オヤジガイル
学校のホームルームは終わった。誰もが部活に行くだろう。だが俺はもう行く必要は無いんだから、こんな所さっさと出て家に帰る。
「陽夜君!」
誰かが俺の名前を呼んだ。この声は知ってる。後ろにいるのは同じクラスの静坂だ。
「何か用?」
「えっと……今日、部活休みなんだ。一緒にーー」
「あいつって学校ニュースに載ってた奴じゃねえ。怖え怖え」
「何で退学になってねえんだよ」
「学校来るなよ」
静坂の声が周りの連中の所為で、最後まで聞き取れなかった。いや彼女が最後まで言うのを止めたのか。前文的に、今日は一緒に帰ろうという誘いだったろう。
「一人で帰る。お前も俺に話しかけるな」
これは警告だ。今やネットが社会の一つだ。この迷命中学校のどんな小さな事件も、ネットニュースに載る。いい事で載ったらヒーロー扱いだが、悪い事で載っちまうと犯罪者扱いだ。そんな奴といたら何言われるか分からない。俺なりの優しさだ。
だからと言って、周りの連中に腹が立たない訳じゃない。六月になってしばらく雨が続いてたが、今日は久しぶりに気持ちよく晴れた。なのにあいつらのせいでイライラする。そう思っていたら気付けば家の前だ。何故か家に灯りが点いている。変だ。消し忘れ、いや誰か居る。まさかと思いドアを開けた。
「おっかえり〜、我が息子よ」
リビングで迎えてくれたのは親父だ。珍しく親父が居る。仕事ばかりでろくに家に帰って来れないのに、明日は雪でも降るのか。相変わらずの変な仮面を着けている。
「た、ただいま。驚いた……親父がこんな時間に家に居るなんて」
「まあな、ちょっと時間が空いたからな。息子と話でもしようかと」
忙しいくせに、ちょっと時間が空いたなら睡眠を取ればいいじゃないか。全く親父は、いつもそうやって頑張るんだから。
「ちょっと待ってな。今から飯作るから……ご飯食べる時間はあるのか」
「あるさ。久しぶりの息子の飯だ。悪いが三人分頼む」
「三人? 誰か来るのか?」
「もう……洗面所で手を洗って来たか?」
そういえばいつもやっていることなのに、親父がいる驚きで忘れていた。しかし親父が気付くなんて、ちょっと変だな。とにかく洗面所に向かいドアを開けた。そこには金色の長い髪をした女性が立っていた。一瞬何が起きているのか分からなかった。その人はタオルで髪を拭きながら、裸だった。
「な、なな! ごめんなさい!!」
すぐに閉めた。驚いて呼吸が上手くできない。リビングを向くと、親父が手で口を塞いで、一生懸命笑いを堪えてやがる。
「親父!! 誰だあの人!! ていうか風呂に入っていたの知ってたなら教えろ!!」
「なかなか面白い反応だったぞ。しかし息子よ。ナイスタイミングだ!」
「ナイスじゃねえ! この破廉恥がぁ! ハア…ハア…誰なんだあの人」
「お前には話していなかったな。実を言うと彼女は、生き別れの妹でな」
俺はキッチンに置いてたフライパンを手に取って、親父の前で振りかぶった。
「おい、ちゃんと本当の事言わねえと、フライパン落とし食らわせるぞ」
「怖い! 息子よぉ。何故そんな怖い事を考えるようになったんだ。母が悲しむぞ。なあ朝月?」
親父は仏壇で逃げて行き、妻の写真を抱きしめる。後ろからさっきの女が出てきた。こいつが妹の訳が無い。そもそも母は俺を産んで死んだんだ。絶対にありえない。
「で、そろそろ教えろ。この人は誰なんだ?」
「彼女はミカ。外国人って設定だ」
「設定って何だ? 確かに日本人ではなさそうだが、親父んとこの新しい会社員か何かか?」
「いいや、お前の許嫁だ」
「……は?」
「腹減ったなぁ、今日の飯は何だ?」
「いやなに話終わってんだ! 許嫁なんて聞いた事ねえぞ!?」
親父は怒ったように、勢いよく拳をテーブルに叩きつける。
「当たり前だろ! 今言ったんだから!」
「さも当然みたいに返してんじゃねえ!!」
「まあまあ話は飯食いながら言うから、ごーはーん。ごーはーん」
「はあ……疲れる」
三人分の飯なんて用意できるのは、カレーくらいしかない。しかしあの女が気になってしょうがない。ミカって名前で金髪で金色の瞳に長いまつ毛。スタイルは……ともかく、どっからどう見ても美人だ。そんな美人が親父とどう知り合ったんだか。ていうか会ってから一言も喋らないな。
「親父。カレーにするけどこの人辛いの大丈夫?」
「さあ? 聞いてみればいいじゃないか?」
いや親父の方が知ってるから、親父に聞いたんだよ。こんな人と初対面で話すのは、誰だって緊張する。特にさっきの後では。
「えっと……ミカさん。辛いのとか大丈夫?」
彼女は答えるどころか眉一つ動かさない。そもそも日本語が通じていないのだろうか。
「……大丈夫」
日本語で返事をしてくれて少しホッとした。言葉は通じる様だ。
「おいおい。何を緊張してるんだヨ! お前と同い年なんだからもっと仲良く接しろヨ!」
うるせえ親父がラップっぽく言いやがって、腹立っていたのが思い出し、親父の分も余計に腹立つ。イライラしながら作っていると、あっという間にカレーが出来た。時計を見ると大分時間は経っている。
「親父、飯できたぞ……親父?」
