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謁見の間を出た僕は、案内役だというエルフの兵士に着いていった。
とっても美人なエルフだった。
『ありがとうございます』
『え?』
『私のことを褒めてくださいましたので』
『あ、あぁそっか』
少し頬を染めたその兵士は可愛かった。
客人のための部屋だとは思うが、豪華すぎだ。
いかにもお城の中ですよといった感じだ。
『そりゃそうでしょ』
『チェイン、いるならいるって言ってよ』
『気付かないウォルが悪いんだよ』
手近なイスに腰掛けた僕の肩に止まった。
虫みたいな表現だな。
『誰が羽虫だ!!』
『いや、その違うんだよ。ごめん』
『相手が魔法使いやエルフだと、心を読む魔法をブロックしているからいいんだけど。
ウォルは人間で魔力もないからしょうがないね』
『いろいろあるんだね』
しばらくチェインと雑談をしていたら、さっきの兵士がお風呂に案内すると言ってきた。
悪戯してやろうと、兵士さんみたいな綺麗な人と一緒にお風呂に入れたら最高だなぁと考えてみた。
すると兵士さんはまた頬を染めて、私にはお役が勤まりませんとはにかんで言われてしまった。
その場にいたチェインには、人間の男は下半身だけで生きてるって本当なんだと、ジト目で睨まれてしまった。
悪戯だったと素直に謝ったら、二人に笑われてしまった。
城の中に女エルフしかいないのは、レイザ女王の意向らしい。
王位ってすごいな。
なんでもできちゃうんだな。
風呂も豪華だった。
こんなに広い風呂に入るなんて初めてだ。
はぁ。ここにきて良かったなぁ。
『それはそれは。王である私も嬉しい限りです』
『え!?』
『ウォルさんのお背中をお流しして差し上げようと思いまして』
レイザ女王は体にバスタオルを巻いただけの状態で、いま僕がいる風呂に入ってきた。
やはり姉妹。
胸が大きい。
髪の色も一緒。
肌の色も一緒。
顔も似ている。
『あまりよこしまなことをお考えになると、私も反応に困っちゃいます』
『申し訳ありません・・・』
『人間の男性を見るのは久しぶり』
心を読まれてしまうため下手なことを考えられない。
『ウォルさんの背中は大きいですね。
戦士をやってらっしゃっただけあってがっしりとしています』
『そうですか。実力は全然ないですけどね』
『女王様に背中を流してもらえるなんて、言葉になりません』
『これは私の気まぐれも含まれています。
あなたはとても素直な人でいらっしゃいますね』
『反応に困ります』
『ガードがないから心が丸見えですよ』
時折レイザ女王の胸が僕の体に当たり、なんとも緊張した。
『あの娘は・・・ライザは戸惑っていると思うんです』
『戸惑う?』
『恋をしたことのない娘でしたから。ましてや人間の方に初恋となると』
『・・・』
『あなたを独り占めしたかったんでしょうね』
『そんな単純なことですかね』
お返しに女王の背中を流した。
つるつるで柔らかい肌にすごく戸惑った。
褐色の肌といっても、とても綺麗だった。
下手なところを触らないように苦労した。
『少しくらい、構わないですよ』
『ライザと似たようなことを言わないでください』
『あら、やっぱり姉妹なのね』
くすくす笑う女王は、とても美しかった。
風呂を上がり部屋に戻ってくると、チェインが待っていた。
『どうだった?レイザの体』
『知ってたの?』
『当たり前~。久しぶりの人間の男だし、ライザが恋した男はどんなものか確かめるって張り切ってたもん』
『ふぅん』
お茶めな女王だな。
きっと国民にも部下にも慕われる人だろうな。
『その通りだよ。さぁ寝ようよ』
『うん。チェインはどこで寝るの?』
『レイザ様の寝室に私専用のベッドがあるから、そこで寝る~』
『そっか。おやすみチェイン』
『おやすみなさ~い』
『ウォルさん、ウォルさん』
『ん・・・え、あ、女王様?』
『妹がこちらに向かっているみたいなので、報告にきました』
『あ、そ、そうですか』
わざわざ女王様が来る必要はないと思うのだが。
こんな深夜に。
『私自らここに来たことには、もちろん意味がありますよ』
『な、なんでしょう』
もう読まれるのにも慣れたから一々驚かない。
『一緒にベッドに入って妹をからかいましょう』
『洒落にならないと思うのですが』
『あの娘は短気だからおもしろいのよ』
そう言って女王様はベッドに入ってきた。
『ウォルさん、遠慮しなくてもいいのですよ。
もっと近づいてくださいな』
『そんなことをおっしゃられても』
『ふふ、ウブなんですね』
僕との距離を限りなく縮めようとしてくる女王様の体に、理性を保つのが大変だ。
柔らかくて良い匂いがする。
バン
勢いよく扉が開く音がした。
『ウォル、ここにいるんだろう。大人しく出て来い』
『(寝たふりしてください。ウォルさんの心が読まれないようにブロックしておきますから)』
『ぐーぐー』
女王様は掛け布団の中に納まり、外からは僕一人しかいないように見えるだろう。
『呑気に寝ているとはな。まさか姉のところに来ているとは思わなかった』
カツカツ
ライザがベッドへと近づいてくる。
ガバ
掛け布団を剥がされた。
『な、ね、姉さん』
『ん、誰、ってライザじゃないの。
久ぶりね、元気にしてた?』
『なぜ姉さんがウォルと同じベッドに』
『ウォルさん、素直で優しいから』
『ど、どうしてだ』
段々とライザの声が弱々しくなっていく。
僕は女王に心をブロックしてもらっているので安心だ。
『ウォルさんからあなたのこと聞きました。
そんな権力の奮い方をするなんて我が一族の恥ですよ』
『ぐ・・・』
『彼がここに来たとき、エルフ恐怖症と女性恐怖症に陥っていたわ。
私が介抱してあげて、今は静かに寝てるけど』
『・・・』
『出ていきなさい、ライザ。ウォルさんはこれから私が面倒みていきます』
『だ、だめだ』
『何がだめなの』
それから姉妹の口喧嘩みたいなものが続いた。
ライザに対してハッタリとデマばかり言って、それで負けないところが姉の強さか。
『彼、あなたの顔見たら恐怖するわよ。
鬼か悪魔にしか見えないでしょうね』
『う、うぅ』
『可哀相なウォルさん。私が癒してあげる』
僕の頭を抱えて、胸に顔を埋められた。
頭も撫でられた。
思考が止まりそうな甘い感触だ。
『心が読めるからといって油断していたあなたが悪いのよ、ライザ』
『そんな・・・こんなことになるなんて』
『無実の罪で強制労働に体罰。名誉毀損。
本当に訴えられるべきなのはどちらなのかしら』
『ぐ、ぐぐ・・・』
『私はもう、ウォルに許してもらえないのだろうか』
『ライザ、自分だったらどう思うの』
『私がウォルの立場だったら?
