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女王はテレパシーで、直接僕の脳に声を送ってきた。
僕の心は女王には読める構造だからか。
『ライザ、すっかり恋する乙女ね』
『あれだけプライド高かった人なのに』
『もうウォルさんしか見えないのよ。
自分が本気で愛してることにやっと気付いたのだから』
『うーん・・・』
『せいぜいこき使ってあげなさい。大事な妹だけど、罪人なんだから』
『・・・』
『あとは楽しく見物させてもらいますね』
『・・・まぁいいですけどね』
にっこりと微笑む女王は楽しそうだった。
『ウォル』
『・・・』
『思えば私は、ウォルにひどいことばかりしてきた。
なまじっか力を持っているせいで、力なき者への配慮が足りなかった』
『・・・』
『おかしいよな。精神を破壊した張本人がこうして看病しているなんて。
でも私は嬉しい。お前を愛していると確信したから』
『・・・』
『一生かけて罪を償えるだけのものはある。
ウォルのために、私の時間は全て捧げる』
『・・・』
『私のことを殺したいほど憎いなら、殺せばいい。
私は抵抗しないし、拒否もしない。』
『・・・』
『ウォル、声を聞かせてくれないか』
『私のことはどう扱ってもいいんだ。
性欲が溜まっているならすぐに服を脱ごう。
腹が減ったなら何でも食べさせてやる』
『・・・』
『・・・心が読めないことがこんなにも不安をかきたてるとは。
人間の心というのは本当に難しい』
少しからかってやろうと思った。
僕はどっちかといえばMだと言っておく。
『どうせまた殴るんでしょ』
『ウォル!?
いや、もうそんなことはしない』
『自分勝手に殴ったり蹴ったり。
レイザ女王以外のエルフは怖くて仕方ない』
『姉さんか・・・
ウォル聞いてくれ。私はお前に許してもらえるならば何でもする覚悟だ』
『なんでも?
できないことがあったらどうするんだよ』
『できるまで努力する』
『そうかい』
ライザの決意は本物だろうか試した。
本物、なのかな。
『ウォルの声が聞けて良かった』
『僕はちっとも良くないね。』
『・・・すまない』
『手のひらを返したような態度を、急にとられても困る』
『・・・ウォル』
『どうせまた僕が言うこと聞かないと暴力でしょ』
『物事を強い弱いでしか判断できなかったライザが、そんなすぐに変われる訳がない』
『ぐ・・・』
『だいたい愛ってなんだよ。わかるように説明してみろ』
『説明は難しい。感覚や感情のことだから・・・すまない』
『ふぅん』
『今の私は、お前の幸せを心から願っている。
それが私によってもたらされるならこれ以上ないことだが、お前が幸せになるのに私が邪魔になるなら私は去る』
『口ではなんとでも言えるよね』
『ウォル・・・』
僕、性格悪いな。
自分が嫌いになりそう。
『もういいよライザ』
『な、なんだ』
『別に僕は精神病でも恐怖症でもない。あれは女王のデマだよ』
『なんだと、姉さんが』
『僕の心が読めないのも女王にブロックしてもらったからだよ』
僕は小屋から逃げだした理由と、この国に来るまでのあらましを全てライザに話した。
『・・・』
『無実の罪が晴れたならそれでいい。ライザに罪を償ってもらおうなんて思わない。
僕もライザも、これから好きに生きていけばいいじゃない』
『私のことを、許してくれるのか』
『どうでもいいんだ。正直、めんどくさい。
だけど人間界には戻れないな。一度ついた悪いイメージは拭うのが難しいからね』
『私は罪を犯してしまったので、もう人間界には一生戻れない。
この国や違うエルフの国でしか生きられない』
『僕は女王に頼んで、ここでなんとか暮らしていけるようにしてもらおうかな』
『・・・』
ライザを解放してあげたいが。
なんだか何をやっても僕に着いてきそうだ。
『私は、ウォルの側にいてもいいだろうか』
『別にもう一緒にいる理由はないじゃないか』
『ウォルは優し過ぎる。
私はお前に殺されてもおかしくないほどのことをしたじゃないか』
『僕の肉便器として側にいろって言われても、側にいられるのか』
『ウォルの性欲処理に使われるなら、私の身も心も本望だろう』
『・・・』
僕はどうしたいのだろうか。
とりあえず二人での会話はここで打ち切り、女王に事情を話に行くことにした。
『そうですか。これで本当にいいのですか、ウォルさん』
『はい』
『ライザの犯した罪のせいで、他人からの信用を失くしたのですよ。
人間界に戻るとなると苦しい生活が待っているでしょう』
『そのことなんですけど・・・この国で生活させてもらえないでしょうか?』
『あらあら』
『住む小屋なら自分で建てますし、極力エルフの方にも接触はしません』
『別にそれは構わないですよ。
過去に人間がこの国に住んだ例はありませんが、反対する住民はいないでしょうし』
『良い国ですね』
『褒めてくださってありがとうございます』
僕が女王と話している間、ライザは何も言わなかった。
『ライザ、ウォルさんが優しい人で良かったわね』
『よくない』
『え?』
『償う罪がなくなってしまった以上、私はどうすれば良いのだ。
ウォルに嫌われたくないが、罪は償えない』