親父の返事はない。テーブルの前に座っていたが、どうやら横になって眠っている様だ。仕事で疲れているから起こし辛いな。突然、親父のケータイが鳴り出し俺は驚いた。親父はすぐに動き、ケータイを確認した。
「親父……飯、できたぞ」
昔を思い出す。親父と一緒に食べる予定が、ケータイが鳴って仕事に戻らないといけない。よくある事だ。
「……よし、食べよう!」
「親父、いいのか? 仕事に戻らなくて」
「飯を食べたらな。迎えが来るから急いで食べねえと」
何だろう。いつもと違って、なんか嬉しいな。
「それにまだ話がある」
そうだった。俺も話したいことはあるが、とりあえず親父の話を聞こう。飯が冷めない内に食べ始めると、親父が話し出した。
「まず最初に俺の仕事。このネット社会で起こっているウイルス問題、その対抗策が遂に完成した」
「よかったな親父。お手柄じゃん」
「しかし問題が一つ! 誰がこれを使うか」
俺にはよく理解できなかった。そんなの誰だっていいんじゃないのか。
「この対策を簡単に言うと、精神をネットに入り込んでウイルスと戦う。ゲームでもよくあるモンスター退治みたいなものだが、相手はウイルス。これはリアルにダメージが来る上に、ゲームなんかはすぐに呑み込まれる」
「親父が作ったのはそのウイルスと戦う事が出来る……だが戦闘なので、運動もロクにしてない人には出来ない。そういう所か」
俺は早々と理解した。ゲームに慣れてるというバカが、ゲーム感覚で始めて大怪我でもしたら、怯えて戦う事がマトモに出来ないだろう。つまり死ぬ事もある訳だ。
「大正解! 正解した息子には、豪華賞品を差し上げよう!」
「いらん。つまりこの人は……戦う人なのか?」
気付かれない様にちらっと彼女を見ると、黙々とカレーを食べている。危険な戦いに出なければいけないのか。そう思うと俺が持ってるスプーンが重くなる。
「そう。そしてお前もだ息子よ」
俺はスプーンを口に入れる瞬間に、とんでもない事を聞いてしまった。思わずスプーンを落としてしまった。
「……ちょい待った。話の流れ的にそんな感じはしたが、俺は運動なんて、学校の授業くらいだぞ。部活もこの前辞めたの、親父も知っているだろう? もっとスポーツマンとか、軍人の人とか雇えばいいじゃん」
「そいつらは高い! 身内なら経費が軽くなる!!」
親父は拳でテーブルを叩き強く発言する。
「そんな理由か!経費削減で選ばれたのか俺は!」
「待て待て、これは半分の理由だ。コンピューターの中だから身体は小さくて若い方が、動きに支障は出ない」
「本当か? 嘘くさい理由だな」
「……断らないって事は、やってくれると判断するぞ?」
「……やらないって言ったら、やらずに済むのか?」
質問を返すと、頭をかきながら親父は答える。
「いや、無理矢理にでもやらせるつもりだ。断られたら、眠らせて連れて行くつもりだった」
「何さらっと拉致しようとしてんだ。ごちそうさま」
カレーを食べ終えたので、台所に食器を運んだ。水を出して洗おうとすると、ミカさんが食器を持ってきた。
「…ありがとう。そこに置いててミカさん」
「ミカでいい。同い年だから」
なんという事だ。彼女は俺と同じ歳だったのか。親父の話で歳は近いと予想していたのに。結果この人の名前と年齢しか分からなかった。この人は望んで戦いに来たのだろうか。黙って聞いていたのだから、今知った事ではないはずだ。俺と一緒に連れて行く為に、親父と来たのか。
「ん? 連れて行く……てことは、今からか!?」
「流石だな息子よ! 迎えがそろそろ来るから支度しておけよ」
「明日学校あるけど、それまでに終わるのか?」
「多分ね」
た、多分って、なんと曖昧な言い方だ。ドアのインターホンが鳴る。迎えが来たのだろう。何故か親父が驚き怯え出した。
「マズイ! 隠れろ! 私の休憩時間が終わってしまう!」
「いや居留守使ったってバレるだろ。親父のケータイがあるんだから」
「リーダー! お迎えに上がりましたよ! 無駄な抵抗はやめてください」
ドアの向こうから低い声が響く。親父は諦めるしかない。
「ほら呼んでるぞ。飯食い終わってないの親父だけだぞ。早くしろ」
「あれ!? もしかして私待ち?」
今頃気付いたか。とりあえず迎えの方に待って頂く様に玄関に向かった。ドアの先には白衣の男が一人佇んでいた。
「すいません。あと十分待って頂けますか?」
「……分かりました。リーダー! 十分以内に来ないと、今後は休み無しです!」
「ひどーい!!」
俺も支度しなければ、風呂に入る時間は無い。とりあえず洗面所で顔を洗って歯を磨く。親父が食い終わったので、食器を洗い終える。その間に親父達は外に出て行った。
「息子よー。早くしろー」
「誰待ちだと思ってたんだ!」
外に出てすぐに眼に入ったのは、高級なリムジンカーだ。俺は乗るのに躊躇したが、後ろから親父が押してきた。
「ほら乗った乗った」
「おい押すなよ親父!」
こんな高級車に乗るなんて、緊張していまう。
「出してくれ」
親父が合図すると車は走り出した。親父は座席に置いてあった物を俺に渡した。
「着くまで少し時間があるから、それまで眠るといい。ほれ、毛布にアイマスク。あと子守唄を歌ってあげよう」
「最後のはいらん!」
怒りが込み上げたまま、俺はアイマスクを着けて、毛布を頭から被った。