ネタバラシ
これがコンピュータウイルス。困ったな。思っていたよりかなりでかいし、強そうだ。ウイルスというから、粒みたいなのが大量にいるとばかり思っていた。せめて人並みの大きさだと楽に倒せそうだったのだが、世の中そう簡単じゃないと言うことか。
『いいね陽夜君! 敵の攻撃はなるべく避けること! 今回の敵、ワームは相手に乗り移って悪事をやらせる卑怯者。あなたも乗り移るかもしれない』
「それじゃあ見えない防御とかあっても意味無いじゃん!!」
『うーん…軽いダメージならあまり問題なさそうだけど、大ダメージ食らったら危ないわね。当たりどころ悪ければ死んじゃうかも』
テハさんは簡単に言うが大問題だ。もう少し頑丈に作ってくれればよかったものを。
『でもそれ、高いところから落ちたりしても人並み以上に丈夫だから、安心して崖から飛び降りて〜』
「飛び降りれるか! そんなの怖いわ!」
『陽夜君、敵の攻撃が来てるよ!』
アワバさんに言われたが、俺はワームから目を離してない。どこからどんな風に攻撃してくるのか分からない。よく見るとワームは分裂して、小さな箱型の形が数えられないほど飛んで来ている。速いが避けれない速さではない。俺はギリギリまで引きつけて、違うビルの屋上に飛び移った。だがワームの分裂体はすぐに追いかけて来る。
「避けれるが、囲まれない様にしないと…」
問題はあの量なのだ。今でも分裂体は出てきている。俺は次々にビルに飛び移って行き、分裂体に囲まれない様に注意した。あのでかい奴は動こうとしない。全て小さな分裂体で攻撃をしてくる。つまりあのでかい奴は動けない。それとも動こうとしないのか。分裂体の一部がいつの間にか先回りして前から飛んで来た。左右のビルは高すぎて飛び移れない。前後に挟まれた。
「しまった…これでは逃げれない」
『陽夜君! 君は重力を気にしないでいい! ビルだって足場さ!』
アワバさんのそんな言葉を素直に聞き入れるのは、普通なら無理だろう。壁を走れるなんてゲームみたいな話だ。だが俺は信じて飛び移り、壁に足を掛けた。踏み込むと重力が壁の方になり、楽々と走れる様になった。すごい。まさに何でもできる四次元ポケッ……いや、四次元世界だ。分裂体も俺を追ってくる。
『陽夜君。壁を作って飛んで来ている分裂体を止めさせよう』
「待って! こいつらは集団で動いている。軌道を変えさせて、バラバラに攻撃して来たら面倒になりますから」
アワバさんは俺の考えの方が正しいと判断してくれた。しかし俺と分裂体の距離が段々と縮まっていく。
「逃げてばかりじゃダメだな。どうすればこいつらを倒せるんだ!?」
『ウイルスは共通した核がある。それを壊すといいんだけど…』
「どこかに核があるのか分からない。だな……これじゃあ核を見つけるなんて一苦労だ! アワバさん、何か武器ないの?!」
『この世界、望む物は何でも出せるよ』
それは頼もしい。思うがままの物を出せる世界。これはこちらが有利な戦いだ。
「それだったら、大砲だ!」
俺は立ち止まり、両手を挙げて大砲が出てくるのを待った。だが大砲は出てこず(ダウンロード中…)と文字が現れた。
「いや待てるかあ!」
分裂体はそんなの待ってくれない。俺はとにかく猛ダッシュで逃げた。分裂体が次々と飛んで来ている。俺の武器なんか奴らは待ってくれない。アワバさんから今になって注意された。
『武器は何でも出せるが、すぐには出せない物がある。いきなり強い武器は無理だから、簡単な武器にして』
「簡単って何だよ!? てかもうちょっと、改善しないと、戦いに、不利じゃ、ないか!?」
こうやって話している間にも、次々と分裂体が飛んで来た。俺は何とかして避けているが結構ギリギリだ。文句ばかり言う俺に、メルグさんの声が聞こえた。
『陽夜! 戦いはもう始まってるんだ。戦いに待ったは無い。敵はいつでも隙を突いて攻撃してくる。だからって泣き言は言うなよ。お前は自分の意思でここに来たんだからな』
「メルグさん……でも俺は戦いなんて素人だ。どんな風に戦えば……」
『素人とか関係ない。お前にはできる事がある。ミカを見てみろ』
「……ミカ?」