『恋する一人の女としてウォルさんにアタックすればいいじゃない』
『へ?』
『だ、だがウォルには・・・私は罪を犯したのに、ウォルが罰はなしにしてくれたのに、これ以上望んでも良いのだろうか』
『あなたが正しいと思うことをしなさい。
ウォルさんのことを一番に考えれば、自分がとるべき態度や行動がわかるでしょう』
『姉さん』
『ウォルさん、不器用な妹でご迷惑をおかけします』
『いいですよ、別に』
どうでもいい。
あの事件以来、ライザには恋愛感情のたぐいは感じていない。
感じない。
けど、なんだろう。よくわからない感情は抱いている。
女王は、城から少し離れたところにある、無人の空き家を貸してくれた。
城下の住民のエルフはみんな僕らの事情を知っているから、安心して普通に生活していいと言われた。
さっそく、明日から生きていくための準備をしなくては。
『ウォル』
『なんだいライザ』
『私はウォルと一緒にいたいんだ。ウォルが望むことは何でもしてやりたいんだ』
『・・・』
『炊事や洗濯などの家事は全て任せてくれないか。頼む』
『勝手にしなよ』
ライザと一緒に住むことになった。
『・・・』
『僕の顔に何かついてる?』
『いや、何も』
『そう』
『その、ウォルの肌に触れても良いだろうか』
ライザは頬を染め、右手を胸元でキュッと握っている。
僕は期待に潤んだ瞳に吸い込まれそうになった。
『・・・』
『いや、すまない。罪人のくせに厚かましい願いであった』
『どうして、僕に触れたいの?』
『私の、自己満足だ。おかしいよな』
『・・・』
僕は俯いて立っているライザを正面から抱きしめた。
なぜそうしたのか自分でもわからなかった。
『・・・ウォル』
『ライザは僕への罪の意識より、自分の感情を優先するんだね』
『ちがう・・・いや、確かにそうだ・・・』
『無理しないでいいんだよ。僕はライザの犯した罪についてはもう、何とも思ってないんだ』
『ウォル・・・うぅ・・・すまない・・・』
僕より背の高いライザが僕の肩に顔を埋め、泣き始めた。
僕はライザの頭を静かに撫でた。
サラサラの銀髪が手に心地よかった。
『弱い者は強い者には逆らえない。
どんなに頑張っても越えられない壁が世の中には存在している。
それを理解したから、自分の可能性を諦めたから、僕はもうどうでもいいんだ』
『ウォル・・・私はウォルになんてことを・・・』
『ライザには感謝してるよ。強い者に逆らうと痛い目を見るってことを身を持って知ることができたから』
『すまない・・・本当にすまない・・・
ウォルがウォル自身を否定するようなことをさせてしまったのか私は・・・』
『・・・』
泣いているライザは見たくないと思った。
僕はひどいやつだ。
『うぅ・・・私は最低なエルフだ・・・
なぜウォルは・・・こんな私を側に置いてくれるのだ・・・?』
『女性から愛してるって言われたの初めてだからかな・・・
自分でもよくわからない』
『ウォル・・・』
ライザは僕の肩から顔を離し、僕の目を見つめてきた。
『真っ直ぐだったウォルを私は好きになった。
だがそれを私が曇らせてまった。
しかし、やはり優しいところは変わっていない』
『・・・』
『私は誓う。
私はこれから何があろうとも、ウォルの側で一緒に過ごすことを』
『そして、私の全身全霊をかけてウォルを愛していく』
『義務感みたいな愛情は違うと思うけど。
お互いに足りないところは、埋め合っていけばいいじゃない』
『自分勝手な私ですまない。この気持ちは義務感ではないことを証明する』
ライザは僕の首に手を回して、口付けをしてきた。
少し僕が見上げる形になったが、目を閉じているライザの顔は綺麗だ。
涙のあとが余計に綺麗に見せているのか。
『私はお前のものだ。
今までウォルを物のように扱ってきたのだから、これからウォルは私を物のように扱う資格がある』
『ものだとか資格だとかはいいよ。
僕らは、人種は違うけど同じ人間だ。
いつかのライザの言葉を借りると、対等でいたいってこと』
『ウォル・・・』
『ライザの体温が心地いい。
もう一度口付けを交わそうよ』
『あぁ・・・願ってもないことだ』
僕とライザは二度目の口付けを交わした。
『・・・ありがとう、ウォル』
それから僕たちは、これから生活をしていくための相談をするため、キッチンにあるテーブルに向合って座った。
『働かずとも一生過ごしていける蓄えはあるのだが』
『働こうよ。じゃないと色々腐っちゃうし』
『・・・私にできることがあれば、何でも言ってくれて構わないからな』
『ライザが一緒なら何でも成功しそうだね』
『ウォルが一緒なら私は何にも負けない自信があるな』
二人で笑い合った。
僕の中にはもうライザへの悪い感情はないみたいだ。
ライザはお茶を入れてくると言い、キッチンへと入っていった。
『待たせたな。熱いうちに飲むとうまいぞ』
『ありがとう。良い香りだね』
『・・・今、私は幸せを感じている。
女らしいことをして、ウォルを喜ばせられることがたまらない』
『おいしいよ、ライザも飲みなよ』
『あぁ』
ライザは僕の横に座り、お茶をすすり始めた。
しばらくお互い言葉を発しないで、くつろいでいた。