フタリナラ
糸に付いた水滴がポタポタと落ちていく。時間は限られている。急いで切り落とす。
「手裏剣! ダウンロード!」
頼む武器はすぐに出てくれた。一度も投げた事は無いが、片手で投げれる物はこれくらいしか思いつかない。とにかく下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる。一度投げてみたかったんだ。いくつもの糸は切れ、蜘蛛にも運良く刺さる。蜘蛛が怯んだ隙に高くジャンプして、蜘蛛にめがけて踏み潰した。だがこれくらいなら反動なんて無いのに、千切れた方の腕から痛みが来る。こっちの時間もない。急いで全滅しないと。
ミカの方からいつもより大きい銃声が響いた。
「ショットガン装填、ダウンロード」
ミカが使ってるのはショットガン二丁。撃たれた蜘蛛は軽く吹っ飛んでいく。あれなら糸も切れていく。あっという間にミカが全部倒しやがった。そもそも俺が戻って来る前に半分は倒していた様だ。
「これで終わりか?」
『まだ核は残ってる。何処かに潜んでいる筈だよ』
「でも、ここで隠れる所は人が隠れる程度の段差くらいしか……」
周りを確認する俺の背後に、何かが降ってきた。すぐに距離を置いてその姿を見た。さっきまでの蜘蛛よりかなり大きい。いやそれよりも気になるのは蜘蛛の足に付いたマシンガンだ。マシンガンは俺達に狙いを定めていた。
「壁! ダウンロード!」
目の前に壁が現れた。ミカが言ってくれたおかげで雨の様な銃弾を喰らわずに済んだ。でなければ今頃蜂の巣だ。
「……上で高みの見物をしてたのね」
「助かったよミカ。何であれは銃を持ってるの?」
『二人共! おそらくそいつが核だ! スパイダは捕まえて喰うって言ったろ。それの情報から手に入れた物だろう。サバイバルらしい銃にステルスの糸か……なるほどぉ』
「何感心してんだ親父! これじゃ近寄れねえ! 何か手は無い……のか……」
左腕の痛みが強くなる。言葉を発するのが辛くなってきた。左肩を掴み、座り込んだ俺を見てミカが言ってしまう。
「……時間みたい。陽夜を現実に戻して」
「バカ言うな! 二人ならこいつを……倒す手が!」
段々と痛みが強くなっていく。もう少しだけ時間がほしい。ミカ一人で戦わせる訳にはいかないんだ。痛みを抑えようと強く握る俺の手に、ミカが手を重ねた。
「陽夜……私を信じて」
「待てミカ!!」
ミカを止めようとした。だがネットの世界から出てしまった。
ーー現実ーー
当然ながら左腕はある。少し違和感を感じる。
「ギリギリだったから戻した。文句は言わせんぞ」
メルグさんの言う通りだ。こうなったのは俺が怪我した所為なんだから、文句は言えない。だからと言って納得なんて出来ない。
「そうしょげんな。まあそこからミカの姿を見ておけ」
モニターに映るミカ。壁に背を向けて、相手の様子を伺っている。あの蜘蛛も馬鹿じゃない様だ。ミカが銃を持っているのを知っている。回り込もうとすると撃たれる可能性があるから、壁を貫通するまで撃ち続ける気だ。
「あのマシンガンは弾切れがない。このままじゃ壁が破られる。ミカを助ける」
「落ち着きなよ陽夜君。ミカに任せておきな」
「なんでそんな簡単に言える?」
「一対一で負けるのは彼女にとって無いからな。マシンガンは六本の足に付いている。前の方の二つで撃ってるな」
『この壁からあいつに向かって階段作って、ダウンロード』
「了解。ちょっとだけ待ってね〜」
テハさんは言われた通り階段を作った。だが蜘蛛は完成していく階段をマシンガンで撃ちまくる。階段はボロボロに壊れていく。どうやらミカの策に掛かった様だ。ミカは階段を作っておきながら、登る気はさらさら無かった。奴が階段を撃ってる間に壁から飛び出してマシンガンを狙い、ミカは引き金を引く。マシンガンは吹き飛んで粉々になった。蜘蛛が気付いた時には片方の足に付いていた三つのマシンガンは破壊されていた。
『片足のは無くなった……もう片方からはこいつの死角に入ってる。お寝んねの時間だ』
ミカは蜘蛛の足を踏み台にジャンプして、残りのマシンガンを破壊した。これでもう撃たれる心配は無い。六本の足は無力化にした。何故だろう。何かを忘れている気がする。今までの蜘蛛と一緒なら足りないんだ。
「……六本? 待てミカ! 蜘蛛の足は八本の筈だ!」
ミカは蜘蛛の背中に乗ると、蜘蛛が前から引っ込めて隠していた足を出した。付いているのはマシンガンではなく、ミカが持っている銃と同じだ。蜘蛛は背中に乗ったミカに向けて撃った。ミカは持っていたショットガンでなんとか防いだ。
「ミカ! 大丈夫か?!」
『油断した隙を狙うなんて……だけど狙いが下手。この銃は使い物にならない』
さも平然の様だ。蜘蛛はすぐに狙いを定めて撃ってきた。ミカは避けながらも、再び壁に隠れた。
「ショットガンとは、向こうまで二丁拳銃かよ!? 足を引っ込めて隠していたのか。急いで武器の代わりを!」
『拳銃一つでいい。ダウンロード』
アワバさんもテハさんも驚いた。俺も驚いた。拳銃一つであいつに勝てる訳がない。だがミカはダウンロードの時間を割く必要があった。壁がもう壊れてしまう。すぐにダウンロードで拳銃を一つ出現させた。壁が遂に壊れる。割れて粉々になっていく中、ミカは構えた。一発撃つと、弾は壊れる石と石の間を通って蜘蛛の目玉に当たった。蜘蛛は痛みで銃を構える事すら出来ない。その隙にミカが背中に乗り、拳銃を構えた。ニッコリと笑い、最期の言葉を発した。
『おやすみなさい……永遠に』
蜘蛛は背中を撃ち抜かれ、動かなくなった。
「……凄え」
「ミカちゃん、よく核の場所が背中って分かったわね?」
『……私が背中に乗った途端に残り二本を出した。つまり最後の砦。後は任せていいの?』
「うんうん。後はお姉さんに任せてもらって結構よ〜」
モニターからミカが消え、現実の方のミカが目を覚ました。すぐに起き上がり、俺の元へ駆け寄ると、抱きついて来やがった。
「陽夜……ありがとう。あの時教えてくれなかったら軽く怪我する所だった」
「普通軽い怪我じゃ済まないだろ」
「ひゅ〜、お熱いね〜二人共〜」
テハさんの冷やかしを受け、俺の顔は赤くなってしまう。
「離れろ! くっ付くな!」
「とにかく二人は健康診断を。息子は治療する事だ。左腕の痺れが取れないんだろう?」
「な?!」
皆から心配かけない様に隠していたのに。やはり親父には隠す事が出来ないのか。メルグさんに左腕を掴まれた。
「見せてみろ……こりゃ神経が麻痺してるな。とにかく安静だ」
俺とミカはテハさんと一緒に治療室へ向かった。親父は残って仕事を続ける。しかしこの戦いを見たコンさんは不安に思っていた。
「どうしますリーダー。陽夜君も強いですが、慣れるのに時間がいるだろうし、どちらか一人になるとこちらが不利ですよ」
「……ベテッサも入れよう」
「彼を? 本気ですか!? ですが彼は……」
「力はある。今必要なのは力なら彼も入れておくべきだ。いずれ加わるんだから」