ビルの頂上まで登ると、分裂体が追ってこなくなった。不思議に思ったが、とにかくミカを見つける事を最優先した。ここからならミカの戦う姿がよく見える。ミカは後ろに下がりながら、両手に拳銃を扱ってる。弾を次々と撃ち込んで、分裂体を壊して行く。だが数発後、銃の弾は切れた。
「リロード」
ミカの言った途端に出た(ダウンロード中…)の文字はすぐに完了になった。銃の弾は再び出ている。リロードするのに自分でやるのと時間は変わらないのか。しかしミカのとこには、それとは違う(ダウンロード中…)の文字がある。もう少しで完了ゲージが溜まる。ダウンロードが完了すると水色の小さなボックスが現れた。ミカはそこに手を入れ、武器を取り出した。出てきたのはマシンガンだ。軽々と構え、分裂体は粉々になっていく。そのままマシンガンをでかい方に撃ち込んで行く。
「す、凄いなあいつ……」
しかしでかい奴は、分裂体をガードさせて攻撃が当たらない。これで倒す事は出来ない様だ。
ミカの真似は俺には出来ない。当然だが銃なんて使った事も無い。それに俺はネットゲームのシューティングも、昔から上手くなかった。俺が得意な物なんて、サッカーで鍛えたこの足くらいだ。
「足だ…」
そうだ。得意な物がある。ビルの頂上から飛び降りた。風で長い髪が泳ぐ中でもアワバさんに声は聞こえる。
「アワバさん。俺の足をあの分裂体に攻撃できる様にしてください」
『何か策はあるのかい?』
「なかったら言いませんよ」
俺の足は地に着く。驚くことに本当に痛みはない。軽くジャンプしただけの様だ。分裂体が俺を追ってくる。(ダウンロード中…)のゲージはすでに完了している。足が鋼鉄の様に黒いブーツに覆われた。いつもと変わらない重さだ。俺は飛んで来た分裂体を蹴ると、分裂体は粉々になった。
『凄いよ陽夜君!』
「こんなの上級向けのリフティングですよ」
もちろんリフティングとは全く違う蹴り方をしている。しかしこの攻撃は止まない。やはり核を壊さないといけない。
「ミカ! マシンガンで奴の本体、でかい奴に集中攻撃してくれ!」
「核の場所、分かったの?」
「核ってのはあいつの命だろう。攻撃せずに大事に守っているでかい奴の所さ。ならあれを全てぶっ壊す武器をアワバさん! そんな武器を出したいんだけど…」
俺はミカに守ってもらう間、座り込んでアワバさんにある武器の提案をした。正直そんなのあるのか分からない。銃声だらけの中でもアワバさんには伝わった。
「…ていう物が欲しいけど、ある?」
『あるんじゃなくて、作るんだよ。この世界で不可能は無い!』
「ダウンロードするタイムは?」
『六十秒だ。決めてくれよ!』
「ミカ! 三十秒たったらマシンガンで本体の中心に風穴を開けてくれ! その間はお前は俺が守ってみせる!」
「……わかった」
三十秒後。ミカはでかい奴の一点に集中してマシンガンを撃ち出した。ミカに近づいてくる分裂体を俺は次々と蹴り壊していく。分裂体もでかい奴を守る為、攻撃できなくなっている。今がチャンスだ。ここから蹴るなら力一杯だ。(ダウンロード中…)の文字は完了になり、ボックスが現れた。俺は手を入れて中からボールに似た物を取り出した。見た目はボール、だがこれはとても強くて固い時限爆弾だ。
「いっけえぇ!」
俺はボールを蹴り飛ばすと、ミカがマシンガンで開けた中心に入っていった。その数秒後、大きな爆発を起こした。ワームは粉々になっていき、散り散りとなった。
「勝ったか…」
『ウイルスの消滅を確認したわ。陽夜君、私達の勝利よ』
よかった。急に目の前が真っ暗になった。
ーー現実ーー
そして目を覚ますとイスの横になっていた。どうやら現実の世界に戻ってきた様だ。
「お疲れ様陽夜君! 良かったよー」
皆が拍手してくれた。だが何故かそこに親父の姿が見当たらない。俺は気にせずに礼を言った。こんなの俺だけじゃ、どうにも出来なかった。
「皆さんのおかげです……これであのウイルスで苦しんだ人達は救われたんですね」
「大丈夫、そんな人いないから。だってあのウイルス作ったの私達だから」
「……はい?」
いきなりのビックリ発言に俺は聞き間違いかと思った。そこにコンさんが代表して事情を話した。
「ごめんね陽夜君。今回のテストなんだ。ワームは昔のコンピュータウイルスで、もうとっくに対策ウイルスが作られているの。陽夜君が戦えるかどうか確認する為のテストだったの」
