オモイデノサイカイ
『…おい。この殺人者。死んだのはお前のせいだぞ死んだのはお前のせいだぞ殺人者死んだのはお前のせいだぞ死んだのは』
目が覚めた。どうやら夢だった様だ。アイマスクを外すと眩しい光が眼に入る。慣れてくると真っ白な部屋にいた。いつの間にかソファの上まで運んで貰ってたんだ。
「久しぶりね〜陽夜くーん」
女の人が声を掛けてきた。気付くのが遅かったが、俺が小さい頃に会った人だ。
「あー…お久しぶりですね。テハさん」
「覚えていてくれたんだ〜。それにしても…大きくなった? 」
「背はちょっと伸びましたよ」
「髪の毛は伸びしちゃって、まるで女の子みたいに可愛い〜」
「俺は男です!」
昔から女の子に間違えられたな。今でもよく言われるが、髪が長いからじゃない。顔が母に似ているだけだ。そもそも親父の素顔を見た事ない。いつも仮面を被っているからな。
「…親父は?」
「リーダーはミカちゃんとミーティング中。陽夜君はここで待ってていいよー」
テハさんは胸ポケットからタバコを取り出した。そういえばこの人タバコを吸っていたな。臭いが嫌で近付きたくなかったっけ。扉が開いて親父が入って来た。
「ちょっとテハさん! 息子の前ではタバコを吸わないでと言ってるでしょ!」
ここからじゃよく見えないが、女の人が親父と一緒に歩いてきた。テハさんは火を点けるのを止めて、渋々とタバコを直した。
「えー…そのルールまだ残ってるんですかぁ。陽夜君もう中学生でしょ? だったら身体でもっといい大人の体験しないと〜」
「は、破廉恥だぁ!」
「あら懐かしいその口癖…アイタ!」
テハさんの後ろから女の人にファイルで頭を軽く叩かれた。
「バカな事やってないで、あんたも仕事しなさい」
「コンちゃん痛い〜。もっと優しく注意して〜」
「もっと厳しく注意してやろうか?」
「仕事しまーす」
テハさんはゆっくりと後退りして逃げて行った。この人の名前は覚えている。コンさんも昔会った人だ。
「お久しぶりです。いつも親父がお世話になってます」
「久しぶりね陽夜君。ありがとね。親父さんが無理言ってたとか、だだこねてたとか、大変だったでしょ?」
「あはは……慣れてます」
今になって始まった訳じゃない。そういえばテハさん、親父はミーティングって言ってたな。
「親父、俺はミーティング出なくてよかったのか?」
「別に出なくていい」
冷たい返事をされたな。親父も忙しい身だから、俺に構って貰えないのか。
「立てる? だったら一緒に来てくれるかしら」
コンさんに言われるまま、俺は部屋に連れて行かれた。すごい部屋だ。壁には大きなモニターが設置され、中央には他の場所よりも高い台がある。コンピュータが何台も置かれているが、その数に対して、扱ってるのはたったの二人だけしか見えない。メガネを掛けた若い人は初めて見るけど、年老いた男は知っている。
「メルグさん! 久しぶりです!」
「おお陽夜! よく来たな。元気してたか?」
「…まあぼちぼちと」
メルグさんの大きな手で頭を撫でられた。昔よく遊んでもらったのを、今でも覚えている。見た目は相変わらず怖いが優しい人だ。久しぶりの再会だが、その質問にいい返事はできなかった。メルグさんは俺と出会った頃を思い出していた。俺も覚えていない。
「最初会った時はまだ小さかったな。俺の顔を見て怖がってよ」
「それはそうでしょうね。メルグさんそんなんだから僕もビビりますよ」
もう一人のメガネを掛けた男が会話に入ってきた。俺に右手を出して握手を求めてきた。
「僕とは初めてだね。アワバです」
「初めまして、俺は…」
「陽夜君だろ? ここじゃあ有名人だよ。入って最初に覚えさせられたもんさ」
「ハハ……変な教育」
「陽夜くーん、こっちおいで〜」
テハさんが男を誘う様に俺を呼んだ。
「変な呼び方やめてください。それじゃあ今日はよろしくお願いします」
俺は二人にお辞儀して、テハさんの元へ向かった。アワバさんは俺に聞こえない様にメルグさんと話し出した。
