないとな」
海がいつものように頭をくしゃくしゃと、撫でてくれる。
子どものような扱いだったが、まどかは胸の内が温かくなるのを感じた。
泣いて、いられない。
王子様にも、お姫様にもなれないんだから、
だから、私は、
(…こんなことで、負けてられるか)
軽く目を瞑り、深呼吸をする。
気持ちを切り替えなくては。
泣いてたことなど、…あいつらに悟られてたまるか。
いつもの笑顔を浮かべて、まどかは何でもない風に教室へと足を踏み入れた。
まどかの背中を見送って、海はそっと肩をすくめる。
「…お姫様なんて、柄じゃないだろ。2人とも」
そんな幼馴染の姿は、さながら戦いに行く騎士のようだった。




