ギャクテンノチエ
ーー現実ーー
目を開けた瞬間、強烈な痛みが俺の脳に伝わった。
「……うあああああ!!」
あまりの痛さに俺は叫んでしまった。もがいて苦しみ左腕を強く掴む。
「はあ…はあ……ある?」
目でも確認した。食い千切られたはずの左腕だ。痛みもだんだんと引いていく。しばらくして気付いたが、ここはネットの世界じゃなくモニター室だ。だが周りの皆はコンピュータを操作するのに手一杯だ。一人だけメルグさんがキャスター付きの椅子に座ったまま、俺の方に向かってくる。
「どうなってるかわからんみたいな顔しているな。ネットの中で怪我したからって現実ではない。だが痛みは別だからな」
別という疑問に引っかかる。俺は寝ていた椅子から起きようとした瞬間、急な吐き気に思わず嘔吐してしまった。
「う…おえええ!」
メルグさんは気付いてたのか、すぐに近くのゴミ箱を渡してくれた。
「顔色が悪いくらいか。左腕は動くからまあマシな方だろう。すぐにネットから離して正解だな。俺の考えでは神経が切れて動けないと思っていた」
「……そうならなくて良かったです」
「良かねえ! 今回は運良くすぐにネットから抜けれたから、そのくらいの事で済んだ。だがな、下手したら死んでたんだ!」
メルグさんに怒られるのは初めてだ。そもそも怒られるのが無いから正直驚いてしまった。
「……すいません」
「……別に人を助けようとするのは構わん。だが自分が死んだら元も子もねえ。自分の命が最優先だ」
「………それは、人を見捨てろって事ですか?」
「大人になるとな、そういう輩ばかりだ。人を助けるのは命を懸けた行動だからな。そして大事なもんを失う」
メルグさんは俺の頭にポンと手を置いた。その時メルグさんは何故か悲しい目をしている。メルグさんのズボンから少しだけ見える足が目に入った。肌の色をしていなかった。俺は聞かずに理解した。今までの言葉は自分自身が受けた事なんだ。
「……そうだミカは!?」
隣りの椅子にミカは横になって寝ている。どうやら無事みたいだ。いや、ちょっと待て。違う、無事じゃない。頭に装着を着けて眠っているという事は、ミカはまだネットの世界にいるんだ。
「息子よ! お目覚めか?!」
高台から親父の声が聞こえる。見ると親父は手元のコンピュータを操作しながらも、俺に声を掛けてくれた。
「親父……ミカはまだ戦ってるんだな。あれから何分経った?」
「……二十分か。彼女はできるだけ動かないで敵を対処している……ちょっとこっちに来なさい」
俺は親父がいる高台に登った。親父からも説教されるのか。
「お前をネットから戻した後、体を調べると蜘蛛の糸がついていた」
「……糸?」
怒る訳じゃなく、動けなくなった原因を報告してれた。確かに攻撃される時に動けなくならなかったら、避ける事も出来た筈だ。親父が頑張って調べてくれたんだ。
「リーダーはね〜、戻ってきたあなたの身体をくまなくチェックしたのよ。くまなくね〜」
テハさんからの言葉により、先程の思いが消え去った。そして軽蔑の目で親父を見た。
「誤解する言い方は止めてくれ! ネットの身体なんてスキャンしたら大体分かる。もし生身なら今度私がやる!」
「おい、今度って何だ親父」
「………それは置いといて」
「置くな!」
「敵の名はスパイダ。蜘蛛と全く同じだ。住処を作って餌を待つ。捕まった奴は全て喰われる。これ以上増殖したら危険なのでミカに少しでも減らしてもらえるが、核を壊さないと」
話題を変えやがった。しかし今はその状況ではないのも確かだ。後で問い詰めよう。現状は不利な状態か。対策を立てないといけない様だ。
「さてここで問題。見えない糸をどうするか。一応ミカに火を使って何回か試してもらったが燃えないんだ。ネットで調べ様にも戦いに使っているし、他で調べる事も出来ん。電気容量が半端ないんだもんこれ」