「………本当に男なんですか?」
「お前さんはリーダーの話に聞いていないのかい? いつも息子と呼んでいるだろう」
「だから確認したんですよ。しかし、リーダーは本当にやる気なんですかね?」
テハさんの所に行くと、いろんなケーブルが刺さったイスが置いてある。近くにはパソコンやモニターがずらりと並んでいる。隣にもイスが同じ様にされてある。そこに座っていたのはミカだ。ミカの手には本を持っていた。今時本なんて珍しいな。誰だって電子化されたネットで読んでいるのに。
「陽夜君はここに座って、その機械を頭にかぶってね」
ヘルメットの様な形だが、所々に突起があって、まさしく脳を使う機械みたいだ。
「……なんか怖いな」
「大丈夫大丈夫。痛くしないからね〜」
テハさんは緊張無さげに言ってくる。ミカはいつの間にか準備が出来ている。俺もイスに座って頭に機械を取り付ける。意外と思い。ゆっくりとイスが倒れ出した。ある程度倒れると止まって大きなモニターがよく見える。映画館ならバッチリの場所だ。イスから手足を止められ、動けない様にされた。
「本当に大丈夫なんですか?」
「目を閉じててね。リーダー完了です」
「こっちもオッケー」
親父は中央の高台に上り、全員の合図を確認した。
「確認ヨシ! ウイルスを退治し、世に安泰を! バスター出動!」
親父の今までにない真面目な声に、緊張が走る。頭に鐘の音が鳴り響く。眠りにつくような音だ。
ーーネットーー
音が止み、目を閉じたままずっと待っているが、特に何も変わってない。
『陽夜くーん、目を開けていいよ』
何処からかテハさんの声が聞こえ、目を開けるといつの間にか街にあるビルの屋上に立っていた。普通の街じゃない。空は真っ赤だし、周りのビルも白くて窓一つもない。
『目開けたね〜。ていう事は聞こえているんだね陽夜君?』
またテハさんの声が聞こえた。何処にもいないのに、頭に直接聞こえてくる。
「聞こえるよ! テハさん。ここがネットの中か?」
『せ〜いか〜い。体に違和感無い?』
「無い……制服のままなんだけど、今から戦うのにもうちょっとちゃんとした服の方がいいんじゃ?」
『えー! 戦闘服とか作るの面倒くさいでしょ』
面倒くさいで手を抜かないでいただきたい。この格好で大丈夫なのか。
『大丈夫よ! 見えない様に防御されている様にプログラムされてるから、何なら本体の方私が脱がせてあげようか?』
「結構です!!」
テハさんのふざけが過ぎたのか、途中でコンさんに変わった。
『変われバカ。陽夜君。時間がないから手短に行く。まずはミカと合流してくれ。戦い方はやりながら教える』
「そんな曖昧な……あの女は何処にいるんだよ。こんな所じゃ見つけられねえよ」
俺は周りを見るが高いビルに囲まれていてミカを探せない。下を見ても高くて底が見えない。こんなの落ちたらどうなるか分からない。
『道は作る。アワバ! 道を用意してミカの居場所に送って!』
『了解しました!』
アワバさんの返事が聞こえ、目の前に光の道が出来て行く。俺はあまりの凄さに驚きの声が漏れた。
「す、凄え!」
『言うなら私達は四次元ポケット。何でもやれるわ。その道を進んでいったらミカと合流できるわ』
光の道はビルの間を通って行く。俺はゆっくりと光の道に足を置き、安全かどうか確認した。
『ハハハ、陽夜君、僕が作ったから見た目より頑丈だよ。走っても壊れたりしないから』
アワバさんを俺は信用して走り出した。見渡しながらミカを探すが見つからない。
「ミカは何処にいるのかわかるのか?」
『すでに敵と遭遇して戦っているわ。早く加勢しに行かないと』
あいつはもう戦っているのか。テハさんとのんびり話している場合じゃなかったな。急いでビルの間を抜けて行くとミカの後ろ姿が見えた。だが、ミカよりも目に映ったのは、大きくて四角い黒い塊だ。
『あれがコンピュータウイルス…ワームよ!』