「じゃあ今の戦いは練習だったのか? 何でそんな事を?」
「あー……リーダーが」
「よくやった我が息子よ! 試練が乗り越えたたくましき勇者よ!」
いきなり親父が現れた。俺に見えない様に、部下の後ろに隠れていやがった。
「つまり…ドッキリだったって事か…ミカ、お前も知っていたのか?」
「作戦会議で敵の核は知ってたけど、陽夜がそこに気付くかどうか試せという命令だったから」
そういうことか。だから作戦会議に出なくていいと親父は言ったんだ。よくよく考えてみたら、俺が戦っている時、何も言わなかったな。本当に俺を試していたのか。
「という訳で、ここでネタバラシ。ドッキリ! だぁいせぇいぶぉう!!」
俺は勢いよく親父にストレートパンチを喰らわせてやった。親父は後ろに転がって、壁に激突した。
「な…ん…で…」
「まあ当然でしょうね」
部下全員の言葉だった。俺は怒りの中で涙が出ていた。
「俺は死ぬかもしれねえと思っていたんだぞ! 人の命かけてふざけてんじゃねえ!」
俺は泣きながらも親父に言ってやった。皆は驚き、何も言わなかった。親父はそんな俺を見て、本気で答えてくれた。
「……すまなかった息子よ。お前達は絶対に死なせない。絶対に俺が守ってみせる」
いつもふざけている親父だが、俺はその言葉を信じることにした。だがアワバさんが、親父の言葉を一つ訂正した。
「俺が、じゃなくて、俺達ですよリーダー。皆さんで世の中を変えていきましょう」
親父は手を叩くと立ち上がり、俺に近寄り肩を叩いた。急な行動に驚いた俺は思わずビックリしてしまった。
「息子よ。それにミカ。ウイルスを倒すバスターとして、これからも頑張ってくれ」
「……ああ!」「………」
俺は返事をして、ミカは頷いた。親父の口は笑顔になっている。その時俺はテハさんから呼ばれた。
「はいはい陽夜くーん、体に異常が無いか調べるから一緒に来てくれない? お姉さんと一緒にぃ、二人だけでぇ、体を隅々まで調べるわよ〜」
「テハさん以外でお願いします」
という訳で、俺は丁重にお断りした。するとテハさんは、コンさんからの怒りの鉄槌が飛んで来た。
「テハ! ちゃんと仕事しなさい!」
「アイアイサ〜。もう、そんな怒ると鬼の教官ってアダ名ついちゃうよ」
「コンさんが怒ってるの、テハさんだけですよ」
俺は困りながらも、テハさんは相変わらずのマイペースだ。別室に行く俺をアワバさんは凝視していた。
「……メルグさん、ミカはともかく陽夜君はやけに戦闘慣れしてませんか? 運動していたのは知ってましたが、それってサッカーでしょう? それだけでここまで出来るんですか?」
「お前はもう少し世間の発展を知っておけ。今ではコンピュータで運動教育ができる時代だ。無論その子のやる気次第で強くなる。陽夜がここに遊びに来た時、ネット世界でプロに指導を受けていた。結構強くなってたぜ。サッカーを始めてからあまり来なくなったがな」
「だけど、ビルから簡単に飛び降りたり…大丈夫といっても、普通は怯えると思いますが」
「……人には知りたくないものがある。俺もお前も、陽夜にもな」
眠りから覚めると家の天井が見えた。俺は家に帰る途中、いつの間にか寝てしまい、ベットまで運ばれた様だ。時計の針は六時を指している。起きるとテーブルに一枚の紙と箱が置いてある。紙には親父の字が書かれてあった。
(天才であり優秀であり優しい我が息子へ。お疲れ様。昨日は風呂に入ってないから入って学校に行きなさい。これからは連絡する。そこに置いてあるケータイを贈ろう。最後に、この研究に参加している事は、他言無用でお願いする。天才であり優秀でありかっこいい父より)
最初と最後のが無ければいい手紙だったのに。箱を開けるとケータイが入っていた。初めてのケータイで結構嬉しい。そういえば昨日風呂に入れなかったが、親父は俺が臭かったのか。それだとちょっとショックだ。今から入るとしよう。洗面所に向かってドア開けようとした瞬間、昨日の記憶が蘇り手を止めた。もしかしたらミカがまた入っている可能性が、あり得なくは無い。親父の誘導に乗っていくとこだった。ノックをして確認するが、返事はない。本当にいなかった。
そういえば結局ミカが俺の許嫁って話、結局本当なのか分からなかったな。まあ親父の冗談だろう。