普通の蜘蛛と変わらない。そういえばあいつがよく昆虫の本を読んでいたな。思い出せ。確か蜘蛛の糸の体質があった筈だ。
「……火じゃダメだ親父。このウイルス、おそらく世界で調べた中で一番の蜘蛛になっている。なら蜘蛛の糸自体は燃えにくい筈だよ。大量の水を使って水滴をつけるんだ」
「でも蜘蛛の糸が見えても、全然動けないなら意味無いんじゃない? 切って行くのも時間がかかるよ〜」
「それなら蜘蛛自身に引っかかってもらおう。蜘蛛の糸ってのは引っかかる糸と、そうじゃない糸があるんだよ。蜘蛛だって引っかかる」
俺の言葉に誰もが呆然としていた。俺、何か変なこと言ったかな。するとテハさんが俺に聞いてきた。
「陽夜君、なぁんか、やけに詳しいわね?」
「小学校の時にそういう本を読んでた奴がいたんです。俺も一緒に読んでて……」
あいつ、こういうの好きだったもんな。もしかしたら昆虫博士にだってなれただろう。
「……親父! おれをもう一度、ネットの世界に入れろ!」
親父は俺の言葉に顔色一つ変えず、ただ黙っていた。代わりに喋ってくれたのはアワバさんの方だった。
「それはダメだ陽夜君! ネットの君は左腕がまだ修復出来てない。そのままだと痛みが消えず、今度こそ現実にまで影響が出るんだ!」
「戦えるのは俺とミカだけなんだろ?! ミカだけ戦わせるなんて……俺はまた……失いそうだ」
親父以外は何の事か分からないだろう。でも、もうあんな思いをしたくないんだ。
「陽夜! ………鎮痛剤で痛みを止める。だが効くのは三十分が限度だろう。だからそれまで決着をつけろよ」
「メルグさん!? 何を!?」
「リーダー、止めるなら今だぞ?」
「……行って来なさい。息子よ」
親父は優しい声で俺を押してくれた。すぐに準備して、ネットの世界に入った。
ーーネットーー
目を開けるとドーム状の中だ。一応確認したが、左腕はない。別に腕が無くたって俺には足がある。やれるのに見過ごす訳にはいかない。もうあいつの、日影と同じ事になるのは嫌だ。水を流すんだ。と決めたが何がいいか。少ない水じゃダメだ。思いついたのはこれくらいだが
「ここ埋まるくらいの貯水ダム! ダウンロード!」
(ダウンロード中……)
出るのを待つんじゃなくて、この間にやらなければいけない。次はミカの所に行く。ミカは銃声が聞こえる方にいるだろう。そこまでに蜘蛛の糸に引っかからない様にしないと。俺に気付いた蜘蛛が一匹、前に立ちはだかる。
「来てくれてありがとうな蜘蛛野郎、お前で道を作れる!」
勢いよく蹴り飛ばし、蜘蛛はミカの元まで飛んで行く。この道にはもう糸は無い筈だ。
『なるほど、敵に道を切り開かせるんだね』
「まだかかる?」
『時期に完了だ。一分後には水は引く様にしておく』
(ダウンロード完了)
大きな口が出現し、大量の水が出てくる。すぐにミカの元へ駆けつける。
「捕まれミカ!」
ミカに右手を伸ばし、捕まる様に指示した。ミカが捕まると、流れ出す水で俺はある事に気付いた。どこにも捕まる所が無い。そもそも左手が無いから捕まれなかった。
「……どうしよう? このままだと俺達も流されるな」
肝心な事を考えてなかった。勢いよく流されてくる水に俺達は飲まれていく。必死で足で踏み止まり、息を止め続けた。だが息を止めるのも限界がある。ミカの方は平然としていた。
「……大丈夫。私達は流されないし、水の中でも息は出来る」
「……早く言って」
次第に水は引いていく。ミカの手を離し、周りを確認すると、蜘蛛の糸に水滴が付いて綺麗な景色になっている。戦いの場では無かったら観光名所になれただろう。
「……糸は見える。ナイフをダウンロード」
ミカがナイフを出現させ、蜘蛛の糸を切った。力には強いが刃物には弱い。ウイルスの蜘蛛達は水で動きが鈍くなっている。
『よし! スパイダも動けない今がチャンスだ!』