・・・許せないと思う』
『でも、あなたの努力次第じゃない?
心は壊れてしまったけど、直すことができないわけじゃない』
『姉さん・・・』
『初めての恋で、どうしたら良いかわからなかったんでしょう?』
『・・・はい』
『とりあえずはウォルさんの罪が無実であることを報告してきなさい。
そしてあなたは今の地位や名誉を全て捨て、この国に帰ってきなさい。
話はそれからです』
『っ・・・わかりました早急に』
ライザは身を翻して部屋を出て行った。
『うまくいったでしょ?』
『女王様、そろそろこの態勢をなんとかしてください』
『あら、私の胸じゃ不満なの?』
『そういうことでは・・・』
『あの娘も根は単純なのよ。
ただ不器用なだけ。』
『・・・』
結局その日は女王様に抱かれて眠った。
朝、チェインに散々からかわれてしまった。
それから数日して、僕の罪が無実であることが公になったらしい。
ライザは自分がやったと自供して、全ての地位を捨て国に帰ってくることになった。
理由は、日頃の欲求不満をぶつけたということだった。
そんなこじつけたような理由でいいのだろうか。
納得いかないけど、良い方向になっているのだろうか。
今度は逆にライザが罪人として、エルフの国に引き取られた。
罪を償うのは、僕から許しが出たら免除されるという、女王様の茶目っ気たっぷりなことになってしまった。
罪の償い方や何やら、引き取った国のものが適用されるらしい。
事情はライザ以外、エルフの国の人はみんな知っているらしい。
おそるべし女王だ。
ライザは精神を壊された僕が元の生活に戻れるまで、僕の身の回りの世話をして、罪を許してもらわなくてはならなくなった。
でっちあげで精神崩壊なんて演じられない。
ライザに心が読まれないように、女王から心をブロックする魔法をまたかけられた。
前回より強力にかけたらしく、一種の呪いに近いから私にしか解けないわよ、と女王に笑顔で言われた。
これで少しは精神病を演じるのが楽になったのだろうか。
思えば、女王は楽しければそれでいいんじゃないかとさえ思う。
女王はライザにあれこれしてもらって、あれこれ思うがままにしてやれと言った。
それぐらいじゃ足りないくらいの罪なんだからね、と。
『ウォル』
『・・・』
『私のことを許してはもらえないだろうが、できることは全てやってきた』
『・・・』
『いま人間界では私が悪人として広まり、ウォルの名誉は回復している』
『・・・』
『本来ならば私も罪を償わなければならないのだが、事情を察した姉が気を回してくれたんだ』
『・・・』
『虫の良い話かもしれないが、私がウォルに尽くすことで、ウォルが前の様に戻ってくれるなら何でもする』
『・・・』
『名誉とか強さとかではない。ただ私はウォルのことを愛しているということに、姉に叱られてから気付いたよ』
『・・・』
『無実の罪で罪人にしてしまい、本当に申し訳なかった。
これからはウォルのために生きていく』
『・・・』
『もしウォルが私のことを許してくれたなら、二人で、二人きりで生きていこう』
『・・・』
『簡単なことだったのに私は見誤ってしまった。
過去を悔やんでも仕方がない。ウォルが一日でも早く元に戻れるようにしないとな』
処置としては甘い。
ライザは疑問に思わないのだろうか。
極刑や島流しや追放などでもおかしくないのだ。
でも僕のことを愛していると言っていた。
僕はベッドに寝たままで、ライザの話を聞いていた。
ライザは、僕の心が読めなくなったのは、精神傷害により他人に心を開かなくなってしまったからだと女王に聞いたらしい。
なぜそれを信じると言いたかった。
『ウォル、お前の声が聞きたい。罵りでも罵倒でもいい。
・・・心の声まで聞こえなくしてしまった私が悪いのか』
『・・・』
『ウォル、お前が目を覚ましたらまた来るよ。
良い夢を見てることを祈って』
入れ代わりで女王が入